2、王女でも俺の好みじゃないからどう扱ってもいいだろう?俺は王になる高貴な血筋なのだから。
「よくもまぁ顔を出せましたな。兄上」
シャシャリデールとの結婚式の日取りや参列者を招待する披露宴の規模やウエディングドレスの話を母上達と話しながら会場に入るといつもの明るさはなく剣呑とした空気が広がっていた。
それにまず驚愕した。貴族は体裁を大切にする。たとえ自国で戦争が起こっていても社交界では無粋なものは見せないようにするのがマナーだった。
一体何が起こっている?と見回すが誰も寄ってこない。それは以前からそうでありシンプリントに侍る令嬢らも呼び立てなければ姿を現さない弁えた者達だった。
心無しか睨まれているような気がして目を合わせないように前を向く。睨み返してもいいが大公家はその地位の高さからやっかみもあるのだ。下々の無粋な態度など無視すればいいだろう。
周りの不穏な空気にシャシャリデールが不安そうな顔で俺にしがみついてきた。
そして最初の挨拶で国王の前へ立つとあからさまに不機嫌な顔で睨まれ目を瞠る。
そこで聞かされた言葉は寝耳に水の話だった。
北の最果てにいる亜人共が徒党を組みこの国に攻めてきたというのだ。しかし奴らとは不可侵条約があったはず。
は?攻めてきたのはその亜人族ではない?いやその亜人族もいるが発起したのは別の種族?亜人は亜人ではないのか??
「あちらはここ数年冷害と内戦でかなり逼迫した状況なのだそうだ。その援助要請を一番近いホジャマカルタ大公家にも送ったと聞いた。だがこちらにその奏上は来てない」
どう処理をしていたんだと睨まれた父上は青白い顔でしどろもどろと答えた。
「え、いや、だって内戦も冷害も他国の話じゃないか。自国のことくらい自分達でどうにかするべきだろう?」
「だとしても私に話を通しておくべきでした。相手の猫族は格下ではあるが先々代のココアンヌ王妃が可愛がられておられたミルキーユ様とカフィルビスタ国王の仲を取り持った功績があります。
それがあったお陰で先王が生まれ、我々に繋がったと言っても過言ではありません。
援助を求めてきたならばそれ相応の態度を示さなくてはならなかった。しかも猫族は個人ではなく部族として公式に要請を出している。
ならば我々も国として対応しなければならなかったのです。そう王太子教育で習ったはずですよ」
「うぐ…」
叔父上も容赦がない。王太子教育の話は父上が一番嫌がる話題なのに。叔父上は父上から王位を奪ったという自覚はないのだろうか。
叔父上がどうしても王位が欲しいと我儘を言ったから国王になれたというのに。
父上が優しいから今の地位にいれるが、息子の俺が王位につきたいとひと度言えば全てがひっくり返るということを理解していないのだろうか?
――はぁ。仕方がない。ここは俺が大人になって二人を仲裁してやろう。
「叔父上。そんな話はもうよいではないですか。貴族のパーティーに無粋な話は似合いません。そんなことよりも見てください!この美しく可憐な令嬢を!とうとう私は運命の出逢いをしたのです!どうか祝ってください!!」
「………お前は何を言っている?」
二人の重々しい空気を払拭しようと明るく切り出したのに国王にばっさり切られた。
「運命の出逢い?お前はもう結婚しているのだが?しかも友好国であるルエッタルト王国の王女との婚姻だ。貴族ならば政略結婚の意味くらい理解しているだろう?」
「え。ですが私は運命の出逢いを…」
「他国の王女との婚姻となれば契約の重さも規模も段違いとなる。それを理解せずこのような公の場にたかが子爵令嬢を運命の相手などと宣い連れてくるなど常軌を逸しているぞ」
お前は反逆罪に問われたいのか?と言われ絶句した。え?なぜ??俺はただ運命の相手と結婚し両親のように幸せに暮らしたかっただけなのに。
呆然とする俺達に叔父上は続けた。
ホジャマカルタ大公家が要請を無視したことで難民が国内に流れ込み他の領地が荒らされているらしい。それは大変だろうが自治領なのだから自分達でどうにかしてもらうしかない。
「難民の中に敵連合の兵が潜んでいて侵攻を許してしまっている。以前の彼らではやらなかった手法だ。そのためこちらの被害が甚大になっている」
ということは誰かが余計な知恵を与えているということか?
