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第6話:静かなる潜入、森の奥の危機

【深謀遠慮】によって自らの生命反応と気配を完全に極限まで薄め、私は屋敷の包囲網を抜けて裏手の「魔の森」へと足を踏み入れていた。


生い茂る木々が太陽の光を遮り、森の中は昼なお薄暗い。湿った土の匂いと、獣特有の生臭い気配が鼻をつく。一歩踏み間違えれば、人知れず魔物の餌食になる危険な領域だ。


私は【多重思考】をフル稼働させ、森全体の大気の流れ、足元の痕跡、そして遠くから聞こえる魔物の動きを同時に解析・処理する。

折られた小枝の向きや、柔らかい土に残された小さな靴の跡を辿れば、進むべき方向は自ずと絞り込める。


だが、森を進む私の前に、ぬらりと湿った半透明の怪異が立ちはだかった。


――『グリーン・スライム』。


一般的には弱い部類とされる魔物だが、この世界の現実は甘くない。

強酸性の消化液で満たされたその体は、触れた人間の肉を一瞬で爛れさせ、骨まで溶かす。丸腰の村人や駆け出しの者が食らえば無事では済まない、十分に致命的な脅威だった。


ぬめり気のある巨体が、じわじわと形を変えながらこちらへ距離を詰めてくる。不気味な泡を弾けさせながら、容赦なく酸の液滴を飛ばしてきた。


(食らえばひとたまりもないね。油断なく対処しよう)


私は冷静に相手の動きを見極める。

スライムの半透明な体内に漂う小さな結晶体――コア(核)――の位置を視界に捉える。


(核さえ潰せば自壊する。……ここはアイテム交換で手に入る道具を使おう)


私は数ポイントの蓄積ポイントを消費し、手のひらに『高濃度の吸湿・乾燥粉末』と『極細の硬質針』を取り出した。


スライムが私を呑み込もうと、強酸の体を大きく膨らませて跳びかかってくる瞬間。

私は足元へ乾燥粉末を正確に散布した。


「ギ……っ!?」


粉末に触れたスライムの表皮が一瞬で水分を奪われ、カチカチに硬化して弾力を失う。柔軟性を奪われて硬化した箇所へ向けて、私は手にした極細の針を隙間から的確に突き刺し、内部奥深くに潜むコアを一突きで粉砕した。


ボタタッ……と音を立てて、スライムはただの汚水となって地面に崩れ落ちた。


(大げさな力を使わなくても、道具と工夫次第で十分に戦えるね)


ひと息つく間もなく、私は再び足早に森の奥へと歩みを進めた。


◆


さらに森の深部へ進んだ先、朽ちかけた大きな大木の根元。

茂みの陰に体を小さく丸め、必死に息を殺している気配があった。


「うぅ……ぐすっ……ヒューイくん……」


小さな肩を震わせ、今にも溢れ出しそうな涙を泥のついた手で必死に拭いながら、泣きべそをかいているアイラの姿だった。その小さな手には、彼女が命がけで探していたはずの、淡く光る「健康の薬草」が固く握りしめられている。


周りの不気味な足音や気配に恐怖しながらも、見つからないように必死で身を隠していたのだろう。


私は足音を殺してそっと近寄ると、茂みの隙間から優しく声をかけた。


「――アイラ。こんなところで何をしているんだい?」


「ふぇ……?」


聞き慣れた声に、アイラが勢いよく顔を上げる。

涙で濡れた瞳を大きく見開かれ、目の前に立つ私を信じられないといった様子で見つめた。


「ひゅ、ヒューイ……くん……? どうして……っ!?」


「君が帰ってこないから心配になってね。さあ、一緒に帰ろうか」


私が柔らかく手を差し伸げると、アイラは張っていた緊張の糸がプツリと切れたように、「ヒューイく〜ん!」と泣き声をあげて私の胸にしがみついてきた。


私は苦笑しながら、震える彼女の背中をポンポンと優しく撫でてやる。


――だが、その安らぎの瞬間。


ゾクッ……。


私の【深謀遠慮】の索敵領域の端に、先ほどのスライムとは比べものにならないほど不吉で、濃密な「圧」が引っかかった。


背後の奥深い木立の影――。

生い暮れる葉の隙間から、血のように赤い眼光がじっと私とアイラの姿を射抜き、静かに、一歩ずつ足音もなく間合いを詰めてきている。


(……やれやれ。どうやら、手ぶらでは帰してくれそうにないね)


私はアイラを背中に庇いながら、静かに息を呑んだ。

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