第5話 二人で受けた初依頼、儲けは銅貨三枚でした
採石場への工具配達は、ギルドの掲示板では簡単な仕事に見えた。北門の倉庫で工具を受け取り、半日歩いた先の現場監督へ届ける。往復の移動時間を考えても、夕方には戻れるはずだった。
「報酬は銀貨三枚。二人分の昼食と通行料を引けば、ほとんど残らないね」
レインが言うと、リシアは依頼書を覗き込んだ。
「それでも受けるんですか」
「必要な実績になるし、運ぶ物の確認は得意だから。あと、俺はまだ君の仕事ぶりを知らない」
「私も、レインさんと一緒に仕事をするのは初めてです」
リシアは笑ったが、すぐ真面目な顔になった。
「腕の傷が痛くなったら、ちゃんと言います。迷惑をかけたくないので」
「言ってくれた方が助かる。無理をして途中で動けなくなるのが一番困るから」
レインはギルド職員に確認し、リシアを同行者として登録した。彼女は正式な冒険者登録がまだ済んでいないため、依頼主との契約はレイン一人の名義になる。危険な討伐には連れていけないことも伝えられた。
北門の倉庫で受け取ったのは、つるはし六本、替えの刃十枚、測量用の鎖二巻、修理用の金具が入った木箱だった。レインは数量を確認し、納品書と照らし合わせる。
「つるはしが五本しかありません」
倉庫番は面倒そうに棚を見た。
「一本は昨日のうちに出したはずだ」
「この依頼では六本と書いてあります。昨日の受け渡し分と混ざっているかもしれませんね」
レインは責める口調にならないよう気をつけた。帳面を見せると、倉庫番は奥の箱を調べ、予備のつるはしを見つけた。
「悪かった。あんたが気づいてくれなきゃ、現場で揉めるところだった」
「俺も以前、似たようなことをやったよ。数え直す時間があってよかった」
リシアは木箱の重さを確かめると、片手で運ぼうとした。だが、包帯を巻いた左腕に力が入りかけたのを見て、レインはすぐ止めた。
「小さい箱だけお願い。こっちは手押し車に載せよう」
「それじゃ、私の仕事が少なくなります」
「道が悪い所で車輪を支えてもらえると助かる。それも仕事だよ」
門の前に着いたところで、レインは念のため車軸へ油を差した。倉庫から貸し出された車は年季が入り、押すと右側の車輪が小さく鳴った。リシアは不思議そうに眺めていたが、やがて予備の縄を持ち上げた。
「その縄も使うんですか」
「車輪が外れた時に荷を固定するためのもの。何も起きなければ使わない」
「起きない方がいいことのために、荷物を増やすんですね」
「そういう役目の道具が一番役に立つ時もあるよ」
言いながらレインは少し笑った。暁の剣にいた頃、重いと言われて真っ先に外されそうになったのが予備の縄だった。山道で馬が脚を痛めた時には、その縄で荷をまとめ直し、仲間の食料を運んだことがある。誰もその日のことを覚えていないかもしれないが、道具を揃えた本人は覚えている。
通行札を見せると、門番は荷の量を確認した。
「採石場か。昼前には南の分かれ道を通れ。昨夜の雨で西の低地がぬかるんでいる」
「助かります。帰りも同じ道で大丈夫ですか」
「夕方に雨が降らなければな。ただ、橋の手前で水が増えていたら回り道を使え」
レインは礼を言い、帳面の余白へ注意を書き足した。少し面倒そうにしていたリシアも、門を出てすぐに大きな水たまりを見て、その意味を理解したようだった。
二人は手押し車の使用料を払い、北門を出発した。
道は思いのほか荒れていた。前日の雨で轍に水が残り、車輪が何度も取られる。レインが前から引き、リシアが後ろで押した。途中、道端の石を踏んで車輪が傾いた時には、リシアがとっさに支えたため荷物が崩れずに済んだ。
「剣を持つより、こっちの方が難しいです」
「俺もそう思ったのは最初だけ。慣れたら少しは楽になる」
「慣れるまで続けるんですね」
「今日はそういう仕事だからね」
橋の手前で休憩した時、二人はパンを分け合った。リシアは買い物を自分でしたがったが、ギルドに残している彼女の所持金はわずかだった。レインは依頼の経費として食事代を帳面に付け、報酬から差し引くことにした。
「働いた分は、二人でちゃんと分けよう。帳面も見せるよ」
「私の分は少なくても構いません。助けてもらっていますし」
「そういう理由で安くしなくていい。仕事をしてもらうなら、その分は払う」
リシアは何か言いかけたが、結局頷いた。
途中の休憩では、二人は車を道の端へ寄せ、荷を覆う布が緩んでいないか確かめた。リシアはパンを半分食べたところで、包帯の端を気にしていた。汗で少し緩んでしまったらしい。
「腕を見せて」とレインが言うと、彼女は一瞬ためらってから左腕を差し出した。傷を触らないように、医師から教わった通り布の端だけ締め直す。
「痛いなら、帰りは車に乗せてもいい」
「道具を運ぶ車に人が乗ったら、怒られませんか」
「たぶん怒られるね。だから一番いいのは、途中で休みを取ることかな」
「それなら、休みを取ります」
彼女の返答があまりに真面目で、レインは声を上げて笑った。リシアもつられて笑ったが、しばらくするとパンの包みを見つめた。
「覚えていないことが多いのに、お腹だけはちゃんと減るんですね」
「それは覚えていなくても困らないことだよ」
「そうでしょうか。私は、自分が普段何を食べていたのかも分からないんです」
レインは何と答えるべきか少し迷った。気休めを言うより、今のことを一つずつ積み上げればいいと考えた。
「今日の昼に食べたパンは分かった。次は、好きな味を探せばいい」
