再会は七色の花畑でIII
行き場をなくしてぐるぐると留まっていた力は、唇からすっかりリアンへと流れたようだった。
そっと視線を上げるとリアンがこちらをじっと見つめている。
やっぱり不快だったろうか。ほぼ初対面のおばさん、しかも自分なんかに指先にキスされたらそれは嫌だとは思うけれど。
血の気が引いていくのを感じて何か弁解しようと口を開こうとしたがうまく言葉でない。はくはくと浅い呼吸を繰り返していると、そっと頬を撫でられた。
それがリアンの手だと気付くのに数秒かかる。
「ありがとう、ネム様。なんだかすっかり楽になりました。だから、ねぇそんな顔をしないでください」
頬に感じる体温に先程までの冷たさはない。
そのことに安堵の息を漏らすと、リアンが目を細めて笑った。
「随分大袈裟に言うものだから身構えてしまいました。不快に思ったりしませんよ」
「私の世界ではほぼ初対面の人間にこんなことしませんから…」
「なるほど。この世界では挨拶のような行為ですから気にしないでください」
さすが異世界。
異世界というか海外文化だ。
しかし純正日本人の自分にとっては心臓に悪い行為なのだから、この狼狽まくっている状況を許してほしい。
溜息を吐いていると頬を触れていた手がするりともう一度頬を撫でる。
「殿下?」
「ネム様は、この場所の外でもこの姿なのですか?着ている物は変わりましたね、初めて会った時とは違う。そしてこれも」
リアンの指がそっと視界の端に揺れていた物を摘んだ。そこで初めてその正体に気付く。
「ベール?」
リアンが掴んでいたのはレースの端だった。
純白のレースに上品な花柄の細やかな刺繍が縫い込まれたそれは、まるで結婚式で見る花嫁のベールのそれだ。
「え、なにこれ。なんで?」
自分でもそれに触れようとしたが、意識がそちらに向いた途端に霧のようにそれは霧散して消えた。
「私に口付けした時にネム様の頭に現れました。花嫁の魔法のせいでしょうか…とてもきれいだった」
うっとりと紡がれた言葉にまた頬が熱くなる。
異世界の王子様というのは、十五歳という歳でこんなに女をときめかせるのが通常運転なのだろうか。
歴代の恋人にすら綺麗など言われたことがない。耐性がない賛辞には対処できないのだからやめてほしい。
大人をからかうもんじゃありません。
ふるふるとかぶりを振って息を整えているとリアンが首を捻っている。
「今のベールはともかく、多分変わりはないと思いますよ。鏡が無いからなんとも言えないけど…服は国王陛下に用意してもらったからこの世界の服です」
「そうなんですか。よかった、私だけ本当の貴女に会えないのはさみしい」
少し寂しげに笑った姿がまるで子犬のようで胸が苦しくなる。
かわいい、王子殿下かわいい。
「私、殿下を目覚めさせてほしいって言われたんです。でもまだ方法がちゃんと判っていなくて、でもミシェルさんと話して必ず殿下を目覚めさせます」
ぐらりと視界が揺れる。
きっともうすぐこの部屋からまあ強制的に連れ出されるのだろう。
慌ててその前に伝えたいことを言葉にする。
「だから、待っててください」
「────あぁ」
今度は届いた言葉に安堵すると、そのまま意識がまた急に引きずられる。
今度は笑顔で別れられた。
大丈夫、きっと次はあの花畑でちゃんと会える。
あの笑顔を現実で見ることができる。
何故か強く確信して、そのまま意識を手放した。




