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『大正の迷ゐ子』  作者: 久世 文彦


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7/17

第六話 辿る、想い出



 小田原の朝は、東京よりも少しのんびりしているように感じられた。


 宿の窓を開けると、通りを行き交う人々の声が聞こえてくる。荷車の車輪が石畳を鳴らし、どこかの店からは、朝餉の支度をする匂いが漂ってきた。


 私は机の上に手帳を広げ、昨日の聞き取りを読み返していた。


 小野寺老人の話では、明治三十七年ごろ、この辺りには旅芸人の一座がよく訪れていたという。子どもを連れた一座もあったらしい。


 しかし、それだけでは何も確かめられない。


 源次の一座だったのか。

 そこに新太がいたのか。

 そして、「ふさ」という名前は誰を指しているのか。


 どれも、まだ分からなかった。


「文彦さん」


 隣の部屋から新太の声がした。


「起きているかい」


「起きていますよ」


「朝飯は済んだのか」


「もちろんです」


「そうか。では、出かけよう」


「どこへ行くんです?」


「写真館だ」


 新太が部屋から顔を出した。


「写真館?」


「小野寺さんが、昔の写真を持っているかもしれないと言っていただろう。昨日は聞きそびれたが、この町に古くから写真を撮っている店がないか、もう一度尋ねてみようと思う」