リシアはパンの最後の一口を食べてから、うなずいた。
「これは、好きな味だと思います」
二人はまた車を押し始めた。道の先には採石場の白い岩肌が見えていた。
採石場に着くと、受付の小屋は無人だった。作業場からは打撃音が聞こえてくるが、納品の責任者が見当たらない。しばらくして戻ってきた職人は、荷物を見るなり顔をしかめた。
「測量鎖が古い型じゃないか。俺たちが頼んだのは新しいやつだぞ」
レインは納品書を確認した。確かに品番が違っている。出発前の数量は合っていたが、型番を見落としていたのだ。
「すみません。倉庫へ確認してきます」
「ここから往復したら日が暮れるだろ。こっちだって作業が止まるんだよ」
責任者の苛立ちはもっともだった。レインは初仕事で失敗したことを認め、どこまでなら現場で対応できるか尋ねた。
「古い鎖でも、金具を替えれば使えるかもしれない。ただ、今は手の空いてる職人がいない」
「俺が金具を付け替えてもいいですか。道具は持っています」
職人は疑わしそうにレインの手を見たが、壊れても困らない予備の鎖で試すことを許してくれた。
作業台を借りて留め金を外し、箱にあった交換用の金具を合わせる。師匠の店で何度も扱った単純な仕組みだった。ただし古い型は輪の幅が狭く、無理に付ければ引っかかる。レインは金具を少し削り、通りを確かめた。
「それ、腕を固定した方が早いですよね」
横からリシアが声をかけた。彼女は木箱を押さえ、鎖が動かないよう足元の板を差し込んだ。おかげでレインは両手を使えた。
「いいね。助かる」
「こういうことならできます」
二人で作業するうち、鎖は予定より早く直った。現場監督は何度か伸ばして長さを測り、ようやく頷いた。
「これなら今日の測量には使える。新品への交換は倉庫に連絡しておくから、納品書にその旨を書いてくれ」
「分かりました」
作業が済んだ後、ダンは帳面を持って戻ってきた。レインが補修に使った金具を指し、消費した数を確認する。
「助かったのは本当だ。だが、その部品の費用は配達料に含まれているのか」
「含まれていません。倉庫へ追加請求することになります。ただ、ここで使った分は俺が立て替えました」
ダンは少し考え、納品書の余白へ状況を書いて印を押した。
「これがあれば倉庫と話せる。お前さんが型番を見落としたのは事実だが、倉庫側の積み違いでもある。全部をかぶる必要はないぞ」
レインは礼を言った。以前の仕事なら、こういう問題が起きた時に誰かの判断を待つだけで済んだかもしれない。今日は自分の名前で契約している。誰の責任がどこまでなのかを確認するのも、仕事の一部だった。
帰り支度をしていると、リシアが現場の隅に転がった短い木材を拾い、端へ寄せた。大きな石の陰で、作業員の子どもらしい少年が、こちらをじっと見ている。
「お姉さんたち、冒険者なの?」
「私はまだ登録していません」とリシアが答えた。「今日はお手伝いです」
「じゃあ、道具の修理ができる冒険者ってすごいんだ」
少年はレインを見上げた。剣を振るわけでも魔法を使うわけでもない仕事を褒められて、レインは少し返事に詰まった。
「すごいかどうかは分からないけど、困っている人がいたら直せる物は直したいね」
「僕の木馬も直してくれる?」
「それは仕事が終わってからだな」
少年は嬉しそうに走り去った。リシアはその背中を見送りながら、レインの表情を見ていた。
「お店を開きたい理由、少し分かった気がします」
「まだ開けてもいないけどね」
「でも、あんなふうに頼られたいんでしょう」
否定する理由はなかった。レインは頷いて、手押し車の縄を締め直した。
納品は終わったが、レインは新しい金具を使った分の代金を立て替えた。手押し車の使用料も想定より高く、帰り道の橋では追加の通行料まで取られた。
街へ戻る頃、空は夕焼けに染まっていた。ギルドの窓口で受領印を確認してもらい、報酬を受け取る。
「銀貨三枚……金具と通行料で銀貨二枚と銅貨七枚。残りは」
「銅貨三枚ですね」とリシアが答えた。
「二人で半日働いて、それだけか」
レインが帳面を見てため息をつくと、リシアは少し困ったように笑った。
「でも、あの人たちは仕事を続けられました」
「そうだね。それはよかった。ただ、次も赤字すれすれじゃ店は開けないな」
「では次は、もっと上手くやりましょう」
レインは顔を上げた。リシアは当たり前のように「次」と言ったのだ。自分ともう一度仕事をするつもりでいるらしい。
「次は型番まで確かめる。あと、荷車の料金は出発前に聞いておこう」
「私は、包帯が取れるまでは重い箱を持ちません」
「それが一番大切だね」
二人で決めた反省点を帳面に書き足すと、依頼書を受け取った職員が声をかけた。
「今日、採石場の人から連絡がありました。古い測量鎖が使えるようになったと喜んでいましたよ。明日、追加で相談したいことがあるそうです」
レインは顔を見合わせた。報酬は少なかったが、仕事は確かにつながっている。
「どんな相談ですか」
「作業中に道具がなくなるそうです。人が盗んでいるのか、魔物の仕業なのか、まだ分からないとか」
昨日まで荷物持ちだった自分に、現場の困り事が届いている。レインは新しい依頼書を受け取った。
帰り際、リシアがぽつりと言った。
「今度は、最初から二人で役に立てるといいですね」
「うん。今度こそ、ちゃんと利益も出そう」
それを聞いた彼女は、今度は隠さずに笑った。




