第5話 当てる前に殺せ
それから数日、俺はサルド地下洞に通い詰めた。
今度は、一人でだ。
リゼには冒険者としての務めがあるし、なにより――俺の稼ぎは、ソロでなければ成り立たない。
SPは、俺自身が魔物を“倒した”ときにしか入らない。
もしパーティを組んで、リゼが横から魔物を片付けてしまえば、そのぶんのSPは、誰の手にも渡らず消えてしまう。
誰も知らない資源を、独りで拾い集める。
それが、俺の戦い方の大前提だった。
「ま、もともと、群れるのは得意じゃない」
薄暗い通路を、一人きりで進みながら、俺はひとりごちた。
地下洞の浅い層には、マッドラビットやホーンラビットに混じって、ケイブバットやロックリザードといった魔物が現れる。
どれもFランクの雑魚だが、紙装甲の生身なら、油断すれば普通に死ねる相手だ。
だが、今の俺には、戦い方が見えていた。
――当てる前に、殺せ。
通路の奥、闇に紛れて羽ばたくケイブバットに、俺は手をかざす。
MAG116。
風魔法に、たっぷりと魔力を注ぎ込む。
「ウィンドボルト」
凝縮された風の刃が、音もなく闇を裂いた。
ケイブバットは、悲鳴を上げる間もなく、真っ二つになって砂に還る。
一撃。
魔物がこちらに気づき、動き出すよりも早く、殺し切る。
それが理想だ。
もちろん、そううまくいかないこともある。
「――ちっ」
岩陰から、ロックリザードが二匹、同時に飛び出してきた。
一匹はウィンドボルトで即座に消し飛ばす。
だが、もう一匹の噛みつきが、俺の喉元めがけて迫る。
――避けろ。
考えるより先に、身体が横へ流れた。
かくん、と膝が抜け、リザードの牙が、俺の首筋を数センチの差でかすめていく。
幸運回避。
いや、今のは敏捷回避のほうか。
AGI122、LUK118。
この二つが異様に高いおかげで、俺の身体は、勝手に危険を避けてくれる。
狙って避けるんじゃない。
“避けてしまう”んだ。
紙装甲の俺に、女神が残した、たった二つの良心。
それが、被弾ゼロの立ち回りを、辛うじて可能にしている。
「もらった」
体勢を崩したまま、俺は残ったリザードにウィンドボルトを叩き込む。
風の刃が眉間を撃ち抜き、二匹目も砂になって消えた。
《魔物を撃破しました。》
《経験値を得られませんでした。》
《SPを4獲得。》
――当てさせず、当てる前に殺す。
攻撃力ATK4の俺には、殴り合いなんて土台無理な話だ。
でも、殴り合わなければいい。
高いMAGで、一撃で。
高いAGIとLUKで、被弾ゼロで。
偏りきったこのステータスは、この戦い方でこそ、輝く。
狩りを続けるうち、俺はもうひとつ、便利なスキルを取得していた。
《スキル「鑑定」を取得しました。》
スキル──────────────────
鑑定 LV1
対象の名前とレベルを見ることができる。
────────────────────
取得に必要だったSPは、1。
たった1で、この効果。安すぎて、少し怖いくらいだ。
試しに、通路の先にいるホーンラビットに“視線”を向ける。
ステータス──────────────────
ホーンラビット
LV 5
────────────────────
名前とレベルだけ。
鑑定のレベルを上げれば、もっと詳しいことまで見えるようになるらしいが――今は、これで十分だ。
相手のレベルさえ分かれば、どの魔物が“どれだけ格上か”が、ひと目でわかる。
そして、格上であればあるほど――俺のSPは、増える。
このホーンラビットは、レベル5。
永遠にレベル1の俺から見れば、四つも格上だ。
「Fランクじゃ、この程度が精一杯だけどな」
それでも、レベル差の分だけ、マッドラビットより多くのSPをくれる。
――そう。SPは、面白いように貯まっていく。
俺はその溢れるSPを、片っ端からスキルに変えていった。
《スキル「毒耐性」を取得しました。》
《スキル「麻痺耐性」を取得しました。》
《スキル「睡眠耐性」を取得しました。》
《スキル「回避アップ」を取得しました。》
どれも、取得に必要なSPはたったの1。
状態異常への備え。
回避のさらなる底上げ。
普通の冒険者なら、状態異常には高価な装飾品で対処し、回避は生まれ持った素質と装備に頼るしかない。
だが、俺はそれを、スキルで、いくらでも、後付けできる。
しかも――このスキルの一つ一つが、他の誰にも真似できない。
考えてみれば、笑ってしまうような話だ。
この世界の連中は、SPなんてものの存在すら知らない。
女神のステータスにSPの欄が刻まれているのは、この世界でただ一人、俺だけ。
誰も知らず、誰も持たず、誰も使えない資源。
それを、俺だけが、独占して、際限なく積み上げていく。
レベルという梯子を奪われた代わりに、俺は、誰も登ったことのない横の地平を、独りで歩いている。
「……こんな道が、あったんだな」
上を目指すだけが、強さじゃない。
前世の俺は、それを知らなかった。
上へ、上へと急かされて、登れないと分かった瞬間に、逃げ出すことしか、できなかった。
でも、今は違う。
登れないなら、広げればいい。
それだけのことだったんだ。
ステータスを開く。
ステータス──────────────────
クロウ
LV 1
HP 108/108
MP 115/115
ATK 4
DEF 103
MAG 116
MND 115
AGI 122
LUK 118
・固有スキル
停滞 LV1
・取得スキル
風魔法 LV1 魔力強化 LV1 HP強化 LV1 防御力強化 LV1
MP強化 LV1 敏捷強化 LV1 幸運強化 LV1 精神力強化 LV1
鑑定 LV1 毒耐性 LV1 麻痺耐性 LV1 睡眠耐性 LV1
回避アップ LV1
・装備
旅装のマント(DEF+10 AGI+5) 守りのブローチ(石化無効)
SP 23▽
────────────────────
スキルの数は、もう十三。
これだけ取っても、SPはまだ23も残っている。
狩れば狩るほど、この数字は、また膨れ上がっていくのだ。
「……効率が、いいな」
このFランクの雑魚狩りですら、これだ。
もし、本当に“格上ほどSPが増える”のなら。
もっと上のダンジョンに潜れば、この稼ぎは、桁が変わる。
②の仮説を確かめるのが、いよいよ楽しみになってきた。
だが、その前に。
俺は、地下洞のいちばん奥へと足を向けていた。
浅い層はもう狩り尽くした。
このFランクダンジョンを、まずは一度、きちんと踏破しておきたい。
なにより――ダンジョンのボスには、“ある特別な仕組み”があると聞いている。
それが本当なら、永遠にレベル1の俺にとって、とてつもなく都合のいい話になるはずだった。
通路の突き当たり。
薄闇の奥に、重厚な石の扉が、ぬっと姿を現す。
その向こうに、このダンジョンの主が、待っている。
「――さて。試させてもらうか」
俺は静かに息を整え、ボス部屋の扉に手をかけた。
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次回は【本日20時】に更新します。
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