「何を他人事のような顔をしている。お前の妻であるリリエンヌ夫人は敵連合の人質にされたのだぞ」
「はぁ。そうですか」
そういえばそんな名前だったか。
気のない返事をしてそれが失言だったと叔父上に睨まれてから気づく。
「バカだバカだと思っていたがここまで愚かだったとは…」
はぁ、と嘆息を吐いた叔父上が手で顔を覆った。
代わって宰相が話してくれたがこちらも初耳のものばかりだった。現在亜人連合は国境を破った後難民を追いかけるように次々と領地を制圧しているらしい。
領地にいた貴族は人質となるか財産をすべて奪われるかしているようだ。あの女は前者の人質となったと。まぁ金になるものを何ひとつ持たせず追いやったのだからそうなるだろう。その命も価値はないが。
侵略されたのはまだ六分の一程度だが難民はそれ以上に入り込んでいて諍いを起こしているそうだ。
ならばそんな報告が来ていない我が大公領地は無事なのだなと胸を張った。管理しているのは代官だがそれらを治めているのは我家だ。
「何を言っているのですか。夫人が人質に捕らわれたのですから当然屋敷も制圧されています。
また体裁合わせにホジャマカルタ領としていますが実際は王家管轄領です。先王と王后がせめて体裁だけでも整えてやりたいと仰るから名ばかりでも領主を名乗れただけです。
実際、成人してから久しいシンプリント殿も領地経営を学んだことは一度もないでしょう?」
「えっ、あ……それは代官がやってくれるから…」
「それでも学ぶのが通例です。代官の報告を読み采配するのが領主なのですから」
王子教育、王太子教育でもそのように学んだはずです、と宰相に睨まれたが父上は真っ青な顔のまま床を見つめていた。
「ザベルバートン元王子殿下が王太子時代に管轄していた領地がありましたがそちらは不当な婚約破棄をした際の慰謝料として接収され現在は公国の領地となっています。
ホジャマカルタ大公家が実際に治めているのは元要塞のティメンタとカントリーハウスとして利用している御屋敷のみです」
「は???」
元要塞がちゃんと機能していれば夫人を守ることもそこを防衛線として対応することも可能だったのですがね、と苦々しく愚痴を零す宰相に頭がついていけなかった。
「兄上、そんな大事なことをシンプリントに教えていなかったのですか?
あなたが婚約破棄した相手はこの国でもっとも大きな公爵家だったのですよ?あなたの資産すべてを差し出しても足りないほどの相手だったのです。
先方がどちらが有責かはっきりと明言し婚約を白紙に戻してくれるならこちらからは追及しないと約束してくださったから今も我々は存続できるのです。そうでなければ内戦が起こり我々は全員処刑されていましたよ」
「「え…???」」
公爵家って…あの隣の公国が?地図で見る我が国は変な形をしているなと思っていたがまさかそういうことなのか?と父上を見ると赤くなったり青くなったりしているが汗が滝のように流れていた。
「いや、だがあれはあの女狐が悪」
「はぁ。この話はもうやめましょう。ここで蒸し返しても兄上の失言で罪が増えるだけです。今は目の前のことをどうにかするのが先決だ」
叔父上が国王の顔に戻ると説明の続きがなされた。ホジャマカルタ領…改め王領は敵国に既に制圧されカントリーハウスも焼き払われた後らしい。
結婚を機に王都のタウンハウスで過ごしていたのでそんなことになってるなど知らなかった。あそこは生まれた場所であり王族に相応しいものが揃っていた豪奢な居城だった。
そんな歴史的文化遺産を焼き払うなんて野蛮な奴らだ。そう考えると亜人共に怒りを覚え今すぐ挙兵をし奴らを駆逐すべきだと進言した。
「…はぁ。もうしているしどの家もその対応に追われている。何もしていないのは…いや何も知らないのはお前達だけだ」
