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永遠にレベル1の俺だけ、格上補正が消えない〜経験値が全部SPに変わる呪いスキル『停滞』で、上には行けないけど横にはどこまでも強くなる〜  作者: かしおり
第2章「盗人と霊薬」

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第11話索敵に映る赤

 赤い光点が、六つ。

 青い光点が、ひとつ。


 六つの赤が、たった一つの青を、逃げ場を塞ぐようにして、じりじりと取り囲んでいる。


 脳裏に浮かんだ「索敵」の地図は、どう見ても、穏やかなものではなかった。

 赤は、敵意。青は、そこで怯えて縮こまっている、無防備な誰か。その配置が語る意味を、読み違えようがない。


 ――関わるな。


 冒険者の鉄則が、頭の中で、けたたましく警鐘を鳴らす。


 ダンジョンの中は、無法地帯だ。

 ここで何が起ころうと、地上の法は、指一本届かない。自衛できなかった者を、わざわざ危険を冒してまで助ける義理なんて、誰にもありはしない。それが、この世界で長く生き延びるための、当たり前の知恵だった。


 ……そう、わかっている。


 わかっているのに。

 俺の足は、「隠密」で気配を殺しながら、その赤い光点のほうへと、勝手に向かっていた。



 じめついた横穴を、足音ひとつ立てずに進む。

 どこかで、天井から染み出した水滴が、ぴちゃり、と冷たい音を落とす。錆びた鉄と、湿った土の匂いが、鼻の奥に、じっとりと絡みついた。


 やがて、少し開けた、採掘場の跡のような空間の――その手前の岩陰に、俺はたどり着く。


 息を殺し、そっと、顔の半分だけを覗かせた。



「――そんな。じゃあ、エリクサーが手に入るっていうのは、嘘だったんですか!?」



 高い、悲鳴のような声が、がらんとした空洞に、わんわんと反響した。


 その中央で、今にも崩れ落ちそうになりながら立っていたのは――やはり、あの少年だった。


 ギルドで見かけた、蒼い瞳の子。


 目深に被っていたはずの帽子は、いつのまにか脱げ落ちている。絹糸のような金の髪が、坑道のわずかな光を弾いて、暗がりの中で、そこだけ切り取ったように輝いていた。


 その、作り物めいた美しさを取り囲んでいるのは、六人の男たち。

 薄汚れた革鎧に、下卑た笑い。腰には、使い込まれた剣。どこにでもいる――けれど、確かに人を害することに慣れた、荒くれ者の冒険者だ。


「嘘じゃねえよ。このダンジョンのボスが、ごくたまーにエリクサーを落とすって“噂”は、な」


 リーダー格らしい、頬に古傷のある男が、少年を見下ろして、にたりと嗤う。


「おまえの依頼、確かに“受けて”やったろ? ……ま、俺たちは“手伝ってやる”とは言ったが、“手に入れてやる”とは、一言も言ってねえよなぁ?」


「で、でも……っ」


「わかんねえガキだな。ぜんぶ、餌だったんだよ。おまえを、こんな奥まで、のこのこ連れてくるための、な」


 ぎゃはは、と男たちが、腹を抱えて笑い合う。その声が、湿った岩壁に、いくえにも反響した。


「そ、そんな……! あなたたちは、冒険者でしょう!? 困っている人を、助けるのが、冒険者じゃないんですか……!」


 声を震わせながら、それでも真っ直ぐに睨みつける少年に、


「はぁ? 誰がそんな綺麗事、言った? 冒険者ってのはな、坊や。儲かりゃ、なんだってやるのさ」


 リーダー格の男が、その必死の訴えを、鼻先で笑い飛ばした。


「しっかし、こいつぁ上玉だな。半エルフだろ、おまえ? その辺の好き者の貴族に売りゃ、いったい、いくらになると思う?」


「顔も、髪も、肌も、極上だ。買い手なんざ、いくらでもつくぜ」


「な……っ」


 少年の顔から、みるみる血の気が引いて、蒼白に染まっていく。


「う、売る、って……そんなこと、できるわけ……!」


