第8話 レベル1と侮られて
次の狩り場を決めるため、俺はサルドの冒険者ギルド支部に足を運んだ。
石造りの、そっけない建物。
中に入ると、依頼票の貼られた掲示板と、酒場を兼ねた広間、そして受付のカウンターが目に入る。
昼間から、装備を帯びた冒険者たちが、思い思いにくつろいでいた。
俺の目当ては、掲示板の脇にある、ダンジョンの資料棚だ。
近隣のダンジョンのランク、出現する魔物、階層数――そういった情報が、閲覧できるようになっている。
前世でいう攻略wikiほど親切ではないが、下調べには十分だ。
「Dランク……初級ダンジョン、っと」
俺は資料をめくりながら、目当ての一つを見つけた。
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赤錆坑道(Dランク・初級)
・打ち捨てられた鉱山跡。多層。
・出現:宝喰いコボルド、岩鉄ゴーレム 他(LV16〜30)
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「宝喰いコボルド、か」
資料によれば、こいつは“盗み”のスキルを持ち、冒険者の持ち物を掠めては逃げる、嫌われ者の魔物らしい。
まるで、どこかの誰かさんみたいだな……なんて、自分で思って苦笑する。
だが、俺にとっては、むしろ好都合だ。
“盗み”も“遁走”も、発動する前に仕留めてしまえば、関係ない。隠密で忍び寄って、先手の一撃。足の速さなんて、出させる前に終わらせればいいだけだ。
それに――こいつらは、レアなドロップを持っているらしい。人並み以上の幸運を持つ俺なら、それを引き当てる目も、十分にありそうだ。
なにより、こいつはレベルが16から30。
永遠にレベル1の俺から見れば、十五から二十九も格上だ。
「②を確かめるには、ちょうどいい」
格上ほどSPが増えるという、あの仮説。
このDランクなら、はっきり答えが出るはずだ。
資料を棚に戻し、さて帰るか――と踵を返した、そのときだった。
「おいおい、見ろよ。こんなガキが資料棚とか、笑わせる」
背後から、絡むような声。
振り返ると、革鎧に身を包んだ冒険者が三人。
いずれも二十歳過ぎ、それなりに場慣れした風の連中だ。
先頭の一人が、にやにやしながら俺に近づいてくる。
「見ない顔だな。新入りか? どうせ、雑魚ダンジョンでちまちま稼いでる口だろ」
「……別に、あんたには関係ないだろ」
「つれないねぇ。ま、いい。ちょっと、鑑定させてもらうぜ」
男が、無遠慮に俺へ視線を向ける。
鑑定のスキルだ。
この世界では、鑑定は決して珍しいスキルではない。
だからこそ、他人にステータスを勝手に覗かれることも、日常茶飯事だった。
もっとも、本人が拒めば、能力値の詳細までは見えない。
――だが。
名前とレベル。
その二つだけは、拒んでも、鑑定の使い手には読まれてしまう。
そして、俺のレベルは。
「……ぶはっ。おい、聞いて驚けよ。こいつのレベル、なんと『1』だ!」
「はぁ? 1ぃ?」
「マジかよ、神授したばっかのド新人じゃねえか!」
「そんなのが、一丁前に格上ダンジョンの資料なんか見てんのか!」
ぎゃはは、と三人が下品に笑う。
「やめとけやめとけ、坊主。レベル1でダンジョンなんざ、死ににいくようなもんだぜ? 悪いこと言わねえから、畑でも耕してな」
「ご忠告どうも」
俺は、努めて平静に受け流す。
正直、こいつらの嘲りは、何ひとつ俺には刺さらない。
なにせ、こいつらの誰よりも、俺は強い。
その気になれば、この三人まとめて、瞬きひとつの間に消し炭にできる。
でも――それを、してはいけない。
俺は、拳を握りしめて、その衝動を抑えた。
笑いたければ笑え。
侮られているうちが、いちばん安全なんだ。
連中が飽きて去っていったあと、俺はひとつ、冷や汗の理由を噛みしめていた。
……危ういな。
問題は、こいつらに笑われたことじゃない。
俺のレベルが『1』だと、鑑定ひとつで、誰にでも、簡単にバレてしまうことだ。
今はまだいい。
“レベル1の無害な新入り”と侮られているうちは、誰も俺を警戒しない。
だが、もし。
このレベル1のまま、格上ダンジョンを次々に踏破していったら?
「レベル1のくせに、ありえない強さの冒険者がいる」――そんな噂が、立ったら?
