第六話 辿る、想い出
小田原の朝は、東京よりも少しのんびりしているように感じられた。
宿の窓を開けると、通りを行き交う人々の声が聞こえてくる。荷車の車輪が石畳を鳴らし、どこかの店からは、朝餉の支度をする匂いが漂ってきた。
私は机の上に手帳を広げ、昨日の聞き取りを読み返していた。
小野寺老人の話では、明治三十七年ごろ、この辺りには旅芸人の一座がよく訪れていたという。子どもを連れた一座もあったらしい。
しかし、それだけでは何も確かめられない。
源次の一座だったのか。
そこに新太がいたのか。
そして、「ふさ」という名前は誰を指しているのか。
どれも、まだ分からなかった。
「文彦さん」
隣の部屋から新太の声がした。
「起きているかい」
「起きていますよ」
「朝飯は済んだのか」
「もちろんです」
「そうか。では、出かけよう」
「どこへ行くんです?」
「写真館だ」
新太が部屋から顔を出した。
「写真館?」
「小野寺さんが、昔の写真を持っているかもしれないと言っていただろう。昨日は聞きそびれたが、この町に古くから写真を撮っている店がないか、もう一度尋ねてみようと思う」
「写真ですか」
「ああ。明治三十七年ごろの写真が残っていれば、何か分かるかもしれない」
新太は少し考えたあと、にっこりと笑った。
「それは面白そうですね」
「君は写真を撮ったことがあるのか」
「ありますよ。一座のみんなで撮ったことがあります」
「そうか」
「ただ、あれはずいぶん前のことです。写真を見れば、みんなの顔を思い出せるでしょうね」
その言葉を聞いて、私は一瞬、返事に迷った。
新太には、思い出せる顔がある。
源次の顔も、一座の仲間たちの顔も、今の暮らしの中で知り合った人々の顔も。
だが、自分が五歳になる前の記憶は、ほとんどない。
写真は、そこに写っているものを見せてくれる。
しかし、見たからといって、必ず思い出せるわけではない。
私はそのことを、まだ新太に話すつもりはなかった。
*
私たちは、まず昨日訪ねた小野寺老人の家へ向かった。
昨日の礼を述べ、写真館について尋ねると、老人はしばらく考え込んでから、思い出したように手を打った。
「そういえば、松井という写真師がおったな」
「写真師ですか」
「うむ。昔からこの町で写真を撮っていた男だ。もう店を閉めたかと思っていたが、息子が後を継いだと聞いたことがある」
「その店は、どちらにありますか」
小野寺老人は、通りの先を指さした。
「この道をしばらく行ったところだ。古い店構えだから、すぐ分かるだろう」
「ありがとうございます」
「写真を探しているのかね」
「はい。明治三十七年ごろのものが残っていないかと思いまして」
「そんな昔のものが、まだあるかどうかは分からんぞ」
「承知しています。それでも、尋ねてみようと思います」
老人は、新太のほうを見た。
「君の昔のことを探しているのだったな」
「はい」
「何か見つかるといいな」
「ありがとうございます」
新太は、いつもの明るい声で答えた。
小野寺老人に別れを告げ、私たちは写真館へ向かった。
*
松井写真館は、通りから少し奥まったところにあった。
表には、色の褪せた看板が掲げられている。建物は古いが、戸口はきれいに掃除されていた。
私は戸を開けた。
「ごめんください」
「はい。いらっしゃいませ」
奥から出てきたのは、四十歳前後の男だった。
髪をきちんと分け、白い襟のシャツに上着を着ている。物腰は丁寧で、客の様子をよく見てから話す人物のようだった。
この男が松井写真館の主人である。
名を松井栄吉という。
「写真をお願いしたいのですが」
「撮影でしょうか。それとも焼き増しですか」
「いえ、今日は少し古い写真について伺いたくて参りました。私は東京の新聞社に勤めております、久世と申します」
私は名刺を差し出した。
「朝倉です」
新太も頭を下げる。
「新聞社の方でしたか。どのような写真をお探しですか」
「明治三十七年の春ごろ、この町で撮影された写真です。旅芸人の一座が写っているものがあればと思いまして」
松井は、私の顔を見た。
「明治三十七年ですか」
「はい」
「それは、ずいぶん古いですね」
「当時、この町に旅芸人の一座が来ていた記録がありまして、その一座について調べているのです」
「なるほど」
松井は少し考えた。
