再会は七色の花畑でII
ガンと強い痛みをこめかみに感じて、次に目を開けると記憶に新しい広間に居た。
もう一日前になるだろうか、電車の中で夢見た光景が目の前に広がっている。
ぐるりと周囲を見回すが、前の時となんら変わっていない。
白を基調とした室内、硝子の盃、不可思議な装置。そして、その装置の下で祈りを捧げる男の子。
「リアン、殿下」
名前を呼ぶとその碧色の瞳がゆっくりとこちらを見た。ぱちりぱちりと数度瞬いて細められる。
「ネム様」
なんだか前に聞いた時より声が鮮明に鼓膜を揺らす。愛しそうに大切そうに名前を呼ばれて胸が苦しくなった。
「また来てくださったんですね」
「…助けるって言ったじゃないですか」
足早に近寄るとその体に寄り添うように膝を折った。立ち上がろうとするリアンを制して、その手を包み込むように握る。
その手は凍えたように白く冷たい。
「殿下に会いました。えっと、ここじゃなくてお城に居る」
少しでも指先が暖まるよう、優しく優しくその手を包んでは擦ってみる。けれど一向にその指先は温もりを取り戻さない。
どうしたものかと視線を持ち上げる。見れば盃はまたほとんど空になっていた。
ミシェル達の説明通りだとすると、リアンはこの盃を満たすためにこの場所に囚われている。しかしあんな大きな盃を1人でなんて無茶もいいところだろう。
そういえば他の『満たす者』は何処にいるのだろうか。
「城の私は、この姿でしたか?」
リアンの言葉に頷く。
この部屋に来る前、棺のような場所に寝かされたリアンの姿は目の前の姿と何ら変わらない。
おそらく十五年前と同じ姿なのだろう。
「セミラウス様の元に招かれてどれくらいになったのか私にはもうわからない。役目も満足にこなせず、眠り続けているんだな」
「そんなこと言わないでください」
ぎゅ、と握る手に力を込める。
こんな所に一人で、国の、世界の平和を背負って眠りについたのだ。
「私はまだこの世界に来たばかりで、この世界の仕組みも魔法もきちんと理解は出来てないけど、殿下がすごいことをしてるのは判ります。貴方に救われて、貴方の目覚めを待ってる人たちがいるんです」
イースにアレン、ミシェル。
それにリアンの眠るあの部屋の美しい花達。あれらを世話している人達もきっとリアンが無事に目が覚めることを祈っている。
「だから、そんな風に自分を卑下した言い方をしてはいけません」
そう言い切って強く見つめ返すと、リアンは目を丸くしそれから綻ぶように微笑んだ。
その表情がとても綺麗で優しくて思わず心臓が小さく跳ねる。
「ネム様はお優しい人だ」
「本当のことを言っただけですよ」
何だか妙に恥ずかしくなってしまい、視線を右へ左へと泳がせる。と、そこでそんなことよりまずその病人のようなリアンの顔色を何とかしないといけないことを思い出した。
この前の夢のように繋いだ手に力を込める。
自分の中にある魔力。
それを注ぎ込むイメージを強く持つ。
「────あれ?」
魔力の巡りは感じるのに、何故かリアンに流れていくような感じはしない。
証拠に指先は冷えたままだし、仕掛けも夢のように動いてはくれない。
「ネム様?」
リアンも不安そうにこちらを見つめている。
「えぇ、なんで?」
きっとこれは魔法だ。
魔法、自分が使う魔法。
夢から覚めた自分が使った魔法はどうしていた。
草原の魔法、自分のステータス画面。
それらを思い出し、うっと体を強張らせた。
相手は王子殿下だ。
不敬に当たって後で首を飛ばされたりしないだろうか。
「あ、あの、殿下。私の魔法なんですがちょっと発動方法が特殊でして…その、不快な思いをしたら大変申し訳ないのですが、我慢して頂けるととっても嬉しいのですが」
しどろもどろ口を動かすと、ますますリアンの目が丸くなっていく。
十五歳の美少年に、成人女子がしていいことではない。元の世界では確実に捕まる。淫交罪とか言われるかもしれない。
けれど、此処は異世界。
これは人助け。強く強く言い聞かせていると、リアンはふっと口元を緩めた。
「私は、私を助けに来てくれた貴女にされて嫌なことなど一つもないよ」
「うっ」
爆弾のような威力のその言葉に完敗だった。
王子様すごい、もう、存在がすごい。
「…その言葉、信じますからね」
悪足掻きにそう呟いて、静かに目を閉じた。
魔力の流れを今度は唇に集中する。
自分のキスに、そんな力があるとはまだ信じられないけれど。
リアンの少しでも助けになりますように。
そう願って両手で包んでいた指先に唇で触れる。
瞬く間に室内は眩い光で包まれ、頭上にあった盃は半分ほど満たされたのだった。