「写真ですか」


「ああ。明治三十七年ごろの写真が残っていれば、何か分かるかもしれない」


 新太は少し考えたあと、にっこりと笑った。


「それは面白そうですね」


「君は写真を撮ったことがあるのか」


「ありますよ。一座のみんなで撮ったことがあります」


「そうか」


「ただ、あれはずいぶん前のことです。写真を見れば、みんなの顔を思い出せるでしょうね」


 その言葉を聞いて、私は一瞬、返事に迷った。


 新太には、思い出せる顔がある。


 源次の顔も、一座の仲間たちの顔も、今の暮らしの中で知り合った人々の顔も。


 だが、自分が五歳になる前の記憶は、ほとんどない。


 写真は、そこに写っているものを見せてくれる。


 しかし、見たからといって、必ず思い出せるわけではない。


 私はそのことを、まだ新太に話すつもりはなかった。


     *


 私たちは、まず昨日訪ねた小野寺老人の家へ向かった。


 昨日の礼を述べ、写真館について尋ねると、老人はしばらく考え込んでから、思い出したように手を打った。


「そういえば、松井という写真師がおったな」


「写真師ですか」


「うむ。昔からこの町で写真を撮っていた男だ。もう店を閉めたかと思っていたが、息子が後を継いだと聞いたことがある」


「その店は、どちらにありますか」


 小野寺老人は、通りの先を指さした。


「この道をしばらく行ったところだ。古い店構えだから、すぐ分かるだろう」


「ありがとうございます」


「写真を探しているのかね」


「はい。明治三十七年ごろのものが残っていないかと思いまして」


「そんな昔のものが、まだあるかどうかは分からんぞ」


「承知しています。それでも、尋ねてみようと思います」


 老人は、新太のほうを見た。


「君の昔のことを探しているのだったな」


「はい」


「何か見つかるといいな」


「ありがとうございます」


 新太は、いつもの明るい声で答えた。


 小野寺老人に別れを告げ、私たちは写真館へ向かった。


     *


 松井写真館は、通りから少し奥まったところにあった。


 表には、色の褪せた看板が掲げられている。建物は古いが、戸口はきれいに掃除されていた。


 私は戸を開けた。


「ごめんください」


「はい。いらっしゃいませ」


 奥から出てきたのは、四十歳前後の男だった。


 髪をきちんと分け、白い襟のシャツに上着を着ている。物腰は丁寧で、客の様子をよく見てから話す人物のようだった。


 この男が松井写真館の主人である。


 名を松井栄吉という。


「写真をお願いしたいのですが」


「撮影でしょうか。それとも焼き増しですか」


「いえ、今日は少し古い写真について伺いたくて参りました。私は東京の新聞社に勤めております、久世と申します」


 私は名刺を差し出した。


「朝倉です」


 新太も頭を下げる。


「新聞社の方でしたか。どのような写真をお探しですか」


「明治三十七年の春ごろ、この町で撮影された写真です。旅芸人の一座が写っているものがあればと思いまして」


 松井は、私の顔を見た。


「明治三十七年ですか」


「はい」


「それは、ずいぶん古いですね」


「当時、この町に旅芸人の一座が来ていた記録がありまして、その一座について調べているのです」


「なるほど」


 松井は少し考えた。


「父がまだ店をやっていたころの話ですね。私は当時、まだ子どもでしたから、詳しいことは覚えていませんが……」


「写真は残っていないでしょうか」


「古い乾板なら、倉に保管してあるものがあります」


「乾板ですか」


「ええ。父の時代のものです。全部が残っているわけではありませんが、捨てずに置いてあるものもあります」


 私は思わず身を乗り出した。


「拝見することはできますか」


「探してみましょう。ただし、ガラスですから、取り扱いには気をつけなければなりません」


「もちろんです」


 松井は奥へ向かい、私たちを招いた。


     *


 写真館の奥には、小さな作業場があった。


 そこには、木製の大きなカメラが置かれている。三脚の上に据えられた黒い箱のような形をしたカメラで、後ろには布をかぶせるための部分がある。


 新太が興味深そうに近づいた。


「これで写真を撮るんですか」


「そうです。これは古い型ですが、父のころには、こうしたカメラを使っていました」


「ずいぶん大きいですね」


「今の小さなカメラとは違いますからね」


 松井はカメラの後ろを指さした。


「ここに黒い布をかぶせて、こちらから覗いて構図やピントを合わせるんです。それから乾板を入れて、撮影します」


「乾板というのは?」


「ガラスの板です。そこに感光する薬品を塗ってあります」


 松井は、棚から小さな箱を取り出した。


 中には、黒い紙で包まれたガラス板が何枚か収められていた。


「これが乾板です。撮影したものを現像すると、ここに像が残る」


「ガラスに、人の姿が写るんですか」


「そういうことです」


 松井は、乾板を包んだ紙を慎重に開いた。


 そこには、黒と白が反転した人影が浮かんでいる。


 新太は目を丸くした。


「これが写真なんですか」


「これはネガです。ここから印画紙に焼き付けると、普通の写真になります」


 私は、乾板を覗き込んだ。


 小さなガラスの向こうに、確かに人の姿があった。


 今から二十年近く前に、誰かがそこに立ち、写真師の指示に従って動かずにいた。


 その人々の姿が、こうして残されている。


「写真を撮るのにも、ずいぶん手間がかかったのでしょうね」


「ええ。撮られる方も大変だったと思いますよ。今のように、気軽に何枚も撮るわけにはいきません。皆さん、きちんと身なりを整えて、じっとしていなければなりませんでした」


 新太は、カメラを見つめていた。


「一枚の写真に、みんなが集まるんですね」


「そうですね」


 松井は微笑んだ。


「写真は、そのとき、その場所にいた人たちを残します。けれど、写真に写っている人が誰なのか、何を考えていたのかまでは、写りません」


 私は、その言葉を手帳に書き留めた。


 写真師らしい言葉だと思った。


     *


 松井は、倉から古い乾板をいくつか運んできた。


 それらは一枚ずつ紙に包まれ、木箱に収められていた。


「父は、撮影した乾板をすべて残していたわけではありません。お客さんに渡したものもあれば、破損したものもあります。ただ、記念写真や集合写真の中には、何枚か残していたものがあるようです」


