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フィルム6


「嫌だ」


小さな声だった。

また、足を止めてしまった。


すぐ後ろから足音がする。

そして、次の瞬間には腕を掴まれていた。

少し痛いくらい、力が強い。


「嫌だ」


先輩がもう一度言った。

振り返った俺の目の前で、何かを堪えるように。


「別れたくない」



頭が真っ白になる。


「ごめん」

「…先輩?」

「分からなかった」

「…」

「侑が別れようって言ったとき、いつもみたいにしなきゃって思った」

「いつも?」

「相手が望むことを受け入れなきゃって」


腕を掴む力は強いまま。

俺がどこにも行かないように。


「でも、無理だった」

「…」

「行かれるの、嫌だ」


今度は先輩の声が震えている。

こんな時に、また新しい先輩を知る。


「侑がいなくなるって考えたら、何も…」


そこで言葉が途切れた。

何を言えばいいか分からなくなったような。


急に迷子になったみたいだった。


「…俺、君が思うよりずっと駄目かもしれない」

「…知ってますよ」

「…え?」

「というか、最初から駄目しか言ってなかったでしょ」

「…だって、もう教えることないって」

「…」

「まだ、駄目だよ。だって…」


先輩はやっと、腕の力を少し緩めた。

泣きそうなのに、少し笑ってる。


「好きって、何だろうな」

「分からない?」

「分からない」

「…そっか」


胸が痛い。

でも、この腕を振り払うことができなかった。


「でも」


先輩が続ける。

俯きそうだった目線がまた、先輩に戻る。


「君が他の誰かと付き合うのは嫌だ」

「…」

「俺以外と遊ぶのも嫌だし、電話するのも嫌だ。俺以外の人のために、君が何かをするのも嫌」

「先輩?」

「これから先、大学に行って新しい友達ができて…俺が知らない新しい君を知らないままなのも嫌だ」


先輩がどんどん早口になっていく。

俺は目をパチパチと瞬くことしかできない。

先輩の言葉を理解しようと必死だった。


「三時間離れるだけでも嫌なのに、その上、恋人じゃなくなるなんて、もっと嫌だ」

「えぇ…?先輩ちょっと…」


「君が、俺を好きじゃなくなるのが一番嫌だ」


息を飲んだ。

先輩自身も、自分の言葉に驚いているようだ。


そうだろう。

今まで言ったことないような我儘ばかり。

長い沈黙の中、言葉を絞り出したのは、俺だった。



「…それ」


掠れた声が出た。

鼻の奥がツンとする。


「結構、俺のこと、好きなんじゃないですか」


先輩は何も言わなかった。

ただ、先輩も泣きそうな顔で俺を見る。


それから突然、肩にかけていたカメラを手に取った。


「…何してるんです?」


レンズがこっちに向いた。

先輩がカメラを構えるところを初めて正面から見た。


それが分かった瞬間。

堪えていた涙がまた、溢れ出して目の前がぼやける。


「フミヤ先輩」


ファインダー越しに先輩が俺を見ている。


「一度でいい」

「え?」

「撮りたい」


俺は動けなかった。


「君が今、ここにいるって残さないと」

「…」

「明日も、来年もその先も、ずっと覚えてるなんて今までは思えなかった」


先輩の指がシャッターに触れる。


「でも君は忘れたくない」


最悪だ。

こんな号泣してる顔。


初めての写真がこんな顔でだなんて。


「…俺、泣いてるんですけど!」

「うん」

「もっと格好いいときにしてくださいよ」

「…」

「今までもっと、いいときあったでしょ…!」

「…うん」

「馬鹿!消せ!」

「嫌だ」


即答だった。

びっくりして涙が止まる。

カメラを下ろした先輩は困ったように笑ってる。


思わず笑ってしまった。


「嫌って、いっぱい言えるようになりましたね」

「誰のせい」


カシャ、シャッターの音。


先輩のカメラに初めて人が残った。







それからしばらく。

先輩の卒業式。


登校時間より前に俺と先輩は写真部の部室に来ていた。



「あっという間に卒業式ですね」

「そうだね」

「あ〜先輩の引越し、一週間後でしょ」

「うん」

「さびし」

「…うん、でも来年、侑もこっちくるでしょ?」

「…まあ、志望校は違いますけどねえ」

「それまでは俺がこっち来るから。頑張れよ、受験生」

「無理!毎日電話して、先輩が勉強教えてくれなきゃ無理!」

「毎日は無理」

「…」

「できる日はちゃんと連絡するけど、ちゃんと集中しようね」

「…じゃあ卒業式の後一緒に写真撮ってくださいね。それ見て頑張ります」

「はは、いいよ」


あまりにも普通に受け入れられた提案。


「人のことは撮らないんじゃないですか?」

「うん」

「いいの?」


隣を見る。

先輩は昔と変わらず、穏やかな顔をして笑った。


「恋人特権」

「俺だけ?」

「そう」


その時の俺は、多分嬉しいやら恥ずかしいやら、よく分からない変な顔をしていたと思う。

先輩はそれを見て、また、涙を浮かべるほど笑っていた。


あの時初めて先輩のカメラにに写ったのは俺ではなかったのかもしれない。

人のいなかった先輩の世界に、

初めて誰かを失いたくないという、先輩自身が写ったのだー。



本編END

初めての作品でした。

拙い文章ではありますが、最後まで書けたことに満足です。

最後までお読みいただきありがとうございました。


これからの二人も書きたい…!

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