フィルム2
付き合い始めてからも、先輩はやっぱり先輩だった。
「先輩、今日一緒に帰れます?」
「いいよ」
「駅前のクレープ食べたい」
「いいね」
「その後、本屋寄ってもいいですか?」
「もちろん」
何を言っても笑顔で頷く。
あれ、これ歴代彼女と同じ?なんて、付き合って一週間で早くも頭を抱えることになる。
「先輩、0点です」
「何が?」
放課後の部室。
向かいに座る先輩の前、俺は机に肘をついて指を組んだ。
「恋人としてです」
「付き合って一週間で、そんな評価されることあった?」
困ったように笑う先輩。
「あります。昨日、俺が夜中の2時に送ったLINE、返しましたよね」
「起きてたから」
「嘘。12時におやすみって言ってた」
「一回寝たけど、通知で起きたから」
「だから、寝ててくださいって話です」
「そんな横暴な。君が送ったからなのに」
「それです」
机を叩く。タンっと軽く音がして、先輩は目を丸くした。
「嫌なら嫌って言う。面倒なら面倒っていう。眠かったら寝る。俺が会いたいって言っても、用事があったらそっちを優先する」
「…」
「恋人だからって全部叶えなくていいんです」
「でも、できることなら全部してあげたいって思うけど」
「本音は?」
「…」
「そのとき、自分がどう思ったかで動いていいんですよ」
しばらくして先輩は、ふっと笑った。
「難しいな」
「難しくないです」
「難しいよ。今までそんなこと言う人はいなかったし、問題なかったんだから」
「問題あったから全員別れたんでしょ」
「容赦ないね、君」
「ふふ、明日から夏休みです。楽しみですね、先輩」
「何か、試されてるのかな…」
それから先輩は少しずつ変わった。
もちろん、夏休みに入って顔を合わせる機会も減ったし、先輩は受験生というのもある。
ただ、忙しいだけじゃなくて、そこに先輩の意思が見えるようになってきた気がする。
『今日、予備校おやすみでしたっけ?』
『そうだよ』
『気分転換にカフェでも行きません?』
『ごめん、今日は写真撮りに行きたい』
『一人で?』
『うん』
そう、最初にきたときは、なんだか嬉しくてスクリーンショットを撮った。
「景色綺麗でした?」
「夕焼けが綺麗だったよ」
夜、先輩から電話がかかってきた時はまだ少し気を遣ってるな〜なんて思ったけど。
それはそれで嬉しかった。
「いいですね。写真、送ってくださいよ」
「いいけど…なんでそんなに嬉しそうなの?」
「え?」
「いや、その…今日ごめんね」
「いいんですよ。それが嬉しいんです」
「それ?」
「先輩が俺より写真を選んだから」
「恋人として、それでいいの?」
いいんですよ、と笑った。
だってそれは、初めて先輩が見せてくれた「自分」だったから。
先輩は結構、ちゃんと写真を撮ることが好きだったんだ、なんて知ることができたんだ。
それからも先輩は少しずつ、自分の意思を言うようになった。
『今日は疲れたから、電話はまた今度』
『今から集中するから連絡は返せない』
『人が多いところより静かなところがいい』
『昨日の電話はちょっと長かった』
そう言われるたび、俺は笑った。
先輩はその度に不思議そうな顔をする。
「怒らないんだね」
「なんで怒るんです?」
「君は不満に思うだろうなって…嫌われるかなって」
「そんなことで?」
「…そんなことなのかな」
そこで初めて分かった。
先輩は誰にも興味を持てなかったんじゃない。
ただ、怖かったんだ。
自分の何かを出したことで、誰かが失望するのが。
内面を見て、その上で誰かに離れられることが。
写真と一緒だ。
先輩の世界には、美しい景色がある。
空があって、海があって、街があって、花がある。
誰かを写せば、その人をどう見ているのかがバレてしまう。
記録になって残ってしまう。
先輩はそれが怖かったんじゃないだろうか。
「先輩、今度花火見に行きましょう」
「急だね」
「まあ、夏らしいこと何か一つしましょうよ」
「…うん、そうだね」
「写真撮るでしょう?」
「花火の?」
「それ以外何があるんですか」
「…いや、カメラ持っていくよ」
「じゃあ、また」
「うん、おやすみ」
「おやすみなさい」
それから布団をかぶって考える。
新しい先輩を知るたびに、どんどん好きになる。
今までの恋人より、全然恋人らしくない。
完璧じゃなくて、一人の時間が大切で、人混みは嫌いで、
でもマメなのは演技じゃなくて、写真のためなら遠出もする。
知れば知るほど、ただの先輩のことが好きになる。
でも知ってしまったからこそ、俺は急がなかった。
好きになってほしいなんて絶対に言わない。
ただ、側にいるだけで良いって、自分に言い聞かせているんだ。




