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第12話 保存箱の量産へ


 領主館の木工職人が試作用の箱を作ってくれたのは、それから四日後だった。

 思っていたよりも早い。


 さすが領主様が頼んだだけある。


 私は工房の中央に置かれた箱を、少し離れたところから眺める。

 高さは、私の胸ほど。


 前面には三つの扉がついていて、それぞれ中が完全に分かれている。


「……ちゃんと形になっていますね」

「設計図通りだ」


 隣に立っているルーカスが言う。

 今日はアベルはいない。


 別の仕事があるらしく、ルーカスだけが工房へ来ていた。


「木工職人の方に、お礼を伝えておいてください」

「直接言えばいい。後で会う予定だ」

「後で?」

「実際に使う人間の話を聞きに行く」


 私は箱からルーカスへ視線を移す。


「今からですか?」

「ああ」

「私も?」

「作る本人が行かなくてどうする」

「……それもそうですね」


 昨日までは、工房で術式を考えるつもりだった。

 けれど、確かに実際に使う人の話を聞いた方がいい。


 私は帳面と筆を鞄へ入れた。


 最初に向かったのは、街の外れにある農家だった。

 冬になると野菜が凍って困る、と以前話を聞いたところだ。


「冷やしすぎると困る野菜はありますか?」

「そりゃ、かなりあるよ」


 農家の男性は、倉庫に積まれた野菜を見ながら答える。


「葉物は特に駄目だな。凍って解けると、すぐに柔らかくなる」

「根菜は?」

「種類による。人参なんかは多少は平気だけど、凍らせない方がいい」


 私は帳面へ書き留める。

 上段はやはり冷気を弱くした方がよさそうだ。


「箱には、どのくらい入れたいですか?」

「入るだけ」

「……もう少し具体的にお願いします」

「多ければ多いほどいい」


 農家の人は欲張りらしい。

 ただ、使う側としては当然かもしれない。


 次は市場へ向かう。

 肉屋と魚屋にも話を聞いた。


「肉はできるだけ冷たくしてほしいね」

「魚もだな。特に朝に仕入れて、夕方まで残ると困る」

「凍らせるのは?」

「それはそれで扱いにくい。切るのも大変になる」


 野菜とは違う温度が必要だ。

 私は帳面の中央に、肉・魚、と大きく書く。


 その横でルーカスは、市場の店主たちへ質問していた。


「一日にどの程度、廃棄が出る?」

「夏ならかなりですね。冬は減りますが、それでも暖かい日は傷みます」

「村から街へ運ぶ間は?」

「氷を使います。ただ、遠い村だと持ちません」


 私が温度や保存方法を聞く間に、ルーカスは運搬や損失まで確認している。

 同じ箱を見ているはずなのに、考えている範囲が違う。


 私は、箱の中をどう冷やすか。

 ルーカスは、その箱をどこで、誰が、どう使うか。


 その違いが少し面白かった。


 最後は領主館の厨房へ向かった。

 料理人の方々にも、試作品の設計図を見せる。


「野菜はまとめて入れたいです」

「肉は汁が下へ落ちないようにしてほしいですね」

「飲み物は多く入る方が助かります」


 次々に要望が出てくる。

 私は一つずつ帳面へ書き留めた。


「皆様、箱に求めることが多いですね」

「日常的に使う物だからな」


 隣でルーカスが言う。


「もう少し遠慮してもいいと思います」

「今のうちに聞いた方が、後で直さずに済む」

「正しいですが、紙が足りなくなりそうです」

「追加で渡そうか」

「そういう問題ではありません」


 結局、帳面の三ページほどが要望で埋まった。


 工房へ戻る頃には、日が少し傾いていた。

 私は試作箱の前へ座り、今日聞いた内容を見直す。


「上段は広めにしましょう。野菜はかさばります」

「ああ」

「中央は、汁が下へ漏れないように完全に分けます」

「下段は?」

「飲み物の瓶を立てられる高さを確保します」


 ルーカスと相談しながら、細かな部分を決めていく。

 箱自体はもうできている。


 けれど、中へ書く術式はこれからだ。


 私はまず、一番外側へ外気を遮断する線を書く。

 次に、三段を繋ぐ魔力循環の術式。


 最後に、冷気を生み出す部分を下段へ置いた。


「冷たい魔力は下へ集まりやすいので、下から流していきます」

「上まで届くのか?」

「届くはずです。ただ、どのくらい残るかは試してみないと」

「では、試そう」


 私は魔力を流す。

 箱の内側に書いた術式が、淡い青色に光った。


 冷気が下段からゆっくりと上へ流れていく。


「動いています」

「何を入れる?」

「上段に野菜。中央に肉。下段に水の瓶を入れましょう」


 それぞれを入れ、扉を閉めた。


 数時間後。

 最初に下段を開ける。


「……」


 瓶の中の水が、完全に凍っていた。


「飲み物が凍っています」


 私は瓶を持ち上げる。

 傾けても、中身は動かない。


「腐ることはない」

「飲むこともできません」

「溶かせばいい」

「冷やして、凍らせて、また温めるのは遠回りです」

