フィルム3
待ちに待った花火大会の日。
先輩は午後ギリギリまで講習があったため、花火大会の最寄駅で待ち合わせることにした。
まだ日の傾き始めで外は明るい。
それでも駅はお祭り向かう人で溢れていた。
約束の5分前に先輩はきた。
「待たせてごめんね。それにしても、すごい人だね。見つけられてよかった」
「いえいえ、先輩も講習お疲れ様です。屋台も結構出てるみたいですし、これからもっと増えるんじゃないですかね」
その言葉に、人混みが嫌いな先輩は少し渋い顔をした。
それがちょっとおかしくて、笑いが込み上げる。
「先輩は行きたい屋台とかあります?」
「俺は…特に。君の行きたいところに行こう」
「あはは、先輩人混み苦手ですもんね。じゃあ、ここから少し歩きますが、高台の展望デッキの方に行きましょう」
「え?」
「調べたら、写真撮るのには結構な穴場らしいところみたいです」
「そうなんだ…」
「じゃあ、ちょっと虫除けスプレーするので、あっちの人が少ない方に行きましょう」
そうして先輩を連れて、お祭り会場とは反対側へ歩いていく。
まわりに人がいないのを確認して自分と先輩にスプレーをかけた。
先輩はまだうまく状況が飲み込めないようでされるがままだ。
「準備がいいね…」
「ああ、なんか口コミみたいなの見て、虫除けは絶対した方がいいって書いてあって。先輩、荷物は重くないですか?」
「う、うん。今日は余計なもの持たないようにしてきたから」
「それはよかった。でも途中で大変になったら遠慮なく言ってくださいね」
「…わかった」
「じゃあ、行きましょう!案内します」
そこから歩いて30分。
先輩は疲れた様子もなく、自然が増えていく景色にむしろワクワクしているようだ。
「先輩…受験生のくせになんでそんな体力あるんですか…」
「えぇ?これくらい体力あるっていうのかな?」
「やめてください。俺がひ弱って言われてるみたいなので」
「はは、疲れたの?ちょっと休憩する?」
「いや…もうすぐ着きますし、花火もあと30分ほどで始まっちゃうので」
だんだんと暗くなってきて、街灯頼りに坂道を登っていく。
先輩はこちらを気に掛けながらも、俺の意思を尊重してくれた。
それでも足並みを揃えてゆっくり進んでくれる。
それから5分。やっとの事で登り切った。
先輩が涼しい顔でこちらを見て笑っていることが解せない。
「カメラ持ってる人、何人かいるね」
「本当ですね。でも、そんなに混んでない。これなら落ち着いて写真撮れますね」
「…うん、ありがとう。調べてくれて」
「いえいえ、思う存分撮ってください。俺はちょっと休憩します」
「はは、そうして。…でも、よかったの?せっかくのお祭り、近くで見なくて」
「はい、もともと写真撮りに行こうって約束でしたし。俺は先輩と花火が見たかっただけなので」
「そっか」
先輩は少し照れくさそうにして、カメラを取り出し始める。
花火が始まるまであと20分。
隣で静かに準備する先輩を、ただ、見守っていた。
「…君は俺にしてほしいことはないの?」
「なんですか、急に」
「いや…こうやって自分の好きなことのために、誰かが動いてくれるって、すごく…嬉しいんだなって」
「…」
「今日、本当は祭りに行くの少し面倒だったんだ。人混みの中じゃ、カメラは邪魔になるし真下から上手く撮れるかも分からない」
「…はい」
「でも今、静かなところで落ち着いてカメラを構えることができている。君が調べて俺を連れてきてくれたからだ」
「…」
「何も考えずに相手のしたいことに合わせるって、自分はしてあげてるって思ってたけど、全然違うんだね。だから俺も君のしたいこと、してほしいこと、やりたいなって」
先輩はカメラを見ていて、こっちを見ていないけど、
穏やかに笑っていて、なんだか少し泣きそうになった。
「う、嬉しいです。先輩が、そんなこと言ってくれるなんて」
「…そう?これは正解だったみたいだ」
「〜っ!100点ですよ!」
「はは、ありがと」
そうやって話しているうちに、花火が上がる時間になった。
遠くに見える会場が少し暗くなった気がする。
「いよいよだね」
「いよいよですね。とった写真、送ってくださいね」
「もちろん」
それから花火が終わるまで、会話はほとんどなかった。
ファインダーを除く先輩の目に、俺は映らない。
邪魔をしないよう少し後ろに座って、俺は先輩の後ろ姿越しに遠くで上がる花火を自分の目に焼き付けた。
「先輩、さっきのしてほしいことの話…」
花火が終わってからの帰り道。
いうか言わないか迷って結局、勇気を持って切り出した。
「うん、何してほしい?」
「…名前。名前で呼んでください」
少し驚いた先輩の顔。
普通のことなのに、なんだか言い出しづらかったその願い。
でも今日の先輩を見たら、あんなこと言ってくれたのを見たら、少し欲が出てしまった。
戸惑ったような先輩の顔。
踏み込みすぎただろうか。ちょっとした後悔が出て、目を合わせられなくなった。
「ごめん」
「…」
「そんなことでいいのって思ったけど…それ以前に、それくらいもしてなかったんだって自分でも驚いた…」
「え?」
「酷いことした、ごめんね」
「いや、え?」
「名前、ユウって呼んでいい?」
「…っ、はい」
「ユウ…侑ね。それで?侑は、俺のことなんて呼んでくれるの?」
「……」
「…」
「…フミヤ先輩」
「はは、先輩はそのままなんだ」
「郁弥!」
「はい」
「……先輩」
「ははは!うん、なあに?」
だめだ、嬉しい。
名前を呼ばれただけなのに、ニヤけてしまいそう。
「今日、楽しかったですか?」
「うん、すごく」
「…なら、よかったです」
今までの恋人より恋人らしくない。
でもこの瞬間、今までの恋人より、近くにいる。
それが何より嬉しくて、もっと欲しいって、欲張りになってしまいそうだった。