「父がまだ店をやっていたころの話ですね。私は当時、まだ子どもでしたから、詳しいことは覚えていませんが……」
「写真は残っていないでしょうか」
「古い乾板なら、倉に保管してあるものがあります」
「乾板ですか」
「ええ。父の時代のものです。全部が残っているわけではありませんが、捨てずに置いてあるものもあります」
私は思わず身を乗り出した。
「拝見することはできますか」
「探してみましょう。ただし、ガラスですから、取り扱いには気をつけなければなりません」
「もちろんです」
松井は奥へ向かい、私たちを招いた。
*
写真館の奥には、小さな作業場があった。
そこには、木製の大きなカメラが置かれている。三脚の上に据えられた黒い箱のような形をしたカメラで、後ろには布をかぶせるための部分がある。
新太が興味深そうに近づいた。
「これで写真を撮るんですか」
「そうです。これは古い型ですが、父のころには、こうしたカメラを使っていました」
「ずいぶん大きいですね」
「今の小さなカメラとは違いますからね」
松井はカメラの後ろを指さした。
「ここに黒い布をかぶせて、こちらから覗いて構図やピントを合わせるんです。それから乾板を入れて、撮影します」
「乾板というのは?」
「ガラスの板です。そこに感光する薬品を塗ってあります」
松井は、棚から小さな箱を取り出した。
中には、黒い紙で包まれたガラス板が何枚か収められていた。
「これが乾板です。撮影したものを現像すると、ここに像が残る」
「ガラスに、人の姿が写るんですか」
「そういうことです」
松井は、乾板を包んだ紙を慎重に開いた。
そこには、黒と白が反転した人影が浮かんでいる。
新太は目を丸くした。
「これが写真なんですか」
「これはネガです。ここから印画紙に焼き付けると、普通の写真になります」
私は、乾板を覗き込んだ。
小さなガラスの向こうに、確かに人の姿があった。
今から二十年近く前に、誰かがそこに立ち、写真師の指示に従って動かずにいた。
その人々の姿が、こうして残されている。
「写真を撮るのにも、ずいぶん手間がかかったのでしょうね」
「ええ。撮られる方も大変だったと思いますよ。今のように、気軽に何枚も撮るわけにはいきません。皆さん、きちんと身なりを整えて、じっとしていなければなりませんでした」
新太は、カメラを見つめていた。
「一枚の写真に、みんなが集まるんですね」
「そうですね」
松井は微笑んだ。
「写真は、そのとき、その場所にいた人たちを残します。けれど、写真に写っている人が誰なのか、何を考えていたのかまでは、写りません」
私は、その言葉を手帳に書き留めた。
写真師らしい言葉だと思った。
*
松井は、倉から古い乾板をいくつか運んできた。
それらは一枚ずつ紙に包まれ、木箱に収められていた。
「父は、撮影した乾板をすべて残していたわけではありません。お客さんに渡したものもあれば、破損したものもあります。ただ、記念写真や集合写真の中には、何枚か残していたものがあるようです」
「旅芸人の一座の写真はありますか」
「すぐには分かりません。少し探してみます」
松井は、乾板の包みを一つずつ確かめた。
私は、その横で記録の写しを見直した。
明治三十七年の春。
源次たちの一座が、小田原にいた可能性がある時期だ。
もし写真が残っていれば、当時の一座の姿を確認できるかもしれない。
しかし、写真に写っている人物を見つけたとしても、それだけで新太との関係が分かるわけではない。
私は自分に言い聞かせた。
写真は証拠になり得る。
だが、証拠が何を示しているのかは、慎重に判断しなければならない。
「ありました」
松井が、一つの包みを手に取った。
「これは、父が撮った集合写真のようです」
「見せていただけますか」
「乾板から印画紙に焼き付けてみましょう。少々お待ちください」
松井は、暗室へ入っていった。
私たちは作業場で待つことになった。
新太は、落ち着かない様子であった。
「見つかるといいですね」
「ああ」
「どんな人が写っているんでしょう」
「それは、見てみなければ分からない」
「そうですね」
新太は、少し笑った。
私は彼の横顔を見た。
期待しているのだろう。
それは当然のことだ。
だが、期待が大きくなればなるほど、何も見つからなかったときの落胆も大きくなる。
私は、そのことを心配していた。
