フィルム5
卒業が近づいた頃。
先輩の進学先は、県外に決まった。
電車で三時間。
頑張れば会える距離。
だから、この関係を続けようと思えば、続けられる。
「さすがに人全然いないね」
合格発表が終わって、最初の休み。
先輩と一緒に、冬の海を見にきていた。
雪がチラチラと降っている。
「それで、これからどうする?」
先輩が聞いた。
俺はその一言で分かってしまった。
この人はやっぱり、
俺が「別れよう」と言ったら頷くんだ。
誰よりも近づいた。
誰よりも先輩を知っている。
でも、多分、本当の意味で恋人じゃなかった。
きっと、寂しそうな顔をするけれど、
「わかった」って一言、そう言うんだ。
それを想像したら、急に疲れてしまった。
これ以上を求めないように。
先輩のそばにいれるだけで嬉しいって言い聞かせていくのは。
「…別れましょうか」
ごめん。先輩。
これが先輩を傷つけるって分かっているけど、きっともうダメなんだ。
先輩が瞬きをした。
「そっか」
ほら、やっぱり。
理由も聞かない。引き留めもしない。
最後に期待しなくて良かった。
俺は大きく深呼吸して、気持ちを整える。
そして、笑顔で先輩と向き合った。
「今までありがとうございました」
「…うん」
「楽しかったです」
「俺も」
あーあ、最後の最後で。
0点です。先輩。
俺が傷つかないように綺麗に終わらせてくれる。
「じゃあ、帰りはバラバラで」
背を向けた。
駅に向かって進む。
その時だった。
「……待って!」
足が止まった。
聞き間違いかと思った。
振り返ると、先輩がこっちをみていた。
「何ですか?」
「……」
何も言わない。
ただ、先輩はひどく困った顔をしていた。
何かを言おうとして、また口を閉じる。
こんな先輩を見たことがなかった。
「先輩?」
こちらも困惑しながら、声をかける。
「なんで?」
胸が鳴った。
「…何がですか?」
「何で、別れるの」
初めてだ。
先輩が、去る人間に理由を聞くのは。
押さえつけた期待がまた溢れてくる。
「遠距離になるし」
「それだけ?」
「それだけって…」
「三時間なら会える」
「えぇ…」
「俺が行くよ」
「先輩?」
「月に一回…いや、もっと行ける。バイトするし、交通費だって」
「先輩」
「今までだって会わない日は電話とかして…」
「先輩!」
思わず大きな声が出た。
先輩が黙る。
俺は笑おうとしたけど、うまくできなかった。
「どうして、俺にそこまでしてくれるんです?」
「どうして?」
「付き合っているからですか?」
「…」
先輩の目が泳ぐ。
痛かった。膨らみかけた期待がチクチクと棘になって萎んでいく。
「もういいんですよ。もう大丈夫です」
「…何が」
「先輩は優秀な生徒でした。もう教えることはありません」
「どういうこと」
「付き合うとき、不安にならない付き合い方教えるって言ったでしょ」
「…」
「でも俺、馬鹿だから」
声が震えた。
「ちょっと期待しちゃったんです」
いやだ。泣きたくない。
「好きにならなくていいって言ったのは俺です。だから先輩は何も悪くない。」
「…」
「いいって言ったのに、好きになって欲しくなってしまったんです。」
「…」
「ごめんなさい。一番、酷いことを言いましたね」
先輩の顔が歪む。
「…違う」
「何が?」
「君は酷くなんかない」
「…ほら、また」
もう我慢できなかった。
涙が溢れてくる。でも、俺は笑った。
「俺が戻りたくなるような、悲しい顔してる」
先輩が息を止めた。
「それ、ずるいですよ」
別れたくないとは言わないくせに。
この話のきっかけを作ったのは先輩のくせに。
「本当に、楽しかったです。良い思い出になりました」
また、背を向けた。
今度こそ、歩き出す。
一歩
二歩
三歩
「…嫌だ」
小さい声だったのに、それは確かに俺の耳に届いたんだ。




