19.犯行理由
翌日、つくば東署の取調室で鹿子木は上津屋の前に座ったが、数分間、黙って考えている状態のままであった。上津屋は次第に焦りを感じているような表情になった。
「刑事さん、どうしたんですか、黙ったままで」
「うーん、そうだな。証拠を示すことから始めるとするか。先ずは、TPホテルの予約から始めようかな。七月十三日にあんたはTPホテルに電話を掛け、『303号室の反対側の部屋の隣かその隣の部屋に宿泊したい』と言ったそうだね」
鹿子木がニヤッとしながら上津屋の顔を見ると、上津屋が相当驚いている様子が見て取れた。
「それで、恐らく事件のあった七月十四日の午後までは314号室に滞在していたんだよね。ホテルのチェックアウト時刻を考えると、予約は翌朝まで取っておいたんだろうけど。そして、七月十四日の午後、ロビーで待機していて、桜井から預かったケーキを空見がフロントに届けるのを確認した後、フロントの担当者が替わるのを待ってフロントに行って、『303号室の客の同行者ですけど、ケーキが届くことになっているんですが、もう届いていますか?』と申し出て、ケーキを受け取ったんだよね!」
上津屋は下を向いたままになった。鹿子木は追い打ちを掛けた。
「受け取ったケーキの箱を持って自分の部屋に入り、トッピングされていたブルーベリーの果実をドクウツギの果実とすり替えた。そして部屋のドアを少し開けたままにしておき、外の様子を窺いながらじっと待った。廊下を歩いてきた従業員を呼び止め、ケーキの箱を下狛の部屋に届けるように頼んだ。自分は急用ができて渡す時間がなくなったと理由を付けて。認めてくれるかな? それとももっともっと証拠を示さないとその気になれないのかな?」
上津屋は下を向いたまま固まってしまっていた。
「仕方がない。更に証拠を示すことにしようかね。あんたの部屋の天井裏からポリ袋が見つかってね。その中に面白いものが入っていたんだよ。何かの果実の腐ったようなものが入った紙袋だったんだがね。その紙袋からはあんたの指紋が検出されたんだよ。それもドクウツギの果実の成分が付着した状態でね……」
上津屋が顔を上げた。今度は鹿子木が黙った。数分間の沈黙の後、ようやく上津屋が口を開いた。
「分かりました。刑事さんの手には事件に関わる重要な証拠が全てあるんですよね。全部お話します」
鹿子木は自分の安堵した気持ちが顔に表れないようにして、手で話を進めるよう合図した。
「下狛にケーキを渡したところまでは刑事さんがおっしゃった通りです。それから随分と時間が経ったような気がして、俺の計画は上手くいかなかったのかなと心配になってきた時、急に外が騒がしくなったのです。多分、四時半過ぎのことだったと思います。ホテル従業員が慌ててやってきて303号室の前で大きな声で呼んでいました。何の応答もなかったのですが、別の従業員の応援を頼んでいたようで、直ぐに男が駆け付けてきました。その後、ドアを開け、中に入っていったようでした。中で大きな声を出して下狛に呼び掛けていましたが、返事は全く聞こえませんでした。泊り客で早めにチェックインしていた人やリネンの従業員などが集まってきて騒ぎを見守り始めました。俺は騒ぎに乗じて303号室の中に入り、下狛が食べ残したドクウツギの果実を元のブルーベリーの果実とすり替えたのです。回収した果実は、最初にすり替えた時に余った『ドクウツギ』の果実と回収したブルーベリーを入れておいた紙袋に戻して自分の部屋に持ち帰りました。アパートに帰ってから直ぐに捨てておけばよかったのですが、いい加減な所に捨てると足が付くと思って、取り敢えずポリ袋に入れて天井裏に隠しておきました」
「それがこの間警察が行なった家宅捜索で天井裏から発見した紙袋だったんだね?」
「はい、その通りです」
「でも、警察があんたの部屋の捜索をしたのは事件からだいぶ日にちが経ってからだったんだが、何故いつまでもあそこに残っていたんだね?」
「それはですね……、中毒から完全に回復した下狛が俺を疑い出したみたいで、あの女の新しい男が俺の行動をずっと見張っているような気がしたもんですから、思うように動けなかったんですよ。見知らぬ男を見かけると、もしかしたら下狛の回し者かもしれないと思って、捨てるに捨てられなかったんです」
「そうだったんだ。それで?」
「俺にはもう一つ片付けておかなければならないことがあったんです」
「ハンバーガーショップに取り付けておいた盗聴マイクのことだね?」
「はい、そうです。俺が逮捕された日の少し前くらいから下狛による俺の監視の目が緩んだように感じられたんです。何故緩んだのかはちょっと分からなかったんですけど」
「下狛の監視の目が緩んだのは、警察が本腰を入れて下狛の行方を追い掛けていることにあの女が気付いたからだと思うよ」
「ああ、そういうことか……。それで、俺はマイクを回収するチャンスだと思って、あのハンバーガーショップに行ったんです」
「盗聴マイクはいつあのショップに取り付けたんだね?」
