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永遠にレベル1の俺だけ、格上補正が消えない〜経験値が全部SPに変わる呪いスキル『停滞』で、上には行けないけど横にはどこまでも強くなる〜  作者: かしおり
第1章「呪いと呼ばれた日」

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第7話 停滞のほんとうの意味

 白い光の渦を抜けると、外はもう夕暮れだった。


 サルドの外れ、崩れかけた石切り場。

 その入口に、見慣れた人影が立っていた。


「――クロウ!」


 銀の胸当てを夕日に染めて、リゼが駆け寄ってくる。


「無事なの!? 怪我は!? 状態異常は!?」


「落ち着けって。ぴんぴんしてる」


 俺の全身をぺたぺたと確かめるリゼの手を、俺は苦笑して押しとどめる。


「もう……。何日も一人で潜りっぱなしで、連絡もないんだから。心配するに決まってるでしょ」


「悪い。夢中になってたんだ」


「夢中って……」


 呆れ半分、安堵半分。

 リゼは、へなへなとその場にしゃがみこんだ。


「……ほんとに、心配したんだからね」


「ああ。ありがとう、リゼ」


 三つ年上の幼馴染は、昔からこうだ。

 俺のことになると、自分のこと以上に、本気で心配してくれる。


 冒険者として、俺のずっと先を行っているくせに。



「で、どうだったの?」


 立ち上がりながら、リゼが聞いてくる。


「踏破した。サルド地下洞。ボスも、一人で倒した」


「……えっ」


 リゼの目が、まんまるになった。


「た、踏破って……あそこ、Fランクとはいえ、ボスもいるんだよ!? 神授から、まだ十日も経ってないのに!?」


「ああ。しかも、いいものも拾った」


 俺は「索敵」に意識を向ける。

 頭の奥に、周囲の気配が地図のように広がった。


「索敵スキル。特殊な条件を満たしたら、報酬でもらえたんだ」


「さ、索敵!? それ、うちのギルドでも、持ってる人ほとんどいないよ!?」


「らしいな」


「らしいな、じゃなくて……はぁ。もう、なんなのクロウ」


 リゼが、額を押さえて天を仰ぐ。


 その仕草が、あんまり大げさなので、俺は思わず笑ってしまった。



 二人並んで、石切り場の縁に腰を下ろす。


 眼下には、夕闇に沈みはじめたサルドの町。

 ぽつぽつと、家々に灯りがともりはじめている。


 しばらく、どちらも黙って、その景色を眺めていた。



 ――上には、行けない。


 ふと、胸の奥で、そんな声がした。


 どれだけ魔物を倒しても、俺のレベルは、1のまま。

 この世界の誰もが目指す、上へ上へと積み上がっていく道は、俺には、永遠に閉ざされている。


 ……ああ、そうか。


 結局、俺は、今世でも。



 ――逃げてばかりの人生だった。



 前世の記憶が、静かに滲んでくる。


 やりたいことから逃げ、向いてない場所に押し込められ、それでも逃げ出す勇気だけはなくて。

 上へ登れと急かされて、登れないと知った瞬間に、崩れ落ちて、逃げ出した。

 何ひとつ成し遂げないまま、擦り切れて、死んだ。


 その記憶は、誰にも言えない。

 リゼにさえ、言うつもりはない。

 これは、俺だけが抱えていく、たった一つの秘密だ。


 二度目の生こそ、上へ行こうと思っていた。

 なのに、俺が女神から授かったのは、よりにもよって、上へは一歩も行けない、『停滞』という名のスキル。


「……皮肉なもんだよな」


 思わず、こぼれた。


「なにが?」


 リゼが、こちらを見る。


「いや。……俺、結局、どこまで行っても、上には行けないんだなって」


 前世のことは、言わない。

 言えるのは、今の、この現実のことだけだ。


「みんなが、レベルを上げて、強くなって、上に登っていく。でも俺は、一生レベル1だ。どれだけあがいても、その列には、並べない」


 自嘲めいた俺の言葉に、リゼはしばらく、黙っていた。


 それから、



「……ねえ、クロウ。私、ずっと考えてたんだ」



 と、静かに口を開いた。


「なにを」


「『停滞』って、名前。……あれ、ほんとに“進めない”って意味なのかな、って」


「どういうことだ」


 リゼは、膝を抱えて、灯りのともる町を見つめながら、言葉を選ぶように続ける。


「川の水はさ、流れてる。上から下へ、どんどん流されて、いつかは海に出て、消えちゃう。……みんなのレベル上げって、それと似てると思うんだ。上へ上へって急かされて、止まったら置いていかれて、いつか擦り切れて、燃え尽きる」


「…………」


 どきりとした。

 まるで、俺の前世を、覗かれたみたいだった。


「でもね。『停滞』は、その流れに、乗らない。流されない。……その場に、留まっていられる」


 リゼが、こちらを向いた。

 夕日を映したその瞳が、まっすぐに俺を射る。


「留まれるってことは、崩れないってことだよ。上に行けない代わりに、クロウは、崩れずに、その場所で、いくらでも積み上げていける。……『停滞』って、“進めない”んじゃなくて、“崩れずに積める”って意味なんじゃないの?」


「……っ」


 言葉が、出なかった。


 留まる。崩れない。積み上げる。


 ――そうだ。

 俺のSPは、レベルの流れに乗らないからこそ、こぼれ落ちずに、丸ごと積み上がっていく。

 俺のスキルは、上に行けないからこそ、際限なく横に広がっていく。


 俺は、進めないんじゃない。


 崩れないんだ。


「前世の俺が聞いたら、鼻で笑っただろうな」


「え?」


「……いや、なんでもない」


 誰にも言えない前世の俺に、そっと、言ってやりたかった。


 ――おまえが逃げ続けたのは、崩れないための、ぎりぎりの踏みとどまりだったのかもしれないぞ、と。


「リゼ」


「なに?」


「ありがとう。……なんか、ふっきれた」


 俺が言うと、リゼは一瞬きょとんとして、それから、くしゃっと笑った。


「役に立てたなら、よかった。……貸し、また増えたね」


「うっ。それは勘弁してくれ」


「ふふっ」



 夜のとばりが、ゆっくりと町を包んでいく。


 俺は立ち上がり、大きく伸びをした。


 サルド地下洞は、踏破した。

 停滞の“うまみ”も、その意味も、少しずつ、見えてきた。


 だが、これは、まだ入口だ。


 ②の仮説――格上ほど、SPが跳ね上がる。

 それを本当に確かめられるのは、もっと格上の魔物がひしめく、次のダンジョン。


「リゼ。俺、次は、Dランクに行く」


「……初級ダンジョン、か。もう、止めても無駄なんだろうな」


「わかってるじゃないか」


「はぁ。……せめて、無茶だけはしないでよ。ほんとに危なくなったら、いつでも呼んで。飛んでくるから」


「ああ。頼りにしてる」


 その言葉に、嘘はなかった。


 一人で歩く横の道は、どこまでも果てしない。

 だが、その道の途中に、こうして待っていてくれるやつがいる。


 それだけで、俺の足取りは、ずいぶんと軽かった。



 ――こうして、俺の“停滞”の一歩目は、静かに踏み出された。


 この先に待つものを、俺は、まだ何も知らない。

これにて【Fランク/赤錆坑道/霧幽谷】編、ひと区切りです。

ここまで読んでくださった皆さま、本当にありがとうございます!


レベル1のまま、クロウの“横の道”はまだまだ広がっていきます。

次からは、より格上の狩り場が待っています。


ここまでの物語を楽しんでいただけたなら、

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