「できるさ。なにせ、ここはダンジョンの中だ。人ひとり、煙みてえに消えたって、誰も気にしやしねえ」


「く、訴えます! 絶対に、こんなこと、泣き寝入りなんて――」


「訴える? 誰に? どうやって?」


 男が、心底おかしそうに、肩を揺らした。


「言っとくが、俺たちは、おまえを殺しゃしねえよ。……殺しちまったら、一銭にもならねえからな」


「そうそう。生きたまま、無傷で売るからこそ、金になるってもんだ」


「万が一、傷モノになって売り物にならなきゃ……そうさな。素っ裸で、魔物の巣にでも放り込んでやりゃいい。魔物に食われて死ぬのは、そいつの“自衛”不足って、やつさ」


「ぎゃはは、ちげえねえ!」


 男たちの、悪意でぬらぬらと光る哄笑が、坑道の闇に、べったりと反響した。



 ――なるほど。


 俺は、岩陰で、ゆっくりと息を吐く。


 これは、どう転んでも、他人事だ。


 一度、ギルドで見かけただけの、名前も知らない子ども。

 そのために、暴力に慣れきった六人の冒険者を相手に、この俺が、危険を冒す――常識で考えれば、そんなもの、ありえない選択だった。


 少年は、酷い目に遭うだろう。心も、身体も、めちゃくちゃに踏み躙られて。

 だが、それに、俺までが付き合ってやる義理は、どこにもない。


 このまま、見なかったことにして、そっと引き返せばいい。

 偽装のおかげで、俺の顔も、名前も、本当のレベルも、誰にも知られちゃいない。

 誰にも咎められることなく、俺は、何食わぬ顔で、明日もまた、稼ぎを続けられる。


 ――そう。前世の俺なら、きっと、迷いもせずに、そうしていた。



 嫌なことからは、目を逸らして。

 面倒なことからは、逃げて。

 誰かが泣いていても、見て見ぬふりをして。


 それを、繰り返して、繰り返して。

 結局、何ひとつ守れないまま、誰の記憶にも残らないまま、俺は擦り切れて、死んだ。



「……ああ、くそ」


 俺は、岩陰で、誰にも聞こえないくらいの声で、静かに毒づいた。


 もし、ここで、見て見ぬふりをしたら。


 俺はきっと、この先ずっと。夜、目を閉じるたびに、ふとこの光景を思い出すたびに、自分を責め続けるはめになる。

 あのとき、確かに力があったのに、俺はまた、逃げた――と。


 そうやって、俺はまた、“停滞”する。

 崩れずに、横へ横へと積み上げていく、あのいいほうの停滞じゃない。

 その場から一歩も動けず、ただ後悔に腐っていくだけの、あの薄暗い日々の停滞に、逆戻りだ。


 ――冗談じゃ、ない。


 二度目の生でくらい。逃げない自分で、いさせてくれ。


 俺は、ぐっと、拳を握りしめる。


 それに――こういう、他人を平気で踏み躙って、それでいて何とも思わない手合いが。

 俺は、前世の頃から、心の底から、反吐が出るほど、大嫌いなんだ。



「さあ、お楽しみの時間だ。おい、まずはこのガキを縛れ。喚かれちゃかなわねえ、口も塞いどけ」


「い、いやだ……! 離して、離してくださいっ……!」


 男の一人が、少年の細い腕を無造作に掴んで、ぎりり、と、ねじり上げる。


 骨まで軋みそうな、その力に。

 少年が、堪えきれずに、悲鳴を上げた。



 ――もう、十分だ。


 見るべきものも、聞くべきことも、全部、見て、聞いた。



 俺は「隠密」を解く。

 殺していた気配を、あえて、真正面から解き放つ。


 そして、岩陰から、ゆっくりと、一歩、踏み出した。



「――そこで、何をしてる」



 しん、と静まりかえった坑道に、低く響いた俺の声に。

 六人の男たちが、そして、少年が、弾かれたように、いっせいに振り返った。

お読みいただき、ありがとうございます!

次回は【12時】に更新します。


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