しばらくして、松井が一枚の写真を持って戻ってきた。
「こちらです」
*
写真は、少し黄ばんでいた。
しかし、写っている人々の姿は、はっきりと分かる。
大人が何人か並び、その前に子どもたちが座っている。
後ろには、幕のようなものが見えた。
旅芸人の一座であろうか。
男たちは羽織や着物を身につけ、女たちは髪を結い、子どもたちは少し緊張した顔で正面を向いていた。
写真の端には、道具らしいものも写っている。
「これは……」
私は、写真を受け取った。
「撮影したのは、明治三十七年の春ごろです。裏に記録が残っていました」
「間違いありませんか」
「父の記録です。撮影した日付までは書いてありませんが、その年の春とあります」
私は、写真をじっと見た。
子どもは三人いる。
一人は、前列の中央に座っている。もう一人は、女の子らしい。さらに、後ろの大人の脇に、小さな男の子が立っていた。
その男の子は、少し横を向いている。
新太が、写真に顔を近づけた。
「この子……」
私は新太を見た。
「どうした」
「いえ」
新太は、写真を見つめていた。
「何か、気になるのか」
「この子、誰かを見ているようですね」
新太が指さしたのは、前列の端に座る女の子だった。
男の子は、正面ではなく、その女の子のほうを向いているように見える。
「確かに、そう見えるな」
「何か話していたのかな」
「写真を撮る前に、誰かが声をかけたのかもしれない」
私は、写真をもう一度見た。
男の子の顔は、はっきりとは分からない。
髪型も服装も、当時の子どもとして特別なものではない。
まして、その子が新太であると判断する材料はなかった。
「松井さん。この写真に写っている人たちについて、何か記録はありませんか」
「父の帳面を探せば、撮影の依頼主が分かるかもしれません。ただ、名前が残っているかどうかは分かりません」
「ぜひ、確認していただけませんか」
「分かりました」
松井は写真の裏を確かめた。
「ここに、何か書いてありますね」
私は、写真を受け取った。
裏には、薄くなった墨の文字が残っていた。
――小田原 春興行 明治三十七年。
その下に、もう一つ、短い文字があった。
――ふさ。
私は、思わず息を止めた。
「ふさ……」
新太が、小さくつぶやいた。
*
「松井さん。この『ふさ』というのは、何でしょうか」
私は、写真の裏を示した。
松井は、文字を覗き込んだ。
「これは、父の字ですね」
「撮影した人の名前でしょうか」
「それは分かりません。依頼した人の名前かもしれませんし、写真を受け取る人の名前かもしれません」
「この写真を撮ったのは、旅芸人の一座なのですか」
「写真の様子からすると、そうかもしれません。ただ、父の記録を確認しなければ、はっきりしたことは言えません」
私は手帳を開いた。
「この写真の撮影依頼について、何か帳面が残っていないでしょうか」
「倉にあるかもしれません。父は几帳面な人でしたから、撮影した日や依頼主を記録していた可能性があります」
「調べていただけますか」
「少し時間をください」
松井は写真を大切に包み直した。
「ただ、乾板も帳面も、長い間しまってあったものです。すぐには見つからないかもしれません」
「承知しています。急がせるつもりはありません」
私はそう答えた。
新太は、まだ写真を見つめていた。
「新太」
「はい」
「何か思い出したのか」
「いいえ」
新太は、首を横に振った。
「ただ、あの男の子が、女の子を見ているのが気になったんです」
「どうしてだ」
「分かりません。何となくです」
私は、それ以上尋ねなかった。
人の記憶は、問いかけられることで変わってしまうことがある。
特に、幼いころの記憶は曖昧だ。
写真を見て、そこに自分の過去を見つけようとすれば、実際には覚えていないことまで、覚えているような気がしてしまうかもしれない。
新太には、自分の目で見て、自分の言葉で考えてもらいたかった。
「松井さん」
私は、もう一度写真の裏を示した。
「この『ふさ』という文字について、分かったことがあれば教えてください」
「分かりました。父の帳面を調べてみます」
「ありがとうございます」
私たちは、写真館を後にした。
*
通りへ出ると、午後の日差しが建物の壁に当たっていた。
新太は、しばらく黙って歩いていた。
「新太」
「はい」
「どうした。疲れたか」
「いいえ」
