フィルム1
「先輩、好きです」
高校2年生の夏休み直前、
自分と先輩だけしかいない写真部の部室。
先輩がカメラの手入れをしているのを眺めながら、夏休みにも会う口実を探していたら、本音と建前の本音の方が出てしまった。
先輩はキョトンとした顔をしてこちらを見る。
「え?」
「…聞き返すんですか」
「だって君は男だろう?」
「はい、先輩も男ですね」
「…なるほど」
そう言って、先輩の目線はカメラに戻ってしまった。
ただ、なんて返そうか考えているようで、カメラを触る手は止まっている。
表情を見る限りイエスかノーかの返事より、どう傷つけないように断ろうかと考えているんじゃないかと直感的に感じた。
「先輩は来るもの拒まず、じゃないんですか?」
「はは、そんな噂が流れているの?」
穏やかに笑う先輩は容姿端麗、頭脳明晰、ずば抜けてはないが程々に運動もできる。
おまけに写真部の部長で、入賞歴もあるときた。
そんな男が放っておかれるわけもなく、先輩が告白されたという噂はよく耳にした。
そして、付き合っている人がいなければ絶対に断らないと言う噂も。
「今、付き合っている人いないですよね」
「うーん、でも、流石に男と付き合うっていうのは話が違う気がするけど」
「一緒でしょ」
「えぇ、そうかな?」
「だって、先輩、今までの誰も好きじゃなかったでしょ。なら、男でもいいじゃないですか」
「…」
そしてまた、先輩の視線がカメラから俺に移る。
来るもの拒まず、去るもの追わず。
度々連れている女の子が違うにも関わらず、先輩の悪い噂が流れないのはどれも誠実な付き合いに見えるからだ。
だから、アイツはやっぱりモテるな、という評価で終わる。
よく一緒にいるところを見たし、マメに連絡を返していたのも知っている。
側から見たら完璧な彼氏でしかない。
ただ、その丁寧な好意がどこか機械的で、俺は少し怖かった。
実際、先輩のその態度には、歴代の彼女たちも違和感を覚えていたんじゃないだろうか。
そうじゃなければ、その機械的な好意を愛情と信じた誰かが、今も先輩の隣を確保しているはずなんだから。
一度、先輩が振られる瞬間を見たことがある。
「もう別れてほしい」と彼女はボロボロに泣いていて。
ああ、これは最悪の駆け引きの仕方だと他人事のように聞いていた。
引き留めてなんてくれない。
理由さえも聞いてくれない。
この人は、これが合図で接し方を他人に切り替えるのだから。
「うん……わかった」
この一言を聞けば、ほら、やっぱりこの人は自分を好きじゃなかったと思うのに。
本当に悲しそうな顔で、寂しそうな仕草をするから。
好きだったかなんて不安な気持ちは、その一瞬だけで報われたような感覚になってしまうんだ。
それを見て、俺は先輩のことを本当にずるい人だと思った。
そんな顔を見せるくせに、やっぱり別れたくないの一言は絶対に言わせないんだから。
「…俺はちゃんと好きだったよ」
そう言った先輩の表情は穏やかで、嘘をつくつもりはあるのか?なんて思った。
「本当に?」
「本当だよ」
「…先輩はずっと“人”の写真を撮りませんよね。テーマが愛のときも、思い出のときも。先輩の記録には人が残らない」
「…そういう作風なだけだよ」
「最初はそうかな、って思いましたよ。でも本当は残すほど思い入れのある人がいないんじゃないかなって。間違っていますか?」
まっすぐ先輩を見て言えば、先輩は小さくため息をついてこちらをまっすぐ見返した。
「だから俺は誰も好きになったことがないって判断したの?」
「ああ、それは…最後に繋がった憶測というか。最初のきっかけはまあ、先輩と彼女のやりとりを見てて思いましたね」
「そんな変なところあった?」
「なんというか…こう…不満がなさすぎるというか…」
「?」
「普通はね、どんなに好きな相手でもめんどくさいって思っちゃうときがあるんですよ。そんなの今度会ったときに話せばいいじゃんっていう内容のLINEだったり、デートで毎回違う店に行きたがったり、不機嫌になるきっかけも、どうすれば機嫌が直るかもいつも違う」
「随分と具体的だね」
「先輩のそういう部分、一切見たことなかったから。部活に乱入してこられても、忙しいときに我儘言われても先輩は変わらず優しかった」
「よく見てるね」
「もう、さっきから感想がちょっとズレてません?」
「素直な感想だよ」
「まあ、それは置いておいて。それが、好きを演じるためのサービスだったんじゃないかって」
「サービスって…」
「人はね、思い通りにいかないと不満を感じるくせに、思い通りに行きすぎると不安を感じる面倒な生き物なんです。ちょっと徹底的にやりすぎましたね」
「はは、耳がいたいよ」
苦笑いを浮かべた先輩はカメラの電源をつけると、フォルダに残る写真を一枚一枚めくり始めた。
景色ばかりの先輩の記録。
「分からないな」
「え?」
「そこまで分かっていながら、どうして俺が好きだと?」
「認めるんだ」
「認めた方が話が進むでしょ」
「誰も好きになれないから付き合いませんって?」
「そういうこと」
「それでもいいって言ったら?」
長い沈黙。
先輩は再度考えるような素振りをした。
今度はちゃんと、イエスかノーかで考えてくれているんじゃないだろうか。
「…話が戻るけど、なんで俺なの?そこまで分かっているくせに」
「ん〜、これも俺の憶測なんですけど…結果今まで誰も好きになれなかったけど、先輩はちゃんと、誰かを好きになりたいって思っているんじゃないかな。好きになりたくて、自分にも嘘をつくように丁寧な好意を演じて。だから別れを切り出されたときは、また好きになれなかったって寂しくて悲しくなってしまうんじゃないんですか?」
別れ際、本音が見えなかった彼の最初で最後の本当の顔。ちゃんとこの人は毎回傷ついていた。
好きだからじゃなくて、好きになれなくて辛かったんだ。
それがたまたま、相手の不安を消化してしまっていたから、今まで誰もこの人の寂しさに気づけなかったのではないだろうか。
「困ったな…そこまで気づかれているとは」
「まあ、最初は何でそんなに頑張るんだろうって思ってただけなんですけど。先輩があまりにも寂しそうだから、報われてほしいって思うようになって…いつの間にか相手が俺だったらって思うようになったというか…ミイラ取りがミイラに…」
「ちょっと、酷くない?」
「あはは、そこまでを含めて、それでもいいって言ったんです。俺からしたら好きになりたくて努力してくれてるってだけで嬉しくなっちゃうので」
「…最終的に好きになれなくても?」
「いいですよ。先輩が誰でもいいって思っているうちは、その相手は俺がいい」
「そっか…」
「その代わり、ちゃんとメリットも用意します!例えば、不安を与えない付き合い方を教えるとか」
「不安を与えない?」
「そうです。言ったでしょ?先輩の付き合い方はサービスすぎるって」
「ははは、言われた。それを君が教えてくれるの?」
「はい!どうです?いい条件でしょ?」
「…そこまで言うのなら、お願いしようかな」
「お願いって…ずるい言い方」
こうして俺は、だいぶ理想の告白とはかけ離れていたけど、二人で会う口実を恋人なることでゲットしたのであった。