リゼの言葉が、脳裏をよぎる。
――国や、大きなギルドや、もっと悪いやつらが、絶対に放っておかない。
そのとおりだ。
俺の“レベル1”は、最大の切り札であると同時に、最大の弱点でもある。
「……そろそろ、隠す術が要るな」
幸い、SPは、ボスを倒してからだいぶ余裕がある。
その使い道は、もう決まった。
帰ろうと受付の前を通りかかったとき、俺は、足を止めた。
カウンターに、小さな影が、必死に食い下がっている。
「そこを、なんとかなりませんか。エリクサーを、手に入れる依頼を……お願いします。お金なら、あるだけ、払いますから」
「坊や。何度も言うけどね」
諭すように答えたのは、初老の受付係だった。
「エリクサーの調達なんて依頼、受けられる冒険者は、まずいないのさ。仮にいたって、着手金だけで、坊やの全財産が吹き飛ぶ。……そもそも、金を積んで手に入るものでもないんだよ」
「そ、そんな……」
客は、俺の腰ほどの背丈しかない、小さな子どもだった。
目深に被った帽子と、薄い色のかけ眼鏡で、顔を隠している。
だが、隠しきれていない。
帽子の下から覗く髪は、絹糸のような、淡い金。
肌は抜けるように白く、その横顔は、同じ人間とは思えないほどに、整っている。
男の子、だろうか。
声の高さと、身のこなしからして、まだ十二、三といったところか。
こんな辺境の町では、ちょっと見ないほどの、作り物めいた美しさだった。
「エリクサー、ねぇ……」
俺は、その単語に、思わず眉をひそめる。
エリクサー。
あらゆる傷と病を癒し、失われた身体すら元に戻すという、伝説級の霊薬。
ろくに出回らず、金を積んで手に入るものでもない――と、資料で読んだ覚えがある。
そんなものを求める依頼を、こんな子どもが、たった一人で。
「……ご迷惑を、おかけしました」
深々と頭を下げて、少年は、しょんぼりと肩を落とし、ギルドを出ていく。
その拍子に、俺の脇をすり抜けざま、薄い眼鏡越しに、透けるような蒼の瞳が、ちらりと見えた。
――綺麗だが、どこか、思いつめた目だ。
「…………」
気になった。
が、俺が首を突っ込む話でもない。
冒険者は、自衛が原則だ。見ず知らずの子どもの事情に、いちいち関わっていられない。
……そう、頭では、わかっていた。
わかっていたのだが。
――ただ、ひとつだけ、引っかかったことがある。
少年が出ていくのを、酒場の隅から、舐めるように目で追う、柄の悪い男たちがいた。
革鎧の、下卑た一団。今のやり取りを、しっかり聞いていやがったな。
嫌な予感が、ちらりと胸をかすめる。
だが、それも一瞬のこと。俺は頭を振って、その光景を、意識の外へ追いやった。
その日のうちに消耗品を買い揃えた俺は、人けのない路地に入って、ステータスを開いた。
あの少年のことは、ひとまず、頭の隅に押しやる。
今やるべきは、こっちだ。
「スキル取得――『偽装』」
《スキル「偽装」を取得しました。》
だが、取得しただけでは、LV1。レベルや、固有スキルまでを偽るには、まだ足りない。
ふと、▽の一覧に、目が留まる。取得候補に混じって、いま得たばかりのスキルを“鍛える”――レベルアップの項目が、必要SPを添えて、並んでいた。LV2に上げるのに4、LV3には、さらに16。取るより、鍛えるほうが、ずっと高くつくらしい。
だが、レベルを偽るには、LV3が要る。惜しくはない。俺は、余ったSPを注ぎ込み、そのレベルを、一息に引き上げた。
スキル─────────────────
偽装 LV3
鑑定などで自分のステータスを読まれた際、あらかじめ設定したダミー情報を読ませる。
LV3:能力値に加え、レベル・固有スキルまで偽装できる。
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これで、レベルすら、偽れる。
俺は、ダミーの情報を設定していく。
どこにでもいる、平凡な冒険者。
誰の記憶にも残らない、ありふれた一人。
【偽装用ステータス(対外向け)】────
クロウ
LV 15
HP 145/145
MP 90/90
ATK 130
DEF 120
MAG 60
MND 80
AGI 110
LUK 90
・取得スキル
剣術 風魔法
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「……うん、こんなもんだろ」
レベル15の、平々凡々な前衛剣士。
これなら、誰に鑑定されても、警戒されることはない。
もっとも、鑑定で“剣士”を騙るなら、それらしい得物も、要る。
俺は、道具屋で見繕った、安物の片手剣を、腰に吊るした。抜くつもりも、使うつもりも、さらさらない。ただの飾り――“それっぽく”見せるための、小道具だ。
紙装甲の俺が、まともに剣で斬り合うなんて、冗談じゃない。俺の得物は、あくまで魔法。当てる前に、殺す。それが、俺の戦い方だ。
もちろん、『停滞』も、無数の取得スキルも、そしてSPも――ダミーの奥に、綺麗に隠れている。
もっとも、SPに至っては、そもそも他人には見えない。
この世界で俺以外の誰も知らない力なのだから、隠すも何もないのだけれど。
「これで、準備は整った」
偽りの仮面を一枚被って、俺は路地を出る。
目指すは、Dランク・赤錆坑道。
格上の魔物が、格上のSPが、俺を待っている。
――そして、あの蒼い瞳の少年のことも。
このときの俺は、まだ、知る由もなかった。
あの子どもと、その願いが、俺の“横の道”を、思いがけない方向へ捻じ曲げていくことを。
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次回は【12時】に更新します。
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