第13話 いくら何でもそんなやつはいない(ここにいる)
近藤の言葉に、
「気を遣っているのがバレることほど、恥ずかしいことはないですね」
頭を掻き掻き照れ笑いしていた山南だったが、
「では局長の仰せの通り、本題に入ります」
改めて顔を引き締めた。
山南は一枚の半紙を手に取り、それを無言で示した。
【37%】
土方は、
(うっ!)
胃のあたりがズンと重くなるのを感じた。
(好感度37%。京都に住む人の六割以上がおれたちを嫌っている、と……)
新選組が京都の人から愛されているだなんて思っていたわけではない。しかしこうして数字を突きつけられると、なかなかきついものがあった。
チラリ。
横目で、近藤の様子をうかがう。
近藤もまた渋い表情を浮かべていた。
間もなく、山南が言った。
「37%。――見廻組の好感度です」
(……ん?)
(見廻組!?)
土方はずっこけるかと思った。
(新選組の好感度じゃないのかよ!)
(紛らわしいことをするな!)
山南が次の半紙を示した。
そこには、
【14%】
とあった。
土方の心臓が跳ねた。
(ま、まさかの一割台! おれたちの好感度は一割台かよ!)
山南が厳かな口調で言った。
「14%。――山賊の好感度です」
(……さ、山賊!?)
「参考までに調べました」
土方は心の中で叫んだ。
(何の参考だ!?)
(っていうか、おい! 山賊って意外と人気があるんだな!?)
山南がまたまた半紙を示した。
今度は、
【1%】
とあった。
(ワハハハッ!)
土方は心の中で爆笑した。
(1%、ね)
(こりゃまたずいぶんと不人気な野郎がいたもんだな。同情するぜ)
(で、これはどこのどいつの好感度かな? 不逞浪士か?)
山南が言った。
「1%。――新選組の好感度です」
土方は意味がわからなかった。
いや、意味はわかった。
(おれたちの好感度は1%、と)
(京都人の99%から嫌われている、と)
(なるほどなるほど)
そう、意味はわかるのだ。
だが頭が動かなかった。理解するのを拒絶しているようだった。
(1%……1%!?)
(見廻組の37分の1!?)
(山賊の14分の1!?)
(……「1%」だから計算が楽だな)
大広間はシンと静まり返っていた。
みなが愕然としていた。
あんまりにもあんまりな結果に、何と言えばいいのかわからなかった。
やがて、みなの視線が近藤に集中した。
(局長なら、この空気をどうにかしてくれるはずだ!)
そう思ってのことである。
当の近藤は――顔が真っ青になっていた。
また、両手で喉元を押さえていた。
よくわからないポーズだが、
(ははぁ、そういうことか……)
土方にはピンとくるものがあった。
(さては、「い、1%だと!? うげえ!」というジェスチャーだな? ハハハッ、近藤さんはひょうきんな人だからな。ああやってみなを笑わせて、元気づけようとしているに違いないぞ)
(さすがだぜ、近藤さん!)
――と、これは土方の大いなる勘違い。
じつは、
「1%。――新選組の好感度です」
と山南が発表した時、近藤はちょうど団子を頬張ったところだった。
そしてひどすぎる結果にびっくり仰天、団子を喉に詰まらせてしまっていたのだ。
「ひゅー、ひゅー……」
近藤の喉から、空気の漏れる音がした。
「た、大変だ!」
ようやく状況を理解した土方が叫んだ。
「おい誰か、近藤さんに――」
「介錯ですね?」
「そうだ! いや、そうじゃない!」
土方は、畳に拳を叩きつけた。
「誰だ、いま介錯と言ったやつは! そうじゃないだろ。喉に詰まっている団子を吐き出させるんだ!」
最初に動いたのは斎藤だった。
いつも無口で、生きているのか死んでいるのかさえよくわからないやつだが、わずか二十歳にして幹部に登用されたのは伊達ではない。
(頼りになるやつだ!)