「写真のことを考えているのか」
「そうですね」
新太は、歩きながら話し始めた。
「あの写真の男の子は、誰かを見ていました」
「ああ」
「女の子のほうを」
「そう見えたな」
「ぼくは、あの二人が兄妹だったのかな、と思いました」
私は、すぐには答えなかった。
「そうかもしれないし、違うかもしれない」
「ええ」
「写真だけでは、分からない」
「分かっています」
新太は、少し笑った。
「でも、あの女の子が気になるんです」
「どうしてだろうな」
「分かりません。何か、見てはいけないものを見ているような気もしたし、誰かに会いたくなったような気もしました」
「それは、写真を見たときの感想かい」
「はい」
「昔の記憶ではないんだね」
「そうです。思い出したわけではありません」
私は、少し安心した。
新太は、自分の感覚と記憶を混同していない。
それは大切なことだった。
「文彦さん」
「何だ」
「『ふさ』という名前、見つかりましたね」
「文字は見つかった。だが、それが何を意味するのかは、まだ分からない」
「人の名前でしょうか」
「そうかもしれない」
「店の名前かもしれませんね」
「そうだな」
「場所の名前ということも?」
「可能性はある」
新太は、うなずいた。
「じゃあ、調べましょう」
「もちろんだ」
*
宿へ戻ると、私は机に向かった。
今日の調査で分かったことを、順番に書き出していく。
まず、松井写真館には、明治三十七年ごろの乾板が残されていた。
その中から、小田原で撮影された旅芸人らしい一座の集合写真が見つかった。
写真には、大人と子どもが写っている。
撮影時期は、記録によれば明治三十七年の春。
写真の裏には、「ふさ」という文字が記されていた。
しかし、写真に写っている一座が源次の一座であるかどうかは、まだ分からない。
写真の男の子が新太であるという証拠もない。
そして、「ふさ」が誰なのかも分からない。
私は、最後の一行を書き終えたところで、筆を止めた。
昨日まで、私たちは人の記憶をたどっていた。
今日は、写真という記録を見つけた。
人の記憶は曖昧である。
写真は、その瞬間の姿を残す。
しかし、写真に写っている人が誰なのか、どのような関係にあったのかは、別の記録がなければ分からない。
写真は、過去を見せてくれる。
だが、過去の意味までは教えてくれない。
私は、原稿用紙を引き寄せた。
小説を書くなら、写真の中の男の子と女の子に、何かしらの物語を与えることはできる。
兄妹だったのかもしれない。
友人だったのかもしれない。
あるいは、互いに何も知らない者同士だったのかもしれない。
どれも、物語としては書ける。
しかし、それを新太の過去として書いてしまえば、嘘になる。
私は、筆を置いた。
新聞記者として、確認できないことは書けない。
小説家として、想像することはできる。
友人として、新太の気持ちを大切にしたい。
その三つを、どうすれば一つの文章にできるのだろう。
そのとき、隣の部屋から声がした。
「文彦さん」
「何だい」
「明日も写真館へ行きますか」
「ああ。松井さんが帳面を調べてくれることになっている」
「『ふさ』のことが分かるといいですね」
「そうだな」
私は、原稿用紙に目を落とした。
そこには、まだ何も書かれていなかった。
しばらく考えてから、私は一行を書いた。
――人は、忘れたことを思い出すために、何かをたどるのだろうか。
その下に、もう一行。
――それとも、忘れたことの向こうに、まだ知らない自分を見つけるためなのだろうか。
私は、書いた文字を眺めた。
新太は、自分の過去を探している。
だが、写真を見ていたときの彼の顔には、過去を懐かしむような表情はなかった。
むしろ、写真の中の人々が、どんな暮らしをしていたのかを知りたがっているように見えた。
その姿を見て、私はふと思った。
もしかすると、過去を知るということは、そこにいた人々の人生を想像することなのかもしれない。
ただし、想像したことを事実にしてはならない。
私は、原稿用紙の上に題名を書いた。
**『大正の迷ゐ子』**
そして、その下に小さく書き添えた。
――辿る、想い出。
写真の中の人々は、もう誰も動かない。
けれど、彼らが生きた時間は、確かにあった。
その時間を、私たちは今、少しずつ辿ろうとしている。
小田原の夜は、静かに更けていった。