「保存はできているがな」

「飲み物としての役割を失っています」


 ルーカスは少し考えてから頷いた。


「それは困るな」

「今気づいたのですか?」


 中央の肉は、かなりよく冷えていた。

 こちらは悪くない。


 しかし上段を開けると、野菜はほとんど冷えていなかった。


「下段で冷気を使いすぎていますね」

「上まで残らなかったか」

「はい」


 冷気が下に集まりやすすぎたらしい。

 私は再び紙へ術式を書く。


 必要なのは、三段すべてへ同じ魔力を送ることではない。

 それぞれに合った量を送ること。


「一つずつ、流れる魔力を調整します」

「別々の術式にするのか?」

「完全には分けません。大元の循環は一つです」


 箱全体へ流れる魔力を一つにする。

 そこから枝分かれさせる。


 上段へは少なく。

 中央へは一定量。下段には、余った冷気を集める。


 さらに、それぞれの扉の周囲へ小さな遮断術式を書く。


「これは?」

「扉を開けた時、他の段まで温度が変わらないようにします」

「そこまで必要か?」

「厨房の方が、何度も開けると言っていましたから」

「要望をちゃんと全部聞いているな」

「紙三ページ分ありますから」

「役に立っただろう」

「……認めます」


 悔しいけれど、聞きに行ってよかった。


 そこから何度も調整した。

 一度書いては消し。


 また書いて。

 試して。


 数日が過ぎた。

 そして五日目。


 私は最後の確認をする。

 上段の野菜を取り出す。


 凍っていない。

 葉もほとんど萎れていない。


 中央の肉と魚も確認する。

 匂いも状態も問題ない。


 下段の瓶を取り出す。

 中の水は、しっかり冷えている。


 でも、凍ってはいない。


「……できた」


 小さく声が漏れた。

 隣にいたルーカスも、それぞれの段を確認する。


「魔力消費は?」

「従来の保存用魔道具より、かなり少ないです」

「どのくらい?」

「今の試験では、十分の一以下ですね。もっと下げられる可能性もあるかと」


 ルーカスの表情が変わった。


「これを量産する」

「……今、完成したばかりですが」

「だから、今から準備する」

「もう少し試験を続けた方が」

「試験は続ける。その間に木材と職人を集める」

「失敗する可能性もあります」

「その場合は直せばいい」

「簡単に言いますね」

「君なら直すだろう」


 あまりにも迷いなく言われ、言葉に詰まる。


「……そう言われると、直さないといけない気がします」

「できないのか?」

「できます」

「なら問題ない」

「今のは少しずるいですね」


 できるかと聞かれれば、できると答えるしかない。

 ルーカスは箱へ視線を戻す。


「まずは領主館の食料倉庫に置く。それから治療院だ」

「治療院?」

「温度に弱い薬や素材を保存できる」

「ああ……」

「街の共同倉庫にも使える。農村に置けば、収穫した食料を長く保存できるだろう」


 また話が大きくなっていく。


「夏なら、遠い村から肉や魚を運ぶこともできる」

「この箱ごと運ぶのですか?」

「そうだな。大型化もできるだろうし、小型化もできるだろう」

「もう次の物を考えていますね」

「使えるなら広げるべきだ」


 ルーカスにとっては当然らしい。

 私は三段式の箱を見る。


 数日前まで、紙の上にしかなかったもの。

 最初は、普通の家庭で野菜を凍らせないための箱を作るつもりだった。


「私は、普通の木箱へ書く保存インクを作っていたはずなのですが」

「その途中で、もっと便利な物ができた」

「寄り道がかなり大きいですね」

「有益な寄り道だ」


 否定はできない。

 この箱が本当に広がれば、多くの人の役に立つ。


 そして、たくさん売れる。

 そこも、とても大切だ。


「量産した場合、専用のインクは私が作るのですよね?」

「ああ。術式とインクの権利も君のものだ」

「報酬も?」

「当然だ」

「では、たくさん作りましょう」

「そこは迷わないな」

「工房の経営がかかっていますので」

「安心した。いつもの君だ」

「どういう意味ですか?」

「褒めている」


 少しだけ納得できないけれど。

 私は下段から、冷えた飲み物を二本取り出した。


「せっかくなので、飲みますか?」

「ああ」


 一本をルーカスへ渡す。

 蓋を開け、一口飲む。


 冷たい。

 喉を通る感覚が気持ちいい。


「冷たいですね」

「ああ」

「冬に必要でしょうか」

「もちろん、夏にこそ性能を発揮するだろうが」

「今は冬ですが」

「細かいことは気にするな」


 私は手に持った瓶を見る。


「温度の細かい違いを気にして作った箱なのですが」


 ルーカスは何も答えず、もう一口飲んだ。

 たぶん、反論できなかったのだと思う。


 私は少しだけ笑いながら、完成した三段式の冷蔵箱を見上げた。


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