それを、隠している
朝。
紙はもう、
最初の“紙”じゃなかった。
ポケットの中で、
形だけを保っている何か。
開く。
『見失う』
昨日の言葉。
でも今はもう、
“過去のもの”みたいに感じる。
上書きされている。
新しい指示に。
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教室。
空席は、まだある。
でも——
昨日と違う。
位置が、
微妙にズレている。
「……は?」
窓際のはずだった。
でも今は、
一つ内側に寄っている気がする。
誰も気づいていない。
当たり前みたいに、
そのズレた配置で過ごしている。
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黒板。
机。
椅子。
全部正常。
でも、
“そこだけ”が書き換わっている。
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「……隠してるのか?」
口に出る。
その瞬間、
頭の奥がわずかに軋んだ。
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——「見つかるとまずいから」
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知らない声。
でも、
知っている気がした。
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「……誰だよ」
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返事はない。
でも、
空席の周りだけ、
空気がわずかに歪む。
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昼休み。
誰もいない教室。
空席の前に立つ。
位置が、
また変わっている。
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一定じゃない。
逃げている。
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ポケットの中で、
“それ”が震える。
開く。
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『隠れて』
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短い。
でもはっきりしている。
命令じゃない。
“願い”に近い。
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「……お前、隠れてるのか」
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その瞬間。
机の上に、
水滴みたいな跡が浮かぶ。
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一つ。
また一つ。
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まるで、
“そこに誰かがいた形”をなぞるみたいに。
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すぐに消える。
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息が浅くなる。
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これは痕跡じゃない。
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今、ここにいる。
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でも——
見えない。
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ポケットの“それ”が熱を持つ。
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『見つかったら、終わる』
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文字が浮かぶ。
今までで一番、はっきりと。
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「……終わるって、それ」
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言葉が続かない。
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そのとき。
教室の扉が開く音。
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反射的に振り向く。
クラスメイトが入ってくる。
普通の空気。
普通の時間。
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でも、
一瞬だけ。
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全員の視線が、
同じ場所を避けた。
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空席。
いや、
“そこにいる何か”。
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誰も見ない。
誰も触れない。
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でも確実に、
“避けている”。
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「……お前ら、見えてんのか?」
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思わず口に出る。
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「何が?」
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普通の返事。
違和感ゼロ。
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でも、
一瞬だけ。
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全員の動きが、
わずかにズレた。
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まるで、
“聞こえなかったことにした”みたいに。
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放課後。
教室に一人残る。
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空席はもう、
どこにあるのかわからない。
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位置が曖昧になっている。
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でも、
“いる”ことだけはわかる。
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「……なんで隠れてんだよ」
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静かに呟く。
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そのとき。
すぐ隣で、
声がした。
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「見つかったら、消されるから」
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息が止まる。
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振り向く。
誰もいない。
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でも、
確かに聞こえた。
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今までで一番、
近くで。
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ポケットの“それ”が、
強く震える。
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開く。
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『だから』
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そこで止まる。
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続きはない。
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なのに、
わかってしまった。
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“思い出す”ことが、
“見つける”ことになる。
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そして——
それが終わりになる。
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教室の空気が、
わずかに歪む。
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その中心に、
“見えない何か”がいる。
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でも、
それは逃げている。
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世界から。
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自分から。