「旅芸人の一座の写真はありますか」


「すぐには分かりません。少し探してみます」


 松井は、乾板の包みを一つずつ確かめた。


 私は、その横で記録の写しを見直した。


 明治三十七年の春。


 源次たちの一座が、小田原にいた可能性がある時期だ。


 もし写真が残っていれば、当時の一座の姿を確認できるかもしれない。


 しかし、写真に写っている人物を見つけたとしても、それだけで新太との関係が分かるわけではない。


 私は自分に言い聞かせた。


 写真は証拠になり得る。


 だが、証拠が何を示しているのかは、慎重に判断しなければならない。


「ありました」


 松井が、一つの包みを手に取った。


「これは、父が撮った集合写真のようです」


「見せていただけますか」


「乾板から印画紙に焼き付けてみましょう。少々お待ちください」


 松井は、暗室へ入っていった。


 私たちは作業場で待つことになった。


 新太は、落ち着かない様子であった。


「見つかるといいですね」


「ああ」


「どんな人が写っているんでしょう」


「それは、見てみなければ分からない」


「そうですね」


 新太は、少し笑った。


 私は彼の横顔を見た。


 期待しているのだろう。


 それは当然のことだ。


 だが、期待が大きくなればなるほど、何も見つからなかったときの落胆も大きくなる。


 私は、そのことを心配していた。


 しばらくして、松井が一枚の写真を持って戻ってきた。


「こちらです」


     *


 写真は、少し黄ばんでいた。


 しかし、写っている人々の姿は、はっきりと分かる。


 大人が何人か並び、その前に子どもたちが座っている。


 後ろには、幕のようなものが見えた。


 旅芸人の一座であろうか。


 男たちは羽織や着物を身につけ、女たちは髪を結い、子どもたちは少し緊張した顔で正面を向いていた。


 写真の端には、道具らしいものも写っている。


「これは……」


 私は、写真を受け取った。


「撮影したのは、明治三十七年の春ごろです。裏に記録が残っていました」


「間違いありませんか」


「父の記録です。撮影した日付までは書いてありませんが、その年の春とあります」


 私は、写真をじっと見た。


 子どもは三人いる。


 一人は、前列の中央に座っている。もう一人は、女の子らしい。さらに、後ろの大人の脇に、小さな男の子が立っていた。


 その男の子は、少し横を向いている。


 新太が、写真に顔を近づけた。


「この子……」


 私は新太を見た。


「どうした」


「いえ」


 新太は、写真を見つめていた。


「何か、気になるのか」


「この子、誰かを見ているようですね」


 新太が指さしたのは、前列の端に座る女の子だった。


 男の子は、正面ではなく、その女の子のほうを向いているように見える。


「確かに、そう見えるな」


「何か話していたのかな」


「写真を撮る前に、誰かが声をかけたのかもしれない」


 私は、写真をもう一度見た。


 男の子の顔は、はっきりとは分からない。


 髪型も服装も、当時の子どもとして特別なものではない。


 まして、その子が新太であると判断する材料はなかった。


「松井さん。この写真に写っている人たちについて、何か記録はありませんか」


「父の帳面を探せば、撮影の依頼主が分かるかもしれません。ただ、名前が残っているかどうかは分かりません」


「ぜひ、確認していただけませんか」


「分かりました」


 松井は写真の裏を確かめた。


「ここに、何か書いてありますね」


 私は、写真を受け取った。


 裏には、薄くなった墨の文字が残っていた。


 ――小田原 春興行 明治三十七年。


 その下に、もう一つ、短い文字があった。


 ――ふさ。


 私は、思わず息を止めた。


「ふさ……」


 新太が、小さくつぶやいた。


     *


「松井さん。この『ふさ』というのは、何でしょうか」


 私は、写真の裏を示した。


 松井は、文字を覗き込んだ。


「これは、父の字ですね」


「撮影した人の名前でしょうか」


「それは分かりません。依頼した人の名前かもしれませんし、写真を受け取る人の名前かもしれません」


「この写真を撮ったのは、旅芸人の一座なのですか」


「写真の様子からすると、そうかもしれません。ただ、父の記録を確認しなければ、はっきりしたことは言えません」


 私は手帳を開いた。


「この写真の撮影依頼について、何か帳面が残っていないでしょうか」


「倉にあるかもしれません。父は几帳面な人でしたから、撮影した日や依頼主を記録していた可能性があります」


「調べていただけますか」


「少し時間をください」


 松井は写真を大切に包み直した。


「ただ、乾板も帳面も、長い間しまってあったものです。すぐには見つからないかもしれません」


「承知しています。急がせるつもりはありません」


 私はそう答えた。


 新太は、まだ写真を見つめていた。


「新太」


「はい」


「何か思い出したのか」


「いいえ」


 新太は、首を横に振った。


「ただ、あの男の子が、女の子を見ているのが気になったんです」


「どうしてだ」


「分かりません。何となくです」


 私は、それ以上尋ねなかった。


 人の記憶は、問いかけられることで変わってしまうことがある。


 特に、幼いころの記憶は曖昧だ。


