↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
海峡の旗 ―潮と暗礁で帝国艦隊を破る―  作者: 八夜巡


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/28

20_鎖された母港

 アマルタ港の鎖は、外から切れない。


 港口の両側に石造りの塔があり、海底へ沈めた太い鎖を巻き上げる。上がった鎖へ船首をぶつければ、衝角より先に竜骨が折れる。


 塔には帝国兵。鎖の内側には、接収されたアマルタの中型ガレー船五隻。港外には、カシアンがアマルタ封鎖へ分派した主力艦。


 正面から攻めれば、港へ入る前に沈む。


 ダリオはイスカラの会議室で、アマルタ港の略図を睨んでいた。


「ドレカ船なら、鎖を飛び越せないか」


 エンリオが言う。


「船は魚じゃない」


 テッサが返す。


「夜に近づいて、塔へ乗り込む」


「港外の帝国船に背を向けることになる」


 ニコラが損失を書き出した。


「塔を一つ取るまでに、こちらの小型船を何隻失う」


「やる前から値段をつけるな」


「値段をつけずに失えば、次の決戦で船が足りなくなる」


 五都市が揃っても、アマルタの五隻を失ったままでは戦闘艦が足りない。


 外にいる戦闘艦は十一隻。タヴェラ二、ドレカ五、レウカ一、イスカラ三。正面の帝国艦はその倍以上で、さらに港内のアマルタ艦を盾にできる。


 ドレカの五隻目は、塩船を奪還した際に拿捕し、島で櫂と舵を直した帝国沿岸警備船だった。


「イスカラ船は港外で帝国主力を牽制する」


 ニコラが言う。


「牽制だけで交戦は避けたい。参加直後に三隻すべてを失うわけにはいかない」


「ドレカ五隻は裏水路へ入る」


 テッサが続ける。


「五隻全部は通れない」


「人を入れて戻る。鎖が開いたら正面へ回る」


 エンリオはタヴェラ船を救助と輸送へ置くと主張した。港内の家族を乗せる船が必要で、負傷者を戦闘艦へ積めば動きが鈍る。


 レウカ巡回船は、戦闘線の外で双方の漂流者を救う。共同防衛へ参加しても、救難の条件は変えない。


 五都市は、同じ作戦へ出ても役割まで同じではなかった。


 机の端には、アマルタから届いた通告の写しがある。


 逃亡後に新たな名簿へ加えられた補助職人と、逃亡を手伝った者の家族を三日後に出航させる。造船所の資材と工具は帝国軍の管理下。都市艦の乗員は武装解除され、自宅待機。


「三日後を待てない」


 ダリオが言う。


「今夜は早すぎる。港内と連絡が取れていない」


 リヴィアが答える。


「明日の夜までに、中から鎖を動かす者を作る。外から塔を取るんじゃない」


「どうやって入る」


 ダリオは港の正面ではなく、造船所裏へ指を置いた。


「職人家族を逃がした海蝕洞と、荷揚げ用の裏水路だ。引き潮なら小舟が通れる。帝国艦は入れない」


「内側の見張りは」


「港湾労働者が、まだ荷揚げに使っている。完全に塞げば造船所の物資も動かせない」


 テッサが略図を引き寄せた。


「五隻で入れるか」


「一度には無理だ。小舟で人を入れ、鎖を下ろす。開いたら外の船団が入る」


「内側が協力しなければ、入った者だけ捕まる」


「だから連絡を取る」


     *


 その夕方、アマルタの漁船がもう一隻イスカラへ着いた。


 魚籠の底に、ルシオの封印が押された薄い板が隠されている。


 表には、帝国総督へ従い、市民へ抵抗しないよう命じる布告の写し。


 裏には、小さく時刻と場所が刻まれていた。


 造船所の職人が巻き上げ機を止める。港の漁師が帝国兵の火壺と松明を水へ落とす。ルシオ配下の警備兵が、港口西塔の見張りを交代時に制圧する。


 決行は翌日の深夜。


「表では帝国に従うふりをしてる」


 漁船長が言った。


「総督は、ルシオが市民を抑えていると思ってる。港の者へは、同じ時刻に仕事を止めろと伝えてある」


「サビーナは」


 ダリオは尋ねた。


「まだ造船所の倉庫へ拘束されてる。帝国は南航路の水路を聞き出そうとしてる」


「拷問されたのか」


「カシアン提督が禁じた。兵が脅そうとしたら、提督の命令書を見せて追い出したそうだ」


「なぜそこまで知ってる」


「親方が、見張りの前で大声で話すからだ。『南に安全な航路なんてない。ドレカ人は船を担いで岩を歩く』ってな」


 テッサが鼻を鳴らした。


「今度会ったら、本当に担がせる」


 サビーナは知らないふりを続けている。カシアンは拷問を禁じる一方、釈放期限を示していない。彼女を壊さず、戦争が終わるまで利用できないようにする拘束だった。


「親方から、ほかに何か聞いたか」


「『弟子へ、船底の栓を二度見ろと言え』だと」


「それだけ?」


「見張りへは意味が分からなかった」


 ダリオには分かった。サビーナは出航前、危険な計画ほど船そのものの確認を忘れるなと繰り返していた。助けに来るなとも、急げとも言わず、船乗りとしてやるべきことだけを伝えたのだ。


