17.ハンバーガーショップ
洋介がTPホテルに宿泊した四日後の午前十時頃、鹿子木から洋介のスマホに電話があった。
「ああ、神尾さん。お忙しい時間帯なのかもしれませんが、桜井が毎朝使っているハンバーガーショップにできるだけ早く来ていただけませんか?」
「突然どうされたんですか?」
「上津屋が動き出したんです」
「それとハンバーガーショップと何の関係があるんですか?」
「とにかく早くこっちに来てください。現場で詳しく説明しますから」
洋介は愛に言葉を掛けてからバッグを肩に引っ掛けて急いで車に乗り込み、ナビに指定のハンバーガーショップの店名をインプットして現場に向かった。
ハンバーガーショップの駐車場には何台か車が止まっていたが、そのうちの一台から鹿子木が降りて洋介の所に走ってきた。
「神尾さん、とにかく店の中に入りましょう。そこで説明します」
洋介は頷くと鹿子木に続いて小走りで店に入った。
「神尾さんからTPホテルの情報を聞いて、私も直ぐにホテルに行き、リネン担当者とホテル従業員の何人かに訊き込みをしました。まあ、神尾さんからの情報ですから確かめる必要はないかもしれませんが、一応我々としての確認をやらないわけにもいきませんからね。そうしたら、何人かからしっかりと証言が得られましたので、直ぐにうちの若い刑事に東京のアパートに住んでいる上津屋を張り込ませました。今朝になってようやく彼奴が動き出したんです。車で東京を出て、常磐道を北に向かって走り始めたとの連絡を受けた私も、上津屋の行きそうな場所を考えながらいつでも合流できるように車で待機していました。だんだんこっちに向かってきたので、私はてっきり桜井の勤務先だと思っていましたけど、彼奴の目的地はここだったんです。何をしに来たのか神尾さんには分かりますか?」
「うーん、ここは桜井さんと下狛さんや他の人たちとの出会いの場所でしたよね。上津屋さんはここで何らかの方法で情報収集でもしていたのかな……」
「いやだなー、神尾さんは。直ぐ当てちゃうんだから。上津屋は桜井が毎日座っていたテーブルの裏側に盗聴マイクを仕掛けていたんです。今日はそれを回収しに出かけて来たようです。上津屋がマイクを外したところでずっと尾行してきた若い刑事が職質し、盗聴マイクであることを確認してから現行犯逮捕したんです。私も直ぐにここに到着し、桜井に連絡して確かめてみたら、マイクが仕掛けられたテーブルは毎朝桜井が座っている場所だったんです」
「なるほど、確かにここは情報収集には絶好の場所でしたね。あれっ、待てよ。でも事件があってからもう随分と日にちが過ぎてしまっていますよね。何故上津屋さんは今頃になってから盗聴マイクの回収に来たんでしょうね? 証拠となる物なら、普通もっと早く回収して安心したいところですよね」
「確かにそこは我々もおかしいと思っているんです。ただ、マイクが取り付けられていた場所はちょっと見ただけでは非常に分かり難い場所で、その気になって探さなければ気が付かないような所だったんです。店の人が簡単に拭き掃除したくらいでは発見できなかったのでしょう。とにかく、これからじっくりと上津屋に尋問して訊き出しますよ」
「もう一つ疑問があるんです。『上津屋さんは下狛さんのことをしっかりと守っていた』と鹿子木さんは言われましたよね?」
「その通りですよ」
「だったら、上津屋さんは下狛さんと共犯関係にあったと考えていいですよね。何故上津屋さんはここで情報収集なんてしていたんでしょうか? 下狛さんから情報提供してもらえばいいはずですよね?」
「確かにその通りです。上津屋は下狛に内緒で行動していたとしか考えられませんね」
「きっとそうだったんでしょう。そこにも何か潜んでいるような気がしますね。ところで、上津屋さんは今どうしているんですか?」
「ここの駐車場でうちの若い刑事が身柄確保した状態です。いろいろと話しているうちに大事なことをポロっと喋ることもありますから」
「それでは私との話が済んだらつくば東警察署の方に連行するんですね」
「そのつもりです。で、その前に神尾さんに何かここでやっておいた方がよいことがあるかどうか確認してから動こうと思っているんです」
