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第11話 匙加減が難しい

 春の日差しが心地よかった。


 土方は、沖田と二人で人通りの少ない道を歩いていた。


「なあ、たまには江戸の団子でも食いたくねーか?」


「わかりまさあ。京都の団子はどうにもお上品ぶってやがるからね」


「だよなあ」


 ――パトロール中、ではない。

 散歩である。


 朝から息つく暇もなく事務仕事に追われまくっていた土方が、

「あ、頭が沸騰しそうだ! 総司、ちょいと付き合ってくれ!」

 と沖田を連れ出したのだった。


 二人がクソどうでもいい話をしながらぶらついていると、やがて、一組の親子が桜の木の下に座り込んでいるのが見えた。


 これが死体でも埋めているというなら一大事だが、何のことはない、親子は犬を撫でていた。


 のどかな光景だった。

 土方の口元も思わずゆるむ。


 が、こんな時にもわれらが副長の脳みそは回転し続けているのだ。


 かくして、

(あ!)

 閃いた。


「おい、総司。いいことを思いついたぞ」


「いいこと、ですかい?」


「まあ見てろ。おれが好感度の上げ方ってのを教えてやるからよ」


 土方は足音を殺し、親子に近づいていった。


 そして父親の背後に立つと、

「かわいい犬だなあ」

 なるべく優しげに響くように、いつもより少し高い声を出した。


 父親は犬を撫でる手を止め、笑顔で振り返ったが、

「――ゲッ!」


 相手が新選組の鬼の副長だと気づいたのだろう。

 顔を引きつらせて、口走った。

「なにとぞ息子だけは!」


 これには土方も困惑だ。

「え、何だって?」


 父親はハッとして、

「いえいえ!」

 大急ぎで、顔の前で手を振った。

「いえいえいえいえ、何でもございません!」


 土方は

「そうかい」

 小さくうなずくと、その場にしゃがみ込み、

「よーし、よし」

 犬の背を撫でた。


 子どもが訊く。

「おじちゃんも犬が好きなの?」


「ああ、そうだよ。おじちゃんも犬が大好きなんだよ。将来は、土方犬三(ワンぞう)という名に改名しようと思っているくらいだ」


 子どもが噴き出した。

「犬三だって!」


 土方は首をひねった。

「変かな?」


「変だよー!」


「ハハッ、坊やの言う通りだな」


「……へえ」

 父親がつぶやいた。

「副長さんも犬好きなのか」


 その声がちょっと弾んでいたのを、土方は聞き逃さなかった。


(どうだい、総司)

(犬好きってのはな、相手も犬好きだとわかればスッと心を開くものなのさ!)


(これは、今後の好感度爆上げ作戦のヒントになるんじゃねーか?)


 気をよくした土方は、

「江戸にいた頃はおれも犬を飼っていてねえ」

 と続けた。


「じつにかわいいやつだったよ」


「ほお」


「本当は京都にも連れてきたかったんだが、仕事柄そうもいかなくてなあ。かといって、別れは辛い」


「でしょうなあ……。で、どうされたんです?」


「うん。京都に発つ前日、意を決して刀でエイヤッとな。ハハッ、鍋にして食った」


「……え」


「やつはおれの血となり肉となり、いまもおれの中で生きているんだ。事実、夜になると聞こえるんだよ。胃のあたりからワンワン、ワワンとな」


 次の瞬間だった。


 子どもが、

「ピギャー!」

 火がついたように泣き出した。


 父親は光の速さで立ち上がると子どもを抱き上げ、

「わ、私たちはこれで!」

 駆け出した。


(しまった!)

(犬鍋はいきすぎだったか! どうもジョークの匙加減が難しい)


 土方は慌てふためいて、

「違う違う、ジョークだよ! おい、ジョークだって。食っちゃいないよ!」


 そう叫んだが、時すでに遅し。

 親子の姿はもう見えなかった。


 呆然と立ち尽くす土方。


 そこに沖田がやってきて、

「えーと、何を教えてくれるんでしたっけ? ブラックジョークの飛ばし方?」


 メチャクチャ嬉しそうだった。



◇◆◇◆◇



 ゾロゾロゾロ……。

 拠点の大広間に、新選組の幹部が集まってきた。


「『京都千人アンケート』は無事進行しています。千人から回答を得て、現在結果の分析中。まだ途中ではありますが、いろいろと見えてきたこともありますので、ここで一度結果を共有したく思います」


 そんな山南の呼びかけに応じてのことである。


 大広間には、土方がいる。

 沖田もいる。

 もちろん原田だっている。


 他にも、斎藤一(さいとう はじめ)永倉新八(ながくら しんぱち)藤堂平助(とうどう へいすけ)井上(いのうえ)源三郎(げんざぶろう)松原忠司(まつばら ちゅうじ)といった顔役が勢揃いしていた。


 最後に、

「オーッス! みんな元気かい?」


 われらが大将・近藤勇が姿を現し、全員集合と相なった。


「それでは始めます」


 山南が上座に座り、

「お集まりいただきありがとうございます」

 頭を下げた。


「さて、本題に入る前に一つ。アンケートにあたっては多くの方にご協力いただきました。特にお力添えいただいた三名には、局長名義で『名誉隊士』の称号を授与することになりましたので、ここにご報告いたします」


 山南は

「エヘン」

 一度咳払いすると、

「えー、京都守護職屋敷の秋月さま。江戸から駆けつけてくださった杉さま。他一名さま。この三名です」


 山南が「他一名」と言ったところで、みながニヤニヤと笑い出した。


 「他一名」とは誰のことだろうか。

 言うまでもあるまい。


 西のことである。


 では、なぜ彼の名前を伏せるのかというと――。


 西が一時帰国していることは、極秘事項だった。

 トップシークレットだった。


 幕府にバレたら、

「コラ! おれたちの金で留学しておきながら無断で帰国するとはどういう了見だ!」

 と、とっちめられるおそれがあるからである。


 ところが、人の口に戸は立てられないというやつで、どこからか秘密が漏れたらしい。

 明日にも幕府の担当者が怒鳴り込んできそうだという情報をキャッチした西は、

「くぅ、無念……」


 アンケートの結果を見ることなく、オランダに戻っていった。


 以来、彼の名前を口にするのはタブーとされ、

()()()()殿()は無事帰国されただろうか」

()()()()()()()()()()()()()()は、お元気だろうか」

 と冗談半分にぼかすのが、慣例となっていた。

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