第6話 洞窟の主
石の扉を押し開くと、その奥は、これまでの窮屈な通路とは打って変わって、天井の高いドーム状の広間になっていた。
地下の闘技場、とでもいうような空間。
その中央に、そいつは、うずくまっていた。
巨大な、蜥蜴。
体長は、五、六メートルはあるだろうか。
岩のような鱗に覆われた身体を、ゆっくりと持ち上げ、金色の双眼が俺を捉える。
「でかいな……」
まずは、鑑定だ。
ステータス──────────────────
ロックドレイク
LV 6
────────────────────
ロックドレイク。レベル6。
このサルド地下洞の主だ。
と、そこへ――
《チュートリアル:ダンジョンボスについて。》
《ダンジョンボスは、その階層を統べる守護者です。並の魔物とは比べものにならぬ力を持ちますが、討ち果たせば、桁違いの報酬がもたらされます。》
「……女神の声か」
神授のとき以来だな。
ダンジョンのボスに挑むと、こうして心得を授けてくれるらしい。
桁違いの報酬、か。
……普通の冒険者にとっては、それは経験値だろう。だが、俺にとっては、その経験値が、そっくりそのままSPになる。
しかも――と、俺は、口の端を吊り上げた。
このロックドレイクは、レベル6。
永遠にレベル1の俺から見れば、五つも格上だ。
そして、俺のレベルが上がることは、金輪際ない。
だから、俺にとって、このボスは――いや、この世界に潜む、どんなボスも。
常に、揺るぎない“格上”であり続ける。
格上ということは――もし、俺の睨んだとおり“格上ほどSPが増える”のなら――このボスは、たっぷり上乗せされたSPをくれるということだ。
守護者だなんて、大層な肩書きのわりに。
この仕組みは、まるで、俺のためにあつらえられたようじゃないか。
「もっとも、格上ってことは、油断すれば普通に死ぬってことでもあるけどな」
――ずしんっ。
ロックドレイクが、巨体を揺らして一歩踏み出した。
それだけで、広間全体がびりびりと震える。
次の瞬間、その巨体が、見た目に似合わぬ速さで、こちらへ突進してきた。
「っと!」
膝が抜け、身体が横に流れる。
敏捷回避。
俺のいた場所を、岩の巨体が轟音とともに通り過ぎ、背後の壁に激突した。
ぱらぱらと、天井から小石が降ってくる。
「……当たってたら、即死だったな」
HPをいくら底上げしたとはいえ、あんな質量をまともに食らえば、ひとたまりもない。
だから――当てさせない。
そして、こっちは、当てる前に殺す。
突進を空振りし、体勢を立て直そうとするロックドレイク。
その無防備な横っ腹めがけて、俺は両手をかざした。
MAGを、限界まで注ぎ込む。
「――ウィンドボルト!」
凝縮された風の刃が、唸りを上げて岩鱗を抉る。
ぐぎゃっ、とロックドレイクが咆哮した。
だが、まだ倒れない。さすがはボス、雑魚とは体力が違う。
「なら、もう一発だ」
巨体が振り向く前に、俺は横へ回り込む。
AGI122の脚が、地を滑るように運んでくれる。
「ウィンドボルト! ウィンドボルト!」
二発、三発と、風の刃を叩き込む。
ロックドレイクの尾が薙ぎ払われるが、その軌道は、俺が“避けてしまった”あとの空を裂くだけだ。
岩の鱗が、次々と砕け、抉れていく。
そして――四発目。
「これで、終わりだ」
渾身のウィンドボルトが、ロックドレイクの眉間を撃ち抜いた。
金色の双眼から、光が消える。
巨体がぐらりと傾ぎ、地響きを立てて崩れ落ちた。
その身体が、みるみる砂へと還り、あとには淡い光の粒だけが残される。
光が、俺の中へと吸い込まれた。
《ダンジョンボスを撃破しました。》
《経験値を得られませんでした。》
《SPを32獲得。》
「――32!?」
俺は、思わず声を上げていた。
雑魚一匹で、1から5。
それが、ボス一体で、32。
桁が、違う。
これ一回で、スキルを三十以上、取得できる計算だ。
やはり、ボスは美味しい。
しかも、俺は永遠にレベル1。この世界のどんなボスも、俺にとっては常に格上のままで、その旨味が目減りすることは、決してない。
……これは、思っていた以上かもしれない。
浮かれるな、と自分に言い聞かせながらも、頬の緩みは、どうにも抑えられなかった。
だが、驚くのは、まだ早かった。
俺が撃破の余韻に浸っていると、ふたたび女神の声が響く。
《特殊条件の達成を確認。》
「……特殊条件?」
聞き覚えのない言葉に、俺は眉をひそめる。
目の前に、これまでとは違う、金色に縁取られた板が浮かび上がった。
特殊条件達成──────────────
条件:自分より格上のダンジョンボスを、単独で討伐する。
報酬:スキル「索敵」
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スキル──────────────────
索敵 LV1
周囲に存在するものの気配を、直感的に把握する。
────────────────────
「……なんだ、これは」
特殊な条件を満たすと、報酬がもらえる――?
しかも、その報酬が、「索敵」。
このスキルの名は、宿屋で聞く冒険者たちの噂話でも、耳にしたことがある。
周囲の敵や物の気配を察知する、探索者垂涎の上位スキル。
金を積んでも、そう簡単には手に入らない代物だと聞いていた。
それが、条件ひとつで、ぽんと。
「たった一つでも……破格じゃないか」
試しに“索敵”に意識を向けると、頭の奥に、うっすらとした地図のようなものが広がった。
周囲の空間と、そこに潜む気配が、光の点となって“視える”。
これがあれば、格上の魔物を選んで狩ることも、危険な相手を避けて進むことも、思いのままだ。
――特殊条件、か。
いったい、誰が、何のために、こんな仕組みを用意しているのか。
考え出すと、きりがない。
だが、ひとつだけ、確かなことがある。
この世界には、まだ、俺の知らない“うまみ”が、いくらでも眠っている。
《サルド地下洞を踏破しました。》
女神の声とともに、広間の奥に白い光の渦が現れる。
地上へと帰る、脱出のポータルだ。
初めてのダンジョン踏破。
紙装甲の身で、たった一人で成し遂げた。
――なのに、不思議と感慨よりも先に湧いてくるのは、次への渇望だった。
「Fランクで、これだ」
もっと格上のいる、次のダンジョンなら。
②の仮説――格上ほどSPが跳ね上がるという、あの美味しすぎる話が、本物かどうか。
そして、この稼ぎが、どこまで通用するのか。
確かめずには、いられない。
俺は残ったSPを軽く握りしめるように意識し、白い光の渦へと足を踏み入れた。
次に目指すは――初級、Dランク。
俺の“横の道”は、まだ始まったばかりだ。
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次回は【本日21時】に更新します。
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