再会は七色の花畑で
「ミシェルさん、ご冗談を…」
「冗談なものですか!真面目も真面目、大マジメですよ花嫁様」
顔が引きつるのを隠せずにいるとミシェルは片目を瞑って肩を竦めてみせる。
「花嫁しか持たない魔法。祝福の口付け、何か身に覚えはありませんか?」
「あっ…」
確かに自分のスキルには『キス』を暗示させるものしかない。この世界に来て発動することができた魔法も全て呪文を詠唱だとか、杖を振るだとかそんなことをせずに済んだ。
どれも指に唇で触れただけ。
こちらの反応を肯定と受け取ったのかミシェルは続ける。
「花嫁の口付けがなければこの世界は滅んでしまうんです」
「そんなことで滅ばないでください!」
思わず叫ぶと国王とミシェルが苦い笑みを浮かべた。
しかし、そんな馬鹿な話があるのだろうか。
よりによって、自分のキスにそんな力があるわけがない。
他人からキスを拒まれ続けている自分に。
ズキンと昨日まで恋人だった男から言われた言葉が蘇って鋭く胸を突いた。
気分が悪くなるとまで言われたのだ。
血の気が引いていくのを感じ唇を噛んでいると、そっと誰かが肩に手を置いてくれた。
その手の暖かさに顔を上げると、アレンが心配そうにこちらを窺っている。
へらりと笑ってみせたつもりだったが、余計に表情を曇らせてしまった。
「恐れながら申し上げます、陛下。チハナ様はご気分が優れない様子、本日はもう休ませては頂けないでしょうか?」
「いや、悪かった。顔色がなにやら優れないな、侍女を呼んで来い。…しかしその前に花嫁殿」
やっとこの場から解放されると安堵の息を漏らしたのも一瞬で、国王がミシェルに目配せする。
ミシェルも頷き今日一番に深く頭を下げた。
「花嫁殿、どうか息子に一目会ってはくれないだろうか」
アレンとイースについてもらい、ミシェルに先導されて城の奥へ奥へと進んでいく。
途中何度も結界のようなものを抜けた。
それは扉に掛かっているものだったり、空間にかけられた魔法だったりと様々である。
「随分厳重なんですね」
「それはもちろん。この世界の安寧のために努めてくださっている殿下をお守りするためですから」
結界は進むにつれ強い魔力を持つ者、国王陛下の許可を持つ者でしか通れない仕組みになっているらしい。
しかし自分には結界も意味を成さないという。
「ですので、花嫁様は自由に殿下の元へと出入りください」
「はあ…あの、殿下のことを聞いてもいいですか?」
この廊下の先に眠る王子殿下。
事前知識は少しだけ欲しいところだ。
「そうですね。では少しだけ」
歩調を緩めミシェルが隣へと並ぶ。その顔は先程まで芝居がかってくるくると表情を変えていたものとは打って変わって寂しげなものだった。
「パルヴァイス第一王子、リアン殿下。彼が五歳の時セミラウスからの神託により儀式の者に選ばれました。王妃はその神託のショックで病に伏せてそのまま亡くなりました。いくら名誉なこととはいえ息子を神へと差し出すのです、無理もありません。その後、側室が正妃となりその息子である第二王子が王太子殿下となりました」
「先程、同席していた方が王太子殿下ですよ」
その言葉に記憶を巻き戻す。
そういえば一言も発せずに陛下の隣のソファーに座っていた人が居たのを思い出した。
「あの人王太子殿下だったんだ…」
「まあ、花嫁様の存在は彼にとってはあまり良いことではありませんからねぇ」
「口が過ぎるぞミシェル」
イースに窘められ、ミシェルが悪い笑みを浮かべた。この三人の中だと一番の問題児はミシェルのようだ。
「リアン殿下はご自分がいずれ眠りにつくと解ってもこの国を守ろうと在るお人でした。治世について勤勉で臣下にも優しく、この国を愛してらっしゃいました」
「そんな人が選ばれるだなんて…」
なんて酷い。
国を愛しているからこそ、セミラウスに選ばれたのだったら酷すぎる人選だ。
「儀式が行われたのは殿下が十五の時です。ご健在であれば陛下と共にこの国を治められていたでしょうね」
「私達も殿下に目をかけて頂いていたんです」
アレンが言い、イースが頷く。
ミシェルも同じく首を縦に振った。
そこで合点がいく。
「貴方達は私を待ってたんですね?」
イースは殿下のところに無事に連れて行くと言っていた。それは王太子殿下のことではかったのだ。
「チハナ様、この方が我々が命をかけてお守りすると誓ったリアン殿下です」
長い長い廊下の最奥、魔法で幾重にも護られたその場所の重たい扉を促されてゆっくりと開く。
部屋の中央には白磁でできたかのような、人が一人収まる大きさの箱が置かれていた。まるで棺のようなその箱の奥に、同じく白い台座に置かれた透明な盃。
殿下が眠っているであろう場所までは色とりどりの花が植えられ、美しく咲き乱れていた。
ふらふらと誘われるように近付いて箱を覗き込み息を飲む。
そこに横たわっていたのは、異世界へと運ばれた電車の中で見た夢に現れた白銀の男の子だった。