「親方も救出対象に入れる」


 ダリオは決めた。


「移送船の家族が先だ」


 リヴィアが確認する。


「分かってる」


     *


 ダリオはその夜、案内船一隻で海蝕洞へ向かった。


 帝国の哨戒線を避け、崖の影へ入る。洞窟の奥から、引き潮でだけ開く細い流れへ船首を向けた。


 水面すれすれの岩へ帆柱が触れそうになる。帆を畳み、長竿で船を押した。


 途中の岩棚には、帝国兵の手持ち灯が動いていた。裏水路まで見張りを広げたらしい。


 ダリオは長竿を止め、案内船を岩陰へ寄せた。潮が船底を擦り、少しずつ見張りの下へ流していく。帆を上げれば見つかる。櫂を使えば音が響く。


 案内船がわずかに岩から離れた。水路の奥から海へ抜ける細い流れ。正確な幅は見えないが、船を岩から離す力がある。


 測鉛を手で静かに落とす。船底の余裕を確かめ、綱を短く取った。


 見張りの灯が背を向けた瞬間、船員二人が長竿で一度だけ底を押す。案内船は流れへ乗り、音を立てず暗がりを抜けた。


 港内へ出る直前、荷揚げ場の影から小石が二度落ちた。味方の合図だ。三度なら危険。二度なら進め。職人家族を逃がした夜に決めた簡単な合図が、まだ生きていた。


 造船所裏の荷揚げ場へ出ると、灯は消えていた。


 待っていた港湾労働者が、ダリオを古い帆布倉へ案内する。


 中にルシオがいた。


「監視下じゃなかったのか」


「総督は、私が夜まで帳簿を確認していると思っている」


「嘘がうまくなったな」


「七年前から変わらない」


 互いに笑わなかった。


 机には港内の兵配置、鎖塔の交代、移送船の場所が描かれている。


「市民へ蜂起を命じたのか」


「命じてはいない。帝国へ従うか、港を取り戻すかを、職人、漁師、警備兵の集まりごとに選ばせた」


「断った者は」


「家へ戻した。帝国へ知らせる危険はあるが、戦わせるため家族を人質にはできない」


 父を差し出した男の言葉だった。


「どれだけ残った」


「巻き上げ機の職人はほぼ全員。漁船も動く。警備兵は半分だ」


「十分じゃない」


「十分なときは来ない」


 ルシオは七年前と同じ現実を見ている。違うのは、不完全な戦力を一人の指揮官へ押しつけず、自分も中で危険を負うことだった。


「西塔は私の警備兵が取る。東塔は帝国兵が多い。西の巻き上げ機を解放し、造船所側から鎖を緩める」


「鎖が半分下がれば、小型船は入れる。ドレカ船で東塔の裏へ回る」


「帝国側は、港で火を使う」


「漁船に水桶と濡れ帆布を積ませる。戦う者より、火を消す者を多く置け」


「移送船を先に開ければ、帝国指揮官が逃げる」


「逃がせ。家族が先だ」


 ルシオは一瞬だけ黙り、地図の順番を書き換えた。


「帝国指揮官を逃がせば、港外の艦へ戻って反撃を命じる」


「家族を閉じ込めたまま指揮官を追えば、帝国兵が船へ火をつけるかもしれない」


「両方は取れない」


「だから救出を取る。戦うために港を取り戻すんじゃない。人を守るために戦う」


 ルシオは、移送船、鎖塔、造船所、都市艦の順に印をつけた。


「市民側の合図は鐘一度で作業停止、二度で見張り塔制圧、三度で港鎖を下ろす。外の船団と同じ信号灯も用意する」


「帝国兵が鐘を鳴らしたら?」


「巻き上げ機の上へ、アマルタ旗を出す。それが見えなければ、外から入るな」


 突入と中止の条件まで決めた。勢いだけで市民を蜂起させれば、外の船団が遅れたとき全員が処刑される。


「七年前、私は一人を差し出して都市を残した」


「知ってる」


「今度は都市を戦場にして、捕らわれた者を先に救う。失敗すれば、今度こそアマルタが焼ける」


「決めたのはあんただけじゃない」


 ダリオは外から入る船の線を地図へ重ねた。


「五都市が船を出す。俺が入れる。失敗した責任を、一人に押しつけるな」


「お前の父にも、その言葉を言える者がいればよかった」


「父の話で決めるんじゃない。明日の船と人の話だ」


 ルシオはうなずいた。


 二人は同じ作戦書へ署名した。


 ルシオが市内、ダリオが海上。どちらかの遅れで損害が出ても、相手だけの責任にはしない。作戦書の末尾へ、二人の判断として記録する一文を加えた。


 父を差し出した男と、父を救えなかった息子が、初めて同じ危険へ自分の名を置いた。


     *


 夜明け前、ダリオは裏水路から海へ戻った。


 港内では、帝国兵が何も知らず見張りを交代している。鎖は高く上がり、五隻のアマルタ艦が帝国旗の影に並んでいた。


 次の夜、その鎖を内側から下ろす。


 五都市が初めて、同じ時刻に動く作戦だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。