土方は心強く思った。
斎藤は、その場に近藤を寝かせると、
「ヒーヒーフーにござる……」
と言った。
「よし、わかった!」
土方が叫んだ。
「斎藤、よくやった! 気持ちはたしかに受け取った。でもな、それじゃあ下から出ちまうよな? いまは上だ。上から出そう。団子は喉にあるんだから、上から出す方が早いよな? よーし、誰か近藤さんの腹を強く押してくれ。腹を押して吐き出させるんだ!」
「ガッテン承知の助!」
駆け寄ったのは原田である。
「おれがいきます! せーの……」
「待て待て待て! せーの……じゃない! 何だそのフォームは!?」
「え? エルボー・ドロップですが……」
「立った状態から勢いをつけて近藤さんの腹にひじを叩き込むのはよせ! って、いやいや、そうじゃない。跳び上がるな。跳び上がってさらに勢いをつけるな。フィニッシュ・ホールドをきめようってんじゃねーんだぞ!」
「ではこうやって……」
「待て、原田! お前はダメだ。お前の場合は何をしても近藤さんの腹に穴が開くおそれがある。そこまでいかなくても内臓が潰れそうだ」
「アッハッハッハ!」
「……何がおかしい?」
「いえ、別に」
「よし、沖田! お前だ。器用なお前ならうまくやれるはずだ!」
「やれやれ」
沖田は肩をすくめた。
「器用かどうかって問題ですかねぇ? おれに言わせりゃみなさんは不器用というよりも、ある種のサイコパ」
「いいからやれ!」
「やれやれ」
文句を垂れながらも、沖田はよくやった。
近藤の上半身を起こすと、背後に回り込み、
「よっと!」
後ろから近藤の腹部をグイッと押した。
腹部突き上げ法というやつである。
ポンッという破裂音とともに、近藤の口から団子が飛び出した。
団子はそのまま部屋を横切り、窓から外へすっ飛んでいった。
◇◆◇◆◇
近藤は無事だった。
呼吸も落ち着き、
「あー、驚いた。死ぬかと思ったよ。……おれ死んでいないよね? ここ現世で合っている?」
とか、
「息が詰まっている時に、金ぴかに輝く人が見えたんだよ。あれ、誰だったんだろうなあ」
とか、会話もできていたが、念のために自室で休ませることにした。
近藤が退室し、付き添った土方が戻ってきたところで、アンケートの結果報告会を再開することになった。
「さて」
山南が言った。
「先ほどは、われわれの好感度が1%しかないというところまでお話ししました。それで、次にご覧いただきたいのがこちらです」
【困った時には新選組を頼りたい:2%】
【新選組がそばにいると安心できる:1%】
山南は半紙を二枚示すと、みなをグルリと見回した。
「これ、どう思われます?」
「そうだなあ」
土方が代表して答えた。
「胸がギュッと締めつけられるようだよ」
「たしかに」
山南はうなずき、
「ギュッと締めつけられるような結果ですが――いかがでしょうか。何か違和感がありませんか?」
一拍置いてから、山南は言葉を継いだ。
「先ほどご紹介した通り、【新選組の隊士は腕が立つ】とか【ガタイがいい】とか、京都の人はみんなそう思っているんですよ。それなのに、新選組を頼りたいとは考えない。そばにいるからと安心できるわけでもない。――何か変ではないでしょうか?」
一同、
「ふーむ」
とうなった。
言われてみれば、なるほど、変な気がする。
そばに強い人がいれば、頼りたくなったり、ホッと安心したりするのが道理ではないのか?
「もしかしてさあ……」
原田がおずおずと切り出した。
「京都の人って頭が悪いんじゃない?」
その言葉に、
(とんでもないことを言いやがったぞ!?)
山南は一瞬ギョッとしたものの、そこは長い付き合いである。
「原田くん、興味深い意見をありがとう」
冷静にいなした。
それから再び、
「こちらもご覧ください」
新たな半紙を示した。
【新選組の隊士は話しかけやすい:2%】
【新選組の隊士は私たちを理解してくれている:1%】
「私が思うに、いまの新選組に不足しているのは『親近感』ではないでしょうか?」
山南は人差し指をピンと立てた。
「言い換えるならば、私たちは京都の人から『よき隣人』だと思ってもらえているのか。――些細なことで構わないんですよ。例えば『あのうどん屋は旨いよ。おすすめだよ』といった、そんな他愛もない会話をできる相手だと思ってもらえているのか」
「ははあ、なるほど」
沖田が腕組みした。
「つまりアレですね。道で犬を見かけた時に、『かわいいですね』『ええ、本当に』なんて会話ができたら……」
「うん、それはいいですね。京都の人とそういう関係を築くのが大切だと思います」
「じゃあ逆に、そんな時に『江戸では犬鍋を食いましてね』なんてブラックジョークを飛ばしたら……」
「そりゃ最悪だ!」
山南が顔をしかめた。
「最悪も最悪。ブラックジョークを気取って、他人を不快にさせているだけじゃないですか! まあいくら何でもそこまでひどいことを言う人は、隊内にもいないと思いますが」
「ハハッ、そうですね。そこまでひどいことを言う人はいませんね」
沖田は破顔し、それから、
「ですよね、副長!」
突然話を振られた土方は、
「え!?」
素っ頓狂な声を上げたが、
「――あ、ああ、まったくだな!」
慌ててうなずき、
「そんなクソ野郎はいねーだろうさ。いたら切腹だよ、切腹ッ!」
キャンキャン吠えた。




