↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺を追放するのは構いませんが、その魔剣も鎧も俺の持ち物ですよ?  作者: ころもぐら


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/8

第7話 鍛冶屋も知らない、リシアの腕の銀の印

クロフト工房は朝から忙しかった。ミーナが赤く熱した金具を水へ落とすと、白い湯気が立ち上がり、工房の奥まで広がっていく。レインは彼女の仕事がひと段落するまで、入口の外で待っていた。


「今日は何。昨日の金具が壊れた?」


「いや。採石場で拾った金属を見てほしいのと、小刀のことで少し聞きたい」


レインが紙包みを差し出すと、ミーナは金属の粒を指先で確かめた。


「これは鉄じゃないね。銀にも似てるけど、普通の銀より固い。どこで採ったの?」


「採石場の古い坑道。鉄喰いが出た場所だよ」


「魔物の腹から出たものかもしれない。屑の中に別の鉱石が混じってたんだろう」


ミーナは小さな皿に粒を入れ、炭の火にかざした。しばらくしても色は変わらず、熱に反応しない。


「材料としては珍しいけど、これだけじゃ何とも言えない。小刀と同じ成分かどうかは、比べてみなきゃ分からないね」


工房の棚には、修理を待つ農具と旅人の短剣が並んでいた。ミーナが使っていた秤の片側には小さな重りが載り、もう片側では金属片がかすかに揺れている。レインは、それを何のために量っているのか尋ねた。


「重さの違いを見るんだよ。同じ大きさに削っても、材質が違えば重さが変わる。もちろん、それだけで種類は決められないけどね」


「じゃあ採石場の粒が、小刀と同じ材料かどうかも?」


「形も大きさも違うんだから、そんな簡単には分からない。細工師が残した癖の方が手掛かりになることもあるよ」


工房の外では、荷馬車を押す職人が一度立ち止まり、通りすがりの子どもに道を譲っていた。レインはその様子を見て、前のパーティではいつも出発の時間ばかり気にしていたと思い出す。今は急がせる人がいない。調査に時間をかけられること自体が、少し不思議だった。


ミーナは仕事台の端から傷のついた皿を取り、そこに銀色の粒を一つ載せた。火箸でつまんで加熱する間、リシアは入口の方へ顔を向けていた。往来の馬車が石畳を走る音がして、そのたび彼女の肩が少し強張る。レインは声をかけようとしたが、彼女が自分で窓際から離れたので、何も言わなかった。


「採石場では、怖い思いをしただろう」


レインが火の様子を見ながら言うと、リシアは少しだけ笑った。


「怖かったです。でも、何をしたらいいか分かった時は、考えるより先に体が動きました。剣を持つ時もそうです」


「記憶がなくても、体が覚えていることはあるんだな」


「便利なことばかりじゃありません。誰に教わったのかも分からないのは、変な気分です」


レインは気軽な励ましを言いかけてやめた。思い出せないものを、必ず思い出せると約束することはできない。その代わりに、ミーナへ尋ねた。


「古い工房を探すなら、どこから調べたらいい?」


「市の台帳かな。工房を閉めても、納めた税金や製品の印が残ってることはある。今日の材料調べで答えが出なくても、次に行く場所はあるよ」


レインは帳面の空いている頁にその言葉を書いた。分からないことを書き留めるのは、荷物持ちの仕事をしていた頃からの癖だった。ただ、今は誰かに命じられているわけではない。自分で選んだ調査のために、次に必要なことを控えている。