今回のパーティーは慰労と情報交換会として集まっていた。ダンス用に空けられているスペースはなく話しやすい椅子やテーブルが置かれ、食事も軽食のみで酒も最低限しか置かれていない。
もっと言えばこれでもかと着飾っているのはホジャマカルタ大公家とシャシャリデール子爵令嬢、そして主催の王家くらいだった。
後は地味に見えるくらい最低限に着飾った礼装で、よくよく周りを見ればいつも夫婦で参加している家の殆どが夫人を連れていなかった。
また王家もホジャマカルタ家に比べたら質素な装いだということを今気づいた。
「先程も言ったがリリエンヌ・ホジャマカルタ夫人が連合に拉致された。
解放するには国を傾けるほどの法外な身代金を支払うか、難民を受け入れた上で国庫を食い潰すほどの食糧を差し出すことが条件だ。どちらも国の致命傷となる条件なのは間違いない」
「な、ならばアレの祖国に身代金を支払わせればいいのでは?腐っても王女なのですから、アレの不手際で拉致されたと言えば快く支払う」
「バカか。たとえ寵愛された王女でも輿入れすれば婚家の人間だ。不手際と言うなら成婚してまだ一年も経っていないのに亜人の侵入を許し、リリエンヌ夫人を拉致された我々のほうが責められるだろう。
…それに、あちらに交渉したところで身代金など払ってはくれぬ。むしろ大恥をかくだけだ」
本当にお前はバカだな。と蔑む叔父上に憤った。なぜ俺が蔑まれなければならないんだ?!
しかし叔父上は俺の憤りを諭すことも謝罪することもなく、ある子爵を呼びたした。シャシャリデールの反応を見るに父親なのだろう。
「そなたらは随分な野心家だな。王家が用意した駒鳥を押し退け娘を王家の恥でしかない大公家の一粒種にあてがうとはな。アレに侍る者達が下位だから夢を見たのだろうが残念だったな。彼女達は王家が雇った役者だ」
先王と王后が儚くなるまで生かしておくだけの、なんの利用価値もないお荷物だと叔父上が宣った。
「呪われた王女の処遇に困っていると言うから同じお荷物で扱いに困っていたシンプリントを充てがっただけで、王族に戻すこともましてや王位を継がせるつもりもなかったというのに…」
王位を継ぐのは青い血が流れている私の子供達だけだ。と言われ頭は沸騰しそうなのに寒いと思った。
しかも父上は廃嫡と同時に断種され、母上も俺を生んでから処置されたと聞き絶句した。そして俺も精通が確認されたと同時に処置されたらしい。
そんな、嘘だろう?
俺は次期国王として期待されていたのではなかったのか?だから友好国の王女と結婚させたんじゃ…。それがあの女と同じ扱いたったなんて。
「大公位を与えられたことで禊は終わり許されたと思ったのだろうが、兄上が宣言した婚約破棄とその結果は二十五年経った今も根深く禍根を残している。そして私に忠誠を誓った臣下ならば大公家を警戒しても自ら近づくことはない」
「仰るとおりでございます」
真っ白い顔で汗を垂れ流した子爵は深々と頭を下げ爵位を返上し全資産を王家に献上すると宣言した。子爵家は商会を持ち海運業や運送業にも手を出すほど繁盛していたらしい。
その代わり娘の命だけは助けてほしいと願い出た。シャシャリデールはカタカタ震え顔色が青から白になっていた。
「それは監査してからだ。だが価値あるものだとわかれば悪いようにはしないと約束しよう」
「感謝いたします。この度は大変申し訳ございませんでした」
子爵を見て頷くと叔父上がこちらを向いた。
「シンプリント。お前は自分が両親に愛され周りにも望まれて生まれた祝福を受けた子供だと思っているようだがそうではない。
お前のせいで、お前を孕んだ愛人のせいで王家はどこの国よりも弱い立場に追いやられた。お前さえいなければわざわざ呪われた疵物の王女を引き取る必要もなかった」
