アデル村の再興2
森の茂みをかき分け、三人の男たちが姿を現した。
粗末な革鎧を身にまとい、手には長槍を握ったルミナス村の自警団員たちだ。
彼らは周囲をキョロキョロと見回しながら、極度の緊張状態で足を震わせていた。
「おい、正気かよ……。本当にアデル村の瘴気が消えてるぞ……」
「それだけじゃねえ、見ろよアレ……! 綺麗な家が建ってて、畑まである……! 嘘だろ、ここは死神騎士や呪樹が巣食う地獄じゃなかったのか!?」
自警団員たちは、目の前に広がるアデル村の景色に、あんぐりと口を開けて驚愕していた。
青々と茂る芋の葉、透き通った水が流れる水路、そして村全体をドーム状に包み込んでいる、微かに発光する薄青い『結界』の膜。
「っ……! 誰かいるぞ!」
一人の団員が、結界の内側から静かに歩み寄ってくる僕の姿を見つけ、慌てて槍を構えた。
「止まれ! お前は何者だ!? この呪われた村で、一体何をしている!」
僕は結界のすぐ手前で足を止め、フードを深く被ったまま、穏やかな声で応じた。
「旅の神官、ライトと申します。ルミナスの自警団の皆さん、遠路はるばるアデル村へようこそ」
「神、官……? お前がこの村を浄化したのか!?」
「ええ。主の御加護により、この地の瘴気はすべて祓われました。
今はもう、魔物に怯える必要のない、安全な土地となっております」
僕がそう告げると、自警団の男たちは顔を見合わせ、その目に明らかな『動揺』と……そして『羨望』の色を浮かべた。
彼ら自身も、ルミナス村の貧困と、いつ襲ってくるかわからない魔物の恐怖に怯えながら暮らしている人間なのだ。アデル村の圧倒的な安全と豊かさを目の当たりにして、心が揺らがないはずがなかった。
「……おい、待て。あの家の影に見えたの、ひと月前に俺たちが山に捨てた、ゴードンの爺さんじゃねえか……?」
「まさか! 生きているわけが――」
「いや、俺も見えた! 孤児のレオや、あの小さなガキもいたぞ!
なんで……なんで捨てられた奴らが、あんなに血色のいい顔をして、まともな服を着て生きているんだよ……!?」
男たちの声が震え始める。
口減らしとして、死ぬために捨てたはずの弱者たちが、自分たちよりも遥かに「人間らしい」豊かな暮らしを送っている。
その不都合すぎる現実が、彼らの常識を根底から揺さぶっていた。
「彼らは皆、僕が保護しました。これからはこのアデル村の住民として、共に生きていく予定です。
……ルミナス村の領主様には、そうお伝えください」
僕は静かに、しかし拒絶の意志を込めて、男たちを真っ直ぐに見据えた。
「く、くそっ……! 撤退だ! 一度村に戻って、領主様に報告するぞ!」
自警団のリーダー格の男が叫び、三人は蜘蛛の子を散らすように、来た道を大慌てで引き返していった。
森の奥へと消えていく彼らの背中を見送りながら、僕はゆっくりと息を吐き出した。
【叡智と探求の女神:……これで、ルミナス村の領主にアデル村の存在が完全に知られたわね。既得権益を守るため、あるいはこの豊かな土地を強奪するために、領主は近いうちに『軍隊』を差し向けてくるわよ。どうするの、ライト?】
【美と闘争の女神:いいじゃない! 攻めてくるなら返り討ちよ! 人間相手に本気は出せないけど、ビビらせて追い返すくらいなら、私の剣で一瞬だわ!】
「いいえ。戦う必要はありませんよ、闘争の女神様」
僕は不敵な笑みを浮かべ、神界端末を開いた。
画面には、先ほど自警団の男たちが僕(アデル村)に対して抱いた『驚愕』と『羨望』により、システム外からチリリンと加算された存在値のログが残っていた。
「領主が軍隊を動かせば、それだけルミナス村の防衛は手薄になり、民の不満は限界に達します。
……それに、あの自警団の男たちは、村に帰って必ず周囲に話すはずです。『アデル村には、飢えも魔物もない天国があった』とね」
噂は伝染病のように広がる。
貧困に喘ぐルミナス村の民にとって、その噂は、命を懸けてでも飛びつくべき『救いのクモの糸』になるのだから。
「領主が兵を連れてここに到着する頃には……ルミナス村の民は、一人も残っていないかもしれませんよ?」
ブラック企業の理不尽なノルマを逆手に取り、下界の既得権益を静かに侵食していく。
底辺神ライトの『豊かさによる静かなる侵略(村おこし)』は、ルミナス村の領主を巻き込み、ついに次なる激動のフェーズへと突入しようとしていた。




