第10話盗人は盗めない
赤錆坑道は、サルドから半日ほど歩いた、寂れた鉱山跡にあった。
朽ちた坑木と、赤茶けた鉄錆の匂い。
その最奥に、見慣れた黒い水鏡――ダンジョンのポータルが浮いている。
偽装は、かけたままだ。
いつ誰に鑑定されても、俺は“レベル15の平凡な剣士”。
この仮面を被っている限り、余計な注目を集めることはない。
「……さて。②の答え合わせといくか」
俺は、ポータルに身を投じた。
中は、坑道をそのまま引き延ばしたような、入り組んだ横穴の連なりだった。
壁の色は、サルド地下洞よりも、明らかに黒ずんでいる。
ダンジョンは、ランクが上がるほど壁が黒くなる。この黒さが、Dランクの証だ。
「索敵」で気配を探ると、ほどなく、二つの反応が引っかかった。
俺は「隠密」で気配を消し、そっと近づく。
横穴の奥にいたのは、二体の魔物。
一体は、ずんぐりとした岩塊のような人型。
もう一体は、みすぼらしい外套を纏まとった、犬の顔の小鬼だ。
まずは、鑑定だ。
前の晩に、鑑定はLV3まで鍛えてある。
これなら、相手の能力も、持っているスキルも、そして落とす品まで、丸見えだ。
ステータス──────────────────
宝喰いコボルド
LV 21
HP 168/168
ATK 120
DEF 110
MAG 60
MND 90
AGI 540
LUK 320
・生得スキル
盗む LV2 遁走 LV1
ドロップ:赤鉄石/魔法の巾着/盗賊の小手
────────────────────
「AGI540に、LUK320……。“盗み”のスキル込みだろうな」
資料の通りだ。
こいつは、その素早さで冒険者に近づき、持ち物を掠め取っては、脇目も振らずに逃げていく。
冒険者から蛇蝎だかつのごとく嫌われる、鼻つまみ者。
だが。
「AGI540に、LUK320、ねぇ」
俺は、思わず口の端を吊り上げた。
正面から張り合えば、俺のAGI122では、こいつの素早さには、まるで追いつけない。持ち物を掠め取られ、まんまと逃げられて、おしまいだ。
――だが。
俺は、正面から張り合うつもりなんて、はなからない。
“盗み”も“遁走”も、発動する前に、こいつが死んでいれば、意味がない。
隠密で気配を殺し、索敵で位置を掴み、気づかれる前に、ゼロ距離から。
積み上げた魔力の、渾身の一撃を、叩き込む。
速さで劣るなら、速さで勝負しなければいいだけの話だ。
「先手さえ取れば――盗人に、仕事をさせる隙は、ない」
そして、もう一体。
ステータス──────────────────
岩鉄ゴーレム
LV 23
HP 980/980
ATK 410
DEF 620
MAG 0
AGI 60
LUK 80
・生得スキル
硬質化 LV1
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硬くて、鈍い。
HPもDEFも高いが、その代わり、動きは鈍重そのもの。
俺の敏捷なら、その攻撃を避けるのは、造作もない。
「じゃ、いただくとするか」
まずは、足の速いコボルドから。
こいつを先に片付けないと、面倒だ。
俺は「隠密」を保ったまま、限界までMAGを練り上げ――
「ウィンドボルト」
放たれた風の刃が、こちらに気づく間もなく、コボルドを両断した。
ぎゃっ、という短い断末魔。
小鬼の身体が砂に還り、赤く光る石の粒が、俺の中へと吸い込まれる。
《魔物を撃破しました。》
《経験値を得られませんでした。》
《SPを18獲得。》
「――18!」
思わず、声が漏れた。
サルドの雑魚どもは、一匹で3から5。
このコボルド一体で、18。
跳ね上がった、なんてもんじゃない。
「……やっぱり、そうだ」
鑑定でわかっていた。
このコボルドは、レベル21。
永遠にレベル1の俺から見れば、レベル差はちょうど20。
格上ほど、獲得できる経験値――俺にとってのSPは、増える。
その倍率が、レベル差10ごとに、一段ずつ上がっていく。
レベル差1から9で、およそ1.5倍。