「は、母上は立派な大公夫人です!父上もそう言っていましたし誰も違うなどと言わなかった!」
「男爵令嬢では家格が合わぬしその者は既に平民だ。王族と平民の結婚は許されない。
嫁いできた友好国の王女であるリリエンヌ夫人を放置しむざむざ人質にされたということは情勢も国交も理解せず、家政もやっていなかったということだ。大公夫人と名乗るならそれくらいできて当然だと知れ」
「あっ…うぅ…」
「先王は婚姻が罰だと仰り許したが王族として正式な挙式は挙げさせていない。だから愛人止まりなのだ。お前が肚にいなければ婚姻すらさせてもらえなかっただろう」
「そんな…そんな!私は、私はただ…」
ただ王族でありながら叔父上のスペアに成り下がった優しい父上の代わりに正統な後継者である俺が王位を継ぐのが正しい姿であると、それこそが国のためだとそう思っていただけで。
それがどんなに愚かで浅ましくふざけた考えだったか理解せずにいた。
「ザベルバートン・ホジャマカルタ、並びにシンプリント・ホジャマカルタ。お前達はこのまま王都内の屋敷に戻り謹慎を命ずる。
追って管財人を送る。家や今まで仕立てた服や貴金属、スプーン一本に至るまですべてを査定しその全額を人質解放に充てることを命ずる」
「そ、そんな……!」
「リリエンヌ夫人との結婚がなければ兄上とそこの毒婦は領地に封じられ生涯王都への出入りを禁じられていたのだ。
疵物でもリリエンヌ夫人はルエッタルト王国の元王女。我が息子とルエッタルト王国の第十王女の婚姻が成されるまでは外交官としての役割もあるためお前達夫婦の出入りは許した。
だと言うのにリリエンヌ夫人は領地から出たくないと我儘を言うから代わりに来たなどとお前達は勝手にタウンハウスを借り入れその費用を王后に支払わせた。
何度リリエンヌ夫人を伴い夜会に来るよう要請を出しても伴ってくるのは出入りを禁じたはずのお前の両親だけ。
パーティーに出れば品位を損ねる行動ばかりで醜聞しか撒き散らさない。リリエンヌ夫人を慮ることもなければアレと罵り貶すことしか言わなかった。その上での人質だ。
どうせろくに会いにも行かなかったのだろう?為人も知らないくせに悪口だけは垂れ流す。紳士にあるまじき下衆さよ。
妻の命がかかっているのだ。夫であるお前がすべてを投げ売り助けるのが筋というものだろう」
彼女を見捨てたとなればお前は人ではなく鬼畜だと謗りを受けることになるだろうな。と睨まれ震えた。
「だ、だがそうなったら私達の生活はどうなる?!住む家は?カントリーハウスには父上から賜った家宝や母上から頂いた貴金属、それに家族の思い出があったんだぞ?!」
「そうです叔父上!アレは所詮血の繋がらない他人です!夫である私のために尽くすこともできない無能なのです!
そんな者のために民の血税を、私達の金を与えるなどそれこそ常軌を逸しています!私達は血の繋がった親族ではないですか!なぜそこまで辛辣なことを言うのですか?」
「……やはり兄上がお持ちでしたか」
低く唸るような声に俺と父上がピタリと口を閉じる。先王から賜った家宝は王家にとっても家宝であり、王后から頂いた貴金属は代々王妃のみが身につけることを許されるというアクセサリー一式だった。
あなたに相応しい伴侶が現れたらこれを渡しなさいと王后がシンプリントに言っていたことを今まさに思い出した。
やはりお祖母様は俺を次の国王に推してくれていたのだと知り感動したがその涙は叔父上の言葉と共に引っ込んだ。
「ザベルバートンとそこの愛人セビルリタを捕らえ地下牢に入れろ。彼らは王家の家宝を強奪した重罪犯だ」
ホジャマカルタ大公夫妻もお花畑ですが先王夫妻もお花畑です。というか長男至上主義。先々代はお猫様主義。