レインはギルドから持参した小刀を取り出した。今回も保管記録に署名し、調査目的と返却予定時刻を確認してある。ミーナは刃を光に透かした後、柄の銀飾りへ目を向けた。


「銀色のところ、細い線が幾つも入ってるでしょう。飾りじゃなくて、継ぎ目を埋めた跡だよ」


「何度も修理されている?」


「そうかもしれない。けど、その割には刃の傷みが少ないんだよね」


リシアは黙って小刀を見ていた。ミーナが試しに金属の粒を柄の近くへ置くと、彼女の肩がわずかに揺れた。


「どうした?」


「いえ。ちょっと、寒気がしただけです」


リシアは右腕で左袖を押さえた。顔色が悪くなっている。レインは火のそばから離れるよう促し、椅子を借りた。


「今日はもう切り上げようか」


「大丈夫です。少し休めば」


ミーナが水を持ってきた時、リシアの左袖の隙間から、薄い銀色の線が覗いた。


「その腕、見せてもらっていい?」


リシアは反射的に袖を下ろした。ミーナはすぐ手を引く。


「無理にとは言わない。けど、いま光ったのが金属の粉じゃなく、あんたの腕だった気がして」


レインは二人の顔を見比べた。リシアの右手は袖を強く握っている。


「今は見せなくてもいいよ。気になるなら医者へ相談しよう」


「……レインさんには、昨日見られたと思います」


「傷の跡みたいなものがあるのは見た。でも、詳しくは分からなかった」


リシアはしばらく迷った末、袖を肘の少し上までまくった。包帯とは別の位置に、細い銀線が輪を描いている。刺青にも古い傷にも見えるが、線の端に小さな切れ目があった。


「私も、いつからあるのか覚えていません」


ミーナは触れずに目を凝らした。


「少なくとも、私が知っている焼き印とは違うね。皮膚が盛り上がってないし、色が皮膚の下にあるように見える。治療師に見せた?」


「左腕のけがを診てもらった時には、何も言われませんでした」


「なら、まず専門家だね。私には刃物のことしか分からない」


ミーナのきっぱりした答えに、リシアは少し安心したようだった。気味悪がられると思っていたのかもしれない。


レインは銀の線の形を帳面に写そうとしたが、本人に許可を取るまで筆を止めた。


「形だけ記録していいかな。小刀の印と関係があるかもしれないから」


「はい。ただ……人には、あまり見せないでください」


「分かった。君の許可なく話したりしない」


書き写してみると、銀の線には小刀の星印と似た切れ込みがあった。正確に同じかどうかは分からない。レインは似ているとだけ書き、断定は避けた。


ミーナは肘掛けのない椅子をリシアへ寄せ、窓から射す光の下で腕の印を確かめた。鍛冶職人としての好奇心は抑えきれないようだったが、触れようとはしない。


「小刀の印と似ているからって、同じ人が付けたとは限らないよ。丸に切れ目を入れる飾りは、昔からあるからね」


「それでも調べてみたいです」とリシアが言った。


「自分のことだものね。分かるよ。でも、痛むようならやめな。金属なら叩いて確かめられるけど、人の腕はそうはいかない」


その言い方に、リシアは口元を緩めた。レインも釣られて笑う。ミーナは不思議そうに二人を見比べ、また作業台を片づけ始めた。


小刀はレインの私物ではない。ギルドの管理品を調査のために預かっているだけだ。刻印の形を写すことはできても、勝手に削ったり、刃を折って材質を調べたりはできない。ミーナはその事情を聞くと、試すつもりで用意した砥石を棚へ戻した。


「持ち主探しをしてるのに、壊しちゃ本末転倒だからね。今日は見たままで記録しよう」


レインは頷き、紙に二つの図を並べた。小刀の刻印とリシアの腕の線は確かによく似ている。しかし、柄の模様には三本の短い線があり、腕の方は二本に見えた。光の加減かもしれないし、まったく別の模様なのかもしれない。分からないうちは分からないまま残す。それが、この先誰かに尋ねる時にも役に立つはずだった。


その後、三人で市の古い工房記録を調べた。鋳造所の台帳には、かつて特殊な合金を扱っていた記録がある。だが、星の一角が欠けた印は見つからなかった。


「これだけ古いと、持ち主を探すより作った人を探す方が難しいかもね」とミーナが言う。


「それでも、少しずつ分かってきてる。最初はどこの品かすら分からなかったんだから」


レインが答えると、リシアは袖を下ろしながら頷いた。


帰り際、ミーナが小さな紙片を渡してきた。東門の治療院にいる年配の治療師の名前だ。


「昔、工房で金属による皮膚の異変を診たことがある人。腕を見せる気になったら行ってみなよ」


「ありがとうございます」とリシアが言った。


「礼はまだ早いよ。分かることがあるかどうかも知らないんだから」


口調は相変わらず強い。それでも紙に書かれた場所は丁寧で、迷わないよう目印まで添えてあった。


古い台帳を持っていた事務員は、工房名の読み方が時代によって違うことを教えてくれた。似た印を使う工房が二つ見つかったが、どちらも今は営業していない。住所が移転前の街区名で記されているため、現在の地図だけでは場所も特定できなかった。


「今日はそこまでにしましょう。私のことを調べてもらっているのに、時間ばかり使わせています」とリシアが言った。


「俺も知りたいから調べてるんだよ。それに、何も分からなかったわけじゃない。古い名前を探せばいいと分かった」


「前向きですね」


「荷物の中から必要な物を見つける仕事を長くやってたからかな。ないと思っても、箱の底から出てくることがある」


「それ、探すのが下手だっただけでは?」


ミーナが横から口を挟んだので、レインは言い返せなかった。リシアは声を立てて笑い、慌てて口元を押さえた。レインはその笑顔を見て、今日の調査が無駄ではなかったと感じた。


工房を出ると、街では昼の鐘が鳴っていた。リシアは少し遠くを見るようにして言った。


「私、ここへ来る前のことを思い出そうとすると、頭が痛くなるんです。でも、さっきの印を見ても、怖いとは思いませんでした」


「じゃあ、急がなくていい。痛くなるほど思い出す必要はないよ」


「……はい」


レインは小刀の包みを抱え直した。まだ誰の持ち物なのかは分からない。だから《返却》は使えない。それを不便だと思ったこともあったが、今はむしろ良かったのかもしれない。事情を知らないまま物を動かしてしまえば、彼女が自分で確かめる機会まで奪うところだった。


ギルドへ戻ると、受付係が珍しく慌てた様子で近づいてきた。


「レインさん、採石場の件で評判を聞いた商人から依頼が来ています。荷車が一台盗まれたそうです」


「荷車?」


「中に商品が積まれたままで、しかも、目撃した人の話では途中で人が乗っていたとか」


レインは眉を寄せた。盗品を返すだけなら話は早いが、人を乗せたまま車を動かすわけにはいかない。依頼書を受け取り、まず荷車の所在と持ち主の証明を確認することにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。