 写真を見て、そこに自分の過去を見つけようとすれば、実際には覚えていないことまで、覚えているような気がしてしまうかもしれない。


 新太には、自分の目で見て、自分の言葉で考えてもらいたかった。


「松井さん」


 私は、もう一度写真の裏を示した。


「この『ふさ』という文字について、分かったことがあれば教えてください」


「分かりました。父の帳面を調べてみます」


「ありがとうございます」


 私たちは、写真館を後にした。


     *


 通りへ出ると、午後の日差しが建物の壁に当たっていた。


 新太は、しばらく黙って歩いていた。


「新太」


「はい」


「どうした。疲れたか」


「いいえ」


「写真のことを考えているのか」


「そうですね」


 新太は、歩きながら話し始めた。


「あの写真の男の子は、誰かを見ていました」


「ああ」


「女の子のほうを」


「そう見えたな」


「ぼくは、あの二人が兄妹だったのかな、と思いました」


 私は、すぐには答えなかった。


「そうかもしれないし、違うかもしれない」


「ええ」


「写真だけでは、分からない」


「分かっています」


 新太は、少し笑った。


「でも、あの女の子が気になるんです」


「どうしてだろうな」


「分かりません。何か、見てはいけないものを見ているような気もしたし、誰かに会いたくなったような気もしました」


「それは、写真を見たときの感想かい」


「はい」


「昔の記憶ではないんだね」


「そうです。思い出したわけではありません」


 私は、少し安心した。


 新太は、自分の感覚と記憶を混同していない。


 それは大切なことだった。


「文彦さん」


「何だ」


「『ふさ』という名前、見つかりましたね」


「文字は見つかった。だが、それが何を意味するのかは、まだ分からない」


「人の名前でしょうか」


「そうかもしれない」


「店の名前かもしれませんね」


「そうだな」


「場所の名前ということも?」


「可能性はある」


 新太は、うなずいた。


「じゃあ、調べましょう」


「もちろんだ」


     *


 宿へ戻ると、私は机に向かった。


 今日の調査で分かったことを、順番に書き出していく。


 まず、松井写真館には、明治三十七年ごろの乾板が残されていた。


 その中から、小田原で撮影された旅芸人らしい一座の集合写真が見つかった。


 写真には、大人と子どもが写っている。


 撮影時期は、記録によれば明治三十七年の春。


 写真の裏には、「ふさ」という文字が記されていた。


 しかし、写真に写っている一座が源次の一座であるかどうかは、まだ分からない。


 写真の男の子が新太であるという証拠もない。


 そして、「ふさ」が誰なのかも分からない。


 私は、最後の一行を書き終えたところで、筆を止めた。


 昨日まで、私たちは人の記憶をたどっていた。


 今日は、写真という記録を見つけた。


 人の記憶は曖昧である。


 写真は、その瞬間の姿を残す。


 しかし、写真に写っている人が誰なのか、どのような関係にあったのかは、別の記録がなければ分からない。


 写真は、過去を見せてくれる。


 だが、過去の意味までは教えてくれない。


 私は、原稿用紙を引き寄せた。


 小説を書くなら、写真の中の男の子と女の子に、何かしらの物語を与えることはできる。


 兄妹だったのかもしれない。

 友人だったのかもしれない。

 あるいは、互いに何も知らない者同士だったのかもしれない。


 どれも、物語としては書ける。


 しかし、それを新太の過去として書いてしまえば、嘘になる。


 私は、筆を置いた。


 新聞記者として、確認できないことは書けない。


 小説家として、想像することはできる。


 友人として、新太の気持ちを大切にしたい。


 その三つを、どうすれば一つの文章にできるのだろう。


 そのとき、隣の部屋から声がした。


「文彦さん」


「何だい」


「明日も写真館へ行きますか」


「ああ。松井さんが帳面を調べてくれることになっている」


「『ふさ』のことが分かるといいですね」


「そうだな」


 私は、原稿用紙に目を落とした。


 そこには、まだ何も書かれていなかった。


 しばらく考えてから、私は一行を書いた。


 ――人は、忘れたことを思い出すために、何かをたどるのだろうか。


 その下に、もう一行。


 ――それとも、忘れたことの向こうに、まだ知らない自分を見つけるためなのだろうか。


 私は、書いた文字を眺めた。


 新太は、自分の過去を探している。


 だが、写真を見ていたときの彼の顔には、過去を懐かしむような表情はなかった。


 むしろ、写真の中の人々が、どんな暮らしをしていたのかを知りたがっているように見えた。


 その姿を見て、私はふと思った。


 もしかすると、過去を知るということは、そこにいた人々の人生を想像することなのかもしれない。


 ただし、想像したことを事実にしてはならない。


 私は、原稿用紙の上に題名を書いた。


 **『大正の迷ゐ子』**


 そして、その下に小さく書き添えた。


 ――辿る、想い出。


 写真の中の人々は、もう誰も動かない。


 けれど、彼らが生きた時間は、確かにあった。


 その時間を、私たちは今、少しずつ辿ろうとしている。


 小田原の夜は、静かに更けていった。

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