第3話 これに気づいてるのは俺だけ
「ねえクロウ。さっきから、なんで弱い兎ばっかり、わざわざ一人で倒したがるの?」
リゼが、心底不思議そうな顔で聞いてくる。
それもそのはず。
俺はさっきから、通路の奥で見つけたマッドラビットを、律儀に一匹ずつ、自分の魔法だけで狩り続けていた。
「修行だよ、修行」
「ふうん……。まあ、いいけど」
納得のいかない顔のまま、リゼは俺の後ろで見張り役に徹してくれている。
悪いとは思うが、こればっかりは付き合ってもらうしかない。
なにせ、これは――俺の人生を賭けた、検証なのだから。
もっとも、その検証は、ひどく地味で、じれったいものだった。
俺のMPは、たったの15。
貧弱な風魔法では、マッドラビット一匹を仕留めるのに、ウィンドボルトを五発も撃たねばならない。それだけで、MPは、綺麗に空っぽだ。
MPは、時間をかければ、自然に回復する。……が、その戻りは、うんざりするほど遅い。
だから、一匹倒しては、壁に背を預けて、MPが満ちるのを待つ。回復したら、また次の一匹。
その、間の抜けた繰り返しで、俺はもう、この浅い通路で、たっぷりと時間を溶かしていた。
――いい加減、MPそのものを増やす手立ても、考えないとな。
そう思いながら、俺は、回復を終えたばかりのMPを、また、次の獲物に注ぎ込む。
四匹目のマッドラビットに、ウィンドボルトを撃ち込む。
もう慣れたものだ。撃破までの手数も、頭に入っている。
最後の一撃で、泥色の毛玉が砂になって消え、光の粒が俺に吸い込まれた。
《魔物を撃破しました。》
《経験値を得られませんでした。》
《SPを3獲得。》
――また、3。
撃破ごとに、判で押したように同じ文言が響く。
《経験値を得られませんでした。》
《SPを◯獲得。》
例外は、一度もない。
念のため、ステータスを確認する。
ステータス────────────────
クロウ
LV 1
HP 8/8
(略)
SP 15▽
────────────────────
LVは、1。
四匹も倒したのに、ぴくりとも動かない。
これだけ倒せば、普通の新人なら、ひとつやふたつはレベルが上がっているはずだ。
だが、俺のレベルは、1のまま凍りついている。
その代わり――SPは、面白いように積み上がっていた。
「ふ、ふふ……」
「うわ、なにその笑い。気持ち悪いってば」
「気にするな」
気持ち悪いのは自覚してる。
でも、笑いが止まらないんだから、しかたない。
もうひとつ、確かめておきたいことがあった。
通路の分かれ道に、さっきから一匹だけ、他と違う気配の兎がいる。
頭にねじくれた角を生やした、一回り大きいやつ。
「あれ、ホーンラビットだね。マッドラビットよりちょっと強い、Fランクの上のほう」
「ちょうどいい」
俺は角の兎に近づき、ウィンドボルトを叩き込んでいく。
マッドラビットより手数はかかったが、危なげなく撃破。
《魔物を撃破しました。》
《経験値を得られませんでした。》
《SPを5獲得。》
「……5」
マッドラビットが3で、こいつが5。
少しだけ、強い魔物。
少しだけ、多いSP。
偶然じゃない。
この世界の常識でも、強い魔物ほど得られる経験値は多い、とされている。
その経験値がまるごとSPに化けるなら――強い魔物ほど、貰えるSPも多い。
当たり前の話だ。
でも、その“当たり前”が、俺にとっては、とんでもない意味を持つ。
俺は通路の壁際にしゃがみ込み、頭の中を整理する。
リゼには「ちょっと休憩」と言って、少し離れていてもらう。
この数日で分かったことを、順番に並べていく。
────────────────────
固有スキル『停滞』について、分かったこと。
① 魔物を倒しても、経験値は一切入らない。レベルは1で固定される。例外なし。
② その代わり、本来入るはずだった経験値が、まるごとSPに変換される。
強い魔物ほど貰える経験値は多い=強い魔物ほど、貰えるSPも多い。
③ レベルが上がらない以上、HP・DEF・ATKといった基礎の能力値は、生涯このまま。
――紙装甲のまま、一生を終える。
────────────────────
「……③が、致命的なんだよな」
思わず、声に出てしまう。
この世界は、レベルが全てだ。
レベルが上がれば、能力値は勝手に伸びる。強くなる道は、それしかない。
その唯一の道を、俺は永遠に閉ざされている。
HP8。DEF3。
この数字が、死ぬまで動かない。
――普通なら、詰みだ。
“呪いスキル”と嗤われたのも、当然だろう。
この世界の物差しで測れば、俺は生まれた瞬間から敗者ゲームオーバーが確定している。
でも。
この世界の物差しが、唯一のものだとは限らない。
俺には、誰も持っていない、もうひとつの物差しがある。
SP。
そして――前世の、ゲームの知識。
「レベルが縦の成長なら」
俺は、たまった20のSPに意識を向ける。
「これは、横の成長だ」
▽の一覧から、ひとつを選ぶ。
