アデル村の再興
アデル村の朝は、にぎやかな音で始まった。
昨日まで老人と少女の二人きりだった限界集落に、ルミナス村から命からがら逃げてきた十人の難民が加わったのだ。
総勢十二人。
まだ小さな集落には違いないけれど、そこには確かな「活気」が生まれていた。
「よし、それじゃあ皆さん。朝食が済んだ人から、今日の作業タスクの確認をしましょう」
僕は丸太小屋の前に住民たちを集め、即席で作った木製の掲示板を指差した。
そこには、炭で丁寧に書かれた文字と図形が並んでいる。
元々神界の人事局(ブラック企業)で、嫌というほど作らされてきた『プロジェクト進行表』と『タスク割り当てシート』だ。
「……タスク?わりあて?」
難民のリーダー格である少年、レオが不思議そうに首を傾げた。
無理もない、下界の村における共同作業といえば、村長や領主の思いつきで「おい、お前はあそこをやれ」「お前はあっちだ」と怒鳴られながら、倒れるまで働かされるのが普通だからだ。
「要するに、誰が何をするかの担当決めです。
ゴードンさんは農作業の経験が豊富ですから『農業部門の最高責任者』。
レオくんをはじめとする若い人たちは、僕と一緒に木材や石材を運ぶ『インフラ開拓部門』。
体調がまだ万全でない方や年配の方は、村の周辺で採れる野草の仕分けや、食事の準備をする『後方支援部門』です」
僕は一人一人の体調や年齢、過去の経験を事前にヒアリングした上で、無理のない配置を行っていた。
「自分の担当以外の仕事を無理に手伝う必要はありません。
休憩は一時間ごとに十五分。
体調が悪い時は自己申告すれば、その日のタスクは僕が引き受けます。
これは約束して下さい、絶対に無理をして倒れない事を」
僕が笑顔でそう告げると、十人の難民たちは一様に呆然とした顔を見合わせた。
「な、なぁ、神官様……。本当に、そんなに休んでいいのか? 領主様の開拓地じゃ、一日中殴られながら働かされて、夕方には動けなくなるのが当たり前だったんだが……」
「そんなやり方は非効率ですよ。適切な休憩と適正な人員配置こそが、長期的な生産性を最大化するんです。……さあ、ホワイトな環境で、健康的に村を豊かにしましょう!」
元社畜としての意地だった。
無能な上司から押し付けられた理不尽なデスマーチを、僕は絶対に自分の村では再現しない。
【叡智と探求の女神:……ふふっ。驚いたわね。ただの底辺神かと思っていたけれど、組織のマネジメント能力(リソース管理)に関しては、神界の多くの中級神よりも遥かに合理的よ。
人間の心理的ハードルを下げ、自発的な労働意欲を引き出しているわ】
【美と闘争の女神:ええー、もっと気合と根性で『ウオォォォッ!』って働かせた方が早そうだけど。……まあ、あいつらがやる気になってるなら、文句はないわ】
コメント欄の女神様たちも、僕の村運営に興味津々のようだった。
作業が始まると、僕の狙い通り村の開拓は驚くべきスピードで進み始めた。
過酷な労働に慣れていた難民たちは、「休んでいい」と言われると逆に効率よく動こうとし、役割が明確なおかげで作業の重複や無駄が減った。
若い男たちが僕と一緒に森から切り出してきた木材を使い、ゴードンさんの適切な指示のもとで新しい丸太小屋が次々と建てられていく。
畑も三倍の広さに拡張され、僕が毎日【水滴】で生み出す清浄な水を利用した、手作りの簡易的な灌漑用の水路も、レオたちの手によって泥臭く掘り進められていった。
ほんの数日前まで死を待つだけだった放棄区画アデルは、今や「誰もが健康的に働ける理想郷」へと変わりつつあった。
♦︎
しかし、そんな平和な時間は、長くは続かなかった。
アデル村の復興が始まってから、一週間が経った頃。
村の西側、ルミナス村へと続く山道の境界線近くに、僕は違和感を覚えていた。
「……魔物じゃないな」
僕は畑の草むしりの手を止め、西の森の奥へと視線を向けた。
中級神に昇格したことで強化された僕の魔力探知が、結界のすぐ外側をうごめく『複数の人間の気配』を捉えていた。
【美と闘争の女神:ライト、気づいた? 森の奥にネズミが数匹紛れ込んでるわよ。
魔力は微弱、持っている武器も錆びた鉄刀……下界のただの兵士ね】
【叡智と探求の女神:おそらくルミナス村の『自警団(偵察兵)』よ。
彼ら、数日前からアデル区画の瘴気が薄れていることに気づいて、調査にやってきたみたいね。
追放したはずの難民たちの痕跡がこの村に向かって伸びていたことも不審に思ったのでしょう】
二柱の女神の指摘通りだった。
ファンタジーの世界において、領地内の不審な動きを領主が見過ごすはずがない。
特にアデル区画は、これまで「誰も近づけない死の土地」だったのだ。
そこから瘴気が消え、豊かな緑が見え始めているのだから、調査団が派遣されるのは当然の帰結だった。
「みんな、作業を中断して、家の中に入ってください」
僕は静かに、しかしよく通る声で住民たちに指示を出した。
ゴードンさんやレオたちは、僕の真剣な表情を察して、すぐにシエルちゃんたちを連れて真新しい丸太小屋へと避難し、内側から頑丈な閂を閉めた。
「よし……それじゃあ、少しだけ『面談(お出迎え)』にいきましょうか」
僕は腰の白銀の剣を軽く叩き、村を覆う薄青い結界の境界線へと歩を進めた。