10から19で、2倍。
そして、20から29で――3倍。
「Fランクの兎とは、桁が違うわけだ」
②の仮説は、確信に変わった。
俺が格上と戦えば戦うほど、SPは、雪崩れるように積み上がる。
しかも、俺は永遠にレベル1だから、この“格上補正”が、途切れることは、絶対にない。
感慨に浸る俺めがけて、岩鉄ゴーレムが、地響きを立てて拳を振り下ろす。
「おっと」
膝が抜け、身体が横へ流れる。
ゴーレムの拳が、俺のいた場所の岩盤を、粉々に打ち砕いた。
「悪いが、あんたも硬いだけだ」
俺は回り込みながら、風の刃を叩き込んでいく。
DEF620の装甲は、なるほど硬い。
一撃では、砕けない。
だが、当たらない相手を、硬いだけの的が、どうやって倒すというのか。
「ウィンドボルト、ウィンドボルト、ウィンドボルト――」
四発、五発と撃ち込み、ゴーレムの装甲を削りきる。
やがて、岩の巨体が、耐えかねたように砕け散った。
《魔物を撃破しました。》
《経験値を得られませんでした。》
《SPを20獲得。》
「ゴーレムは、20か」
硬いぶん、経験値も高い。
手数はかかるが、SPの実入りは悪くない。
残されたドロップに、俺は目を落とす。
コボルドが落としたのは――
アイテム──────────────────
盗賊の小手
AGI+20 “盗む”の成功率が上がる。
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「……おいおい」
資料によれば、これはコボルドのドロップの中でも、いちばん出にくい代物のはずだ。
なのに、初めての一体で、ぽろりと。
思い当たる理由は、ひとつしかない。
――俺の、LUKだ。
素の値に幸運強化を積んで、118。数字だけなら地味に見えるが、そこらの駆け出し冒険者と比べれば、ずっと高い。
幸運の値が高いほど、ドロップの質も量も上がる。今のは、その恩恵に、ちょっとした運が乗ったんだろう。
盗みのプロであるコボルドから、盗まれるどころか、その虎の子まで、こっちが頂いていく。
「盗人が、盗めない。……どころか、身ぐるみ剥がれてやがる」
なんとも間の抜けた話に、俺は一人、坑道の中で吹き出してしまった。
その後も、俺は坑道を進みながら、次々と魔物を狩っていった。
コボルドを狩り、ゴーレムを砕き、SPは面白いように積み上がる。
もう、経験値のために、わざわざ敵を残す必要もない。
目に映る魔物を、片端から、すべて倒せばいい。
倒したぶんだけ、まるごとSPになって、俺の懐に転がり込んでくる。
溢れたSPは、その場で、片端からスキルに変えた。
《スキル「火魔法」を取得しました。》
《スキル「雷魔法」を取得しました。》
《スキル「氷魔法」を取得しました。》
《スキル「水魔法」を取得しました。》
風だけだった手札に、火、雷、氷、水。
属性が増えれば、弱点を突ける相手も増える。
“横の道”は、歩くほどに、どこまでも広がっていく。
ふと、前世のことを思い出す。
上へ、上へと急かされて、ひとつの梯子にしがみつくことしか、許されなかったあの頃。
登れなければ、それで終わり。積み上げてきたものは、崩れて、消えた。
でも、今は違う。
一本の梯子が折れても、俺には、無数の横道がある。
ひとつが駄目でも、別の道を、また広げていける。
「……悪くない生き方だ」
誰にともなく、俺はつぶやいた。
坑道の壁が、また一段、黒ずんでくる。
下の階層へ続く、ポータルが近いのだろう。
この調子で、奥へ。
――と、そのときだった。
ふいに、「索敵」の端に、これまでとは違う気配が、引っかかった。
魔物では、ない。
「……人間、か?」
しかも、一つではない。
いくつもの赤い光点が、たった一つの、青い光点を、取り囲むようにして。
その配置に、俺は、なぜだか、嫌な予感を覚えた。
お読みいただき、ありがとうございます!
次回は【明日12時】に更新します。
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