「スキル取得――『魔力強化』」
《スキル「魔力強化」を取得しました。》
《MAGが100上昇しました。》
「……っ!」
その瞬間、身体の奥から、熱い何かが噴き上がってくる感覚があった。
ステータスを開く。
ステータス────────────────
クロウ
LV 1
HP 8/8
MP 15/15
ATK 4
DEF 3
MAG 116
MND 15
AGI 22
LUK 18
・固有スキル
停滞 LV1
・取得スキル
風魔法 LV1
魔力強化 LV1
SP 19▽
────────────────────
MAG、116。
さっきまで16だった数字が、たった1のSPで、7倍だ。
……もっとも、一覧の隅には、取ったスキルを“鍛える”ための項目も並んでいた。必要なSPは、取得とは桁が違う。取るのは安い。育てるのは、高い。――うまい話にも、ちゃんと値札はついているらしい。
LVは、相変わらず1。
HPも、DEFも、1ミリも動いていない。
それでも――魔力だけは、跳ね上がった。
「……試してみるか」
ちょうど通路の奥から、新手のマッドラビットが跳ねてくる。
俺は手をかざし、ウィンドボルトを放った。
風の刃が、ラビットを掠めた瞬間――泥色の毛玉が、爆ぜるように弾け飛んだ。
一撃。
さっきまで五発かかっていた相手を、一撃で。
「は……はははっ」
もう、笑うしかなかった。
「――ちょっ、クロウ!? 今の、見えた!? 一撃だったよ、今の! さっきまで、五発も撃ってたのに!」
少し離れて見張っていたリゼが、目を丸くして、声を張り上げる。
「あ……あー、悪い。すぐ済むから、もう少しだけ、待っててくれ」
俺は、とっさにそう返して、リゼを手で制した。
まだ、言うわけにはいかない。少なくとも、魔物のうろつくこんな場所では。
……だが、この様子だと、もう、そう長くは誤魔化しきれそうにないな。
半信半疑の顔で見つめてくるリゼに背を向け、俺は、逸る思考を、もう一度、頭の中で整理する。
この世界の連中は、レベルを上げて強くなる。
だが、レベルを上げれば、獲得できる経験値の“うまみ”は減っていく。強くなるほど、格上の魔物は減っていくからだ。
でも、俺は違う。
俺は、永遠にレベル1。
この世界のどんな魔物も、俺にとっては、常に“格上”。
だから――倒せば倒すほど、SPが雪崩れ込む。
そのSPで、スキルを、能力値を、いくらでも横に、横に、広げていける。
レベルという天井を失った代わりに、俺は、横に広がる地平を手に入れた。
――これに気づいてるのは、世界で、俺だけなんじゃないか。
そう思い至った瞬間、背筋がぞくりと震えた。
なにせ、SPなんてものは、この世界の誰も知らない。
俺のステータスにしか存在しない、俺だけの成長資源だ。
誰も知らないものを、俺だけが、独り占めにして稼ぎ続ける。
「……いや、待て。落ち着け、俺」
俺は、はやる気持ちに冷や水を浴びせる。
こんな都合のいい話が、そうそう転がっているものか。
前世でも、そうやって舞い上がっては、何度も足をすくわれてきたじゃないか。
やりがいだ、大きな仕事だと煽られて、その気になって、擦り切れて、逃げ出して。
うまい話の裏には、いつだって、それ以上の落とし穴があった。
「……検証が、足りない」
②の「格上ほどSPが増える」は、まだ仮説にすぎない。
このFランクの、どんぐりの背比べみたいな魔物では、差がはっきり出ない。
もっと格上の魔物と戦えば――そのとき、この稼ぎが本物かどうか、はっきりする。
浮かれるのは、それからでも遅くない。
「ねえ、クロウ。……さっきの、一撃。あれ、いったい何なの?」
とうとう我慢しきれなくなったのか、リゼが、真剣な顔で歩み寄ってくる。
「……ああ。それなんだけどな」
俺は、壁から背を離して、立ち上がった。
そして、ちらりと、リゼを見る。
――こいつには、話すべきだろうか。
SPのこと。停滞の、本当の意味。
この秘密は、あまりに大きすぎる。
一人で抱えるには、重すぎるくらいに。
だが、軽々しく明かせるものでもない。
もし他人に知られれば、どんな連中に目をつけられるか、分かったものじゃない。
――誰になら、明かせる。
考えるまでもなかった。
“呪い”と嗤われた俺の隣に、当たり前みたいに立っていてくれた、たった一人。
前世のことだけは明かせないが――このSPの秘密なら、あいつになら、託せる。
「なあ、リゼ」
「ん?」
「ここじゃ、話せない。……帰ったら、ちゃんと、聞いてほしい話があるんだ」
俺の声の真剣さに、リゼは目をまたたかせ、それから、静かにうなずいた。
「……うん。いくらでも聞くよ」
ダンジョンの出口へ向かいながら、俺は、これから明かす秘密の重さを、一歩ごとに噛みしめていた。
お読みいただき、ありがとうございます!
次回は【本日17時】に更新します。
面白いと思っていただけたら、ブックマーク・評価(☆☆☆☆☆)で応援いただけると嬉しいです。




