第10話 感染
みんなの努力と文殊菩薩の協力で、「京都千人アンケート」の準備が整った。
調査票は完成し、回答者の選定も完了。
アンケート用紙を印刷する業者や、町を回って回答を集める調査員の手配は、秋月が引き受けてくれた。
「いやあ、めでタイ!」
ということで、新選組の拠点にタイの刺身が届いた。
送り主の欄には「F」とあった。
フリー・ナントカソンの頭文字に違いない。
秘密結社から届いたタイだなんて不気味な気もしたが、
「タイに罪はないぞ」
ということで、せっかくなので簡単な宴を開くことにした。
山南たちに加えて土方や原田も集まって、
「ほぉ。こりゃ旨いな」
「っていうか旨すぎだろ。これ、変なもの入ってないだろうな!?」
一同、舌鼓を打った。
そんな中、
「妻にも食わせてやりたいよ……」
とつぶやいたのは杉である。
文殊菩薩に会って以来、彼はすっかり愛妻家になっていた。
一方、
「いやあ、ついにここまできましたなあ!」
西は興奮気味に叫んだ。
「結果を見るのが楽しみだ! ――ファック!」
ふいに飛び出した謎の言葉に、
「え?」
山南が訊いた。
「いま何かおっしゃいましたか?」
「ん、何のことです?」
「聞き慣れない言葉をおっしゃったような……」
「ああ」
西が苦笑した。
「失敬失敬。つい口癖が出てしまいましたね。――『ファック』です」
「あっ、なるほど」
山南も苦笑した。
「くしゃみでしたか」
「いやいや、『ファックション』なんていうオッサンのくしゃみではなくてですね」
「はあ」
「『ファック』ですよ」
「『ション』は抜き?」
「ええ、『ション』は抜きです。『ファック』のみ。――英語です」
「ほお!」
山南は身を乗り出した。
英検五級の血が騒いだ。
「して、それはどのような意味で?」
「ファックというのはですね」
西が腕組みした。
「これがなかなか深遠な言葉でしてねぇ。時には『くたばれ!』『この腰抜けめ!』という意味で使われるのですが、かと思いきや『やりますねえ』『おみそれしました』という意味で使われることもある。そんな不思議な言葉なんですよ」
――と、その時だった。
知識人二人の会話を聞くともなしに聞いていた土方の脳裏に、ビリビリビリッ!
電流が走った。
(これだ!)
天啓を得た思いだった。
(おれが求めていたのはこれだったんだ!)
というわけで。
翌日以降、京都のあちこちで、こんな声が聞かれるようになった。
「おい、そこのファック野郎。ちょっとこい!」
「ファッキンじゃねーかよ、コラ!」
「へぇ、ファックなことをしてくれんじゃん」
いきいきと「ファック」を使いこなす隊士たちを見て、土方は満足げにうなずいた。
(バッチリだ!)
つまり、土方が考えたのはこういうことだった。
前回は、
「この言葉は禁句だ」
「あの言葉も使ってはいけない」
と禁じるばかりだったが、これではうまくいくはずがない。
だって我慢は体に毒。
何かを禁止する時には代替品を用意してやる必要があったのだ。
土方は指示を変更した。
「おぅ! 『クソ』だの『死ね』だのと言いたくなったら、今日からはこう言うんだ。――『ファック』とな!」
西によれば、ファックというのは過激な言葉らしいが、
(なーに。いまの京都には英語を解する者なんてほとんどいないんだ。気にすることはないさ)
(「クソ」だの「死ね」だのを連発するよりは、よほどマシなはずだぜ)
(フッ、これで新選組の好感度も少しは改善するだろう!)
――土方の読みは鋭かった。
そこにはたしかに理があった。
さすがは土方歳三、と言って差し支えないだろう。
しかし、現実とは奇妙なものだ。
事態は思わぬ方向に動いていった。
「ファ」から始まって「ック」で終わるのが面白い、語感がいい、舌に馴染むということで、あっという間に京都の流行り言葉になってしまったのである。
「ファックどす」
舞妓が言えば、
「これはファッキンなお点前で」
茶道の先生だって口にする。
さらに、流行りは西へ東へと広まった。
土佐では
「日本のファッキン夜明けぜよ!」
某志士が叫び、
「相わかった。ファックにはからえ!」
ついには将軍の口から飛び出したところでブームは頂点を迎えた。
この時のことは、当時イギリス公使館に勤めていたアーネスト・サトウが、「一外交官の見た明治維新 煉獄篇」という本に書き残している。
曰く――、
「慎み深く、自制心に優れた日本人がFワードを軽々しく口にするのは異様な光景だった。町を歩けば右からもFワード、左からもFワード。そば屋でFワード、うどん屋でFワード。おお、神よ! 私は祈った。この哀れなる東洋の子羊を救いたまえ!」