「それは有難うございます。そうですね、ここにマイクを取り付けてからの経緯は、指紋採取などを含めて警察でしっかりと捜査されるんでしょうから、お任せします。その後は上津屋さんの尋問の結果次第ということになりますよね。その尋問なんですけど、私は疑問に思うことがあるんです。何故上津屋さんは桜井さんの前に現れ、わざわざ自分も下狛さんに惹かれているなんて言ったのでしょうか。一種の脅しと考えていいのでしょうか?」
「私もその点は疑問に感じていましたので必ず訊きますよ」
「お願いします。それから、さっきの二つの疑問も是非彼に訊いていただきたいのです」
「さっきの二つの疑問って何でしたっけ?」
「『上津屋さんは何故下狛さんに内緒で行動していたのか』ということと、『何故中毒事件からだいぶ日にちが経ってから盗聴マイクを回収しに来たのか』ということです。それでは、私はホビークラブに戻って鹿子木さんからの尋問結果の連絡をお待ちすることにします」
「分かりました。尋問が一段落したらご連絡致します」
鹿子木は満足そうな顔をして言った。
その日の夜遅く、浮かぬ顔の鹿子木が電話連絡もせずにいきなり筑波ホビークラブに現れた。
「あれっ、そんな顔をされているということは、上津屋さんの尋問は思うようにはいっていないようですね?」
「そうなんですよ。『ハンバーガーショップに盗聴マイクを仕掛けたのは自分ではない』って強く言い張っているんです」
「上津屋さんはどんな言い逃れをしているんですか?」
「最近、私が上津屋にいろいろと訊いていましたから、『もしかしたら自分が疑われているんじゃないか』と思ったんだそうです。それで何とか疑いを晴らそうと、桜井と下狛が出会ったあのハンバーガーショップにやってきて、いつも桜井が座っていたテーブルに座ってみたんだそうです。何気なくテーブルの下を触ると、何だか小さな物が付いていたので、取り外して確かめようとしていたら、刑事が来て逮捕されてしまったというのです。何気なく触ったくらいじゃ盗聴マイクは発見できないような所に仕掛けてあったのに、苦し紛れの言い逃れなんだとは思うんですがね」
「でも、マイクには上津屋さんの指紋が付いていたんじゃないですか? あんな場所でわざわざ手袋を付けていたら目立っちゃうでしょうから」
「勿論彼奴の指紋だけが検出されたんですが、『マイクを見つけた時に触ったので指紋が付いてしまっただけで、取り付けた証拠にはならない』って言うんでよ。それで、『じゃ、何故お前の指紋しか検出されなかったんだ?』って訊いたら、『取り付けた奴が手袋をしていたか、取り付けた後で拭き取ったからだ』って言うんですよ」
「なるほど、一応筋は通っていますね。そうすると、お願いした私の疑問について尋問することはできなかったということですか。ところで、上津屋さんの身柄はまだ警察にあるんでしょう?」
「勿論、まだ完全に無実だと証明されたわけではありませんから、拘束したままですよ」
「上津屋さんの部屋の捜索はもうされたんですか?」
「まだですよ。現行犯逮捕ですからやろうと思えばできますから、明日にでも東京に行ってやろうと思っています」
「今頃になってようやく盗聴マイクの始末をしようと動き出したくらいだから、もしかしたら別の証拠になるようなものが発見できるかもしれませんね。もし良かったら、私もそこに行って立ち会ってもいいですか? 邪魔にならないように気を付けますから」
「そうですね、普通の人はダメなんですけど、神尾さんのことですからOKですよ。明日は朝一番で行きますから、車でお迎えに来ます」
「よろしくお願いします。それはそうと、下狛翔子さんから桜井さんの所にお金が返却されたそうですね。封筒などから何か手掛かりが得られたんではありませんか? 指紋とか」
「それがですね。下狛の指紋は、以前東署に来てもらった時に本人の了解を得てちゃんと採取してあるんです。今回の封筒からいくつかの指紋が採取されたんですが、下狛のものは一つもなかたんです。プリンターもごく一般的な種類でしたし、インクも用紙も本当にその辺で売られているものでしたので、全く手掛かりにはならなかったんです。桜井から訊いた研究学園駅のロッカーにも行って、念のため鍵の指紋も調べたんですけど、下狛のものは見出せませんでした」
「やはり、そうだったんですね。下狛翔子さんという人は相当やっかいな人物なんだなあ……。それじゃ、明日よろしくお願いします」