「下狛が狙いを付けた桜井という男がその気になってきたようだったので、進行具合を知りたかったんです。それで、下狛に気付かれないようにして、あのショップに行くようにしていたんですけど、二人のやり取りまではなかなか掴むことができなかったんです。それで、あのハンバーガーショップが暇そうな時間帯に行って、桜井がいつも座っているテーブルに座ったんです。他人の目がほとんどなくなるのを待って、マイクをテーブルの下の分かり難い所に取り付けました」
「それで、桜井がいつどんなケーキを作って下狛にどこで渡すかまで把握できたという訳だな?」
「はい、その通りです。ただ、ホテルのフロントに来たのが桜井本人ではなくて空見が来たのは把握できていなかったので、ちょっと驚きましたが、予定通りに動いてケーキが入った箱を手に入れたんです」
「なるほど、それでストーリーは一応繋がったことになった訳なんだが、私にはまだ理解できていないことがあるんだよ。どうしてあんたは下狛にドクウツギの果実が入ったケーキを食べさせようとしたんだね? あんたと下狛との繋がり方は尋常ではない程強いものだと思っていたんだがね」
「確かに以前は刑事さんのおっしゃる通りだったんですよ。昔、俺一人でやっていた頃は時々ドジを踏んでいましたんで、警察のお世話になっていたんです。でも、下狛と組むようになってからは、下狛の言う通りにしていれば仕事が上手くいくし、証拠も残らないので警察のお世話にもならずに済んでいたんです。ただ、最近、『下狛は俺のことを邪魔だと思っているんじゃないか』っていう気がしてきたんですよ。今回の桜井をカモにする件の前にも、私には何も話してはくれずに自分一人で詐欺を働こうとしていたんです。それで、下狛にちょっと文句を言ったんです」
「下狛は何て答えたんだね?」
「別に俺のことを邪魔にしていた訳じゃなくて、『その時の件は簡単に成功しそうだから自分一人でも十分できると思ったんだ』って言ったんです。『次にやる時は必ず声を掛ける』って約束したのに、今回も一人で動いているのを見て、『このままじゃいかん』と思ったんです。それに、今回は『俺以外の別の男が下狛の協力者になっているに違いない』っていう嫌な予感がしたんですよ」
「どういうことだね?」
「最近、下狛の周りに結婚詐欺の被害者が何人か纏わりつくようになったんです。それで、俺が下狛に『ちょっと脅して追い払おうか?』って訊いたら、『余計なことをするんじゃないよ』って言われてしまったんです。それで、やっぱり『俺以外の男が協力しているのかもしれない』って思ったんです」
「それじゃ、何故桜井に話しかけ、自分もあの女に惹かれている、なんて言ったのかね?」
「あの頃はまだそれほど下狛のことを疑っていなかったんですよ。頑張ればまた元のような関係に戻れるかもしれないと思っていたんで、下狛の手助けになればと思って動いていたんです」
「なるほど、そうだったんだ。それでしばらくすると、あんたは必要なしになってしまうかもしれない状況に陥ってしまったというわけだ。それで、自分が外されたことを恨んで、下狛に毒を盛ろうと思ったのかね?」
「もし、下狛が他の男と組んで仕事をし始めていたら、きっと俺は邪魔者扱いされ、その男に酷い目に遭わされるだろうと思ったんですよ。下手をすれば殺されるかもしれないじゃないですか」
「そんなものかね。それで、あんたは下狛のことを殺そうと考えて『ドクウツギ』を使ったのかね?」
「どっちでもいいや、みたいな気持ちになっていたのかも知れません」
「どういうことだね?」
「下狛が助かったら、『やっぱり俺がいなけりゃダメだ』って思ってくれるんじゃないかと考えたし、もし、死んでしまったら、『きれいさっぱり下狛のことは忘れて俺一人でやっていけばいいや』って考えていたんです」
「うーん、そういう考えだったか。ところで、あんたは『ドクウツギ』果実の毒性についてよく知っていたのかね? つまり、何粒くらいの果実を食べれば確実に人が死ぬかが分かっていてすり替えを実行したのか、っていうことなんだが」
「正直言うと、俺にはそんなにしっかりとした知識はなかったんです。子供の頃、親や近所の煩いオヤジたちに『食べたら死ぬぞ』って言われていたのを覚えていただけなんで、どのくらいあの果実を食べさせればいいか、なんて考えてやったわけじゃないんです」
「本当か?」
「いやだなー、刑事さん。信じてください。噓なんてついていませんよ」
「刑事があんたのことを信じられるわけがないだろう。昔から嘘ばっかり言っていたし、今回だって、『盗聴マイクを仕掛けたのは自分じゃない』って嘘をついていたじゃないか」
「そう言われるとぐうの音も出ませんね。でも今は『本当のことを言う』って決めたんですから、嘘なんて言いませんよ」
「まあ、いいだろう。今はそういうことにしておこう。それで、あの『ドクウツギ』果実はどこで手に入れたんだい?」
「東京じゃ見たことがなかったんで、昔住んでいた地域に行って取ってきたんですよ。昔は毎年、地域で毒草駆除をやっていたんで、そこに行ってみたんです。随分少なくなっていましたが、何本か生えていたんで取ってきたんです」
「なるほどね。神尾さんの言っていた通りだった」
「何ですか?」
「いや、何でもない。独り言だ」




