第五話 小田原の町
汽車が小田原に近づくにつれ、窓の外の景色が少しずつ変わってきた。
東京を出てから、ずいぶん時間が経ったように思う。
車窓には、畑や家並みが流れ、遠くには山の姿が見える。春の日差しは柔らかく、汽車の窓から入る風にも、どこか旅先の匂いがあった。
向かいの席では、朝倉新太が窓の外を眺めている。
この男は、旅に出ると決めたときから、少しも気負った様子がなかった。荷物は小さく、身のこなしは軽い。初めて訪れる土地であっても、まるで昔から知っている場所へ出かけるような顔をしている。
ただし、彼の関心がどこに向いているかは、私にはよく分かっていた。
「文彦さん」
「何だい」
「小田原って、魚がうまいんでしょう?」
私は新聞記者として、これから訪ねる土地の歴史や地理について考えていた。
新太は、食べ物について考えていた。
「それは、着いてから調べればいい」
「町のことを調べるのも大切ですけど、土地の食べ物を知らずに帰るのは、もったいないですよ」
「君は、何をしに来たんだ」
「自分の過去を探しに来たんです」
新太は、さらりと言った。
「でも、腹が減っていては、探しものもできませんからね」
まったく、もっともらしいことを言う。
私は笑いながら、鞄の中から興行帳の写しを取り出した。
今回の旅の目的は、明治三十七年の春に、源次たちの一座がどこで興行をしていたのかを確かめることにある。
興行帳には、町の名や興行の日付、宿泊に関する記録が残されていた。
しかし、それは一座がその土地にいたという証拠であって、新太がその土地で見つかったという証拠ではない。
その違いを、私は忘れてはならなかった。
「新太」
「はい」
「小田原に着いたら、まず宿を訪ねる。興行帳に記録されている場所だ」
「そこに、昔のことを知っている人がいるかもしれない?」
「そうだ。ただし、二十年近く前の話だ。覚えている人がいるとは限らない」
「いなかったら、次を探せばいいじゃありませんか」
新太は、窓の外へ視線を戻した。
「見つからなかったら、見つからなかったで、何か分かるかもしれない」
その言葉に、私は少し感心した。
私なら、調査の見通しが立たないことを心配するところだが、新太は案外、気長な性分らしい。
いや、単に腹が減っているだけかもしれない。
汽車が速度を落とした。
「小田原です」
車内に、到着を知らせる声が流れた。
*
小田原の町に降り立つと、私はまず駅の周囲を見回した。
小田原は、古くから東海道の要衝として知られた町である。かつては城下町であり、旅人を迎える宿場町でもあった。
その歴史を思えば、町のあちこちに古い記憶が残っていても不思議ではない。
しかし、町は生きている。
二十年近くも経てば、店の主人が代わり、家が建て替えられ、道の様子も変わる。
古い記録を頼りに訪ねた場所が、今も同じ姿で残っているとは限らない。
「文彦さん、あれは何です?」
新太が指さした先には、通りを行き交う人々の姿があった。
「何がだ」
「町の人たちです。東京とは歩き方が違うような気がします」
「そんなことまで分かるのか」
「分かるような気がするだけです」
新太は笑った。
この男は、よく人を見る。
相手の顔色や声の調子を読むことに慣れているのだろう。旅芸人の一座で育ったということも関係しているのかもしれない。
私は、彼のそういうところを少し羨ましく思った。
新聞記者は、人に話を聞く仕事である。
しかし、話を聞くことと、人を理解することは同じではない。
私はそのことを、まだ十分には分かっていなかった。
「さて、まずは宿だ」
「その前に、お昼にしませんか」
「まだ着いたばかりだぞ」
「だからですよ。旅の始まりには、腹ごしらえが必要です」
私は時計を見た。
確かに、昼時が近い。
「分かった。先に食事にしよう。ただし、あまり長居はしない」
「はい!」
返事だけは、実にいい。
*
私たちは、通りに面した食事処に入った。
店の中には、何人かの客がいた。旅人らしい男もいれば、近所の商家の者と思われる人もいる。
新太は、店先に掲げられた品書きを眺めていた。
「文彦さん、魚がありますよ」
「見れば分かる」
「こちらもあります」
「一度に注文するなよ」
「まだ注文してません」
新太は、店の者に声をかけた。
「この辺りで、よく食べられているものは何ですか?」
尋ねられた店の男は、少し考えてから答えた。
「そうだねえ。海が近いから、魚はよく出るよ。干物もあるし、刺身もある」
「では、それをお願いします」
「どれを?」
「おすすめを」
私は思わず口を挟んだ。
「新太、調査に来たんだぞ」
「食事も調査のうちです」
店の男が笑った。
「いいねえ。旅の人は、そうでなくちゃ」
結局、私たちは魚を中心にした昼食を取ることになった。
新太は、運ばれてきた料理を前に、満足そうに手を合わせた。
「いただきます」
その顔を見ていると、こちらまで腹が減ってくる。
「うまいか」
「ええ。来てよかった」
「まだ何も調べていないじゃないか」
「食べ物のことは、もう分かりました」
私は箸を動かしながら、思った。
この男は、どんな土地へ行っても、まずその土地の人間として一日を始めるのだろう。
自分の過去を探す旅であっても、目の前にある食事を楽しむことを忘れない。
それは、案外、大切なことなのかもしれない。
*
食事を終えた私たちは、興行帳に記された宿のあった場所を訪ねた。
記録に残っているのは、宿の名と、おおよその所在地である。
私は手帳を開き、何度も記載を確かめた。
「この辺りのはずだ」
「見つかりました?」
「いや。もう少し先だろう」
しばらく歩くと、古い建物が並ぶ一角に出た。
その中に、宿屋らしい建物があった。
私は表に出ていた者に声をかけた。
「突然失礼します。こちらは、以前から宿屋をなさっているのでしょうか」
声をかけた相手は、五十代半ばほどの男だった。
背は高くないが、肩幅が広く、日に焼けた顔をしている。物腰は穏やかで、初対面の相手にも気さくに応じる様子があった。
「いや、うちは先代のころからだが、建物は何度か手を入れているよ。何かご用ですか」
「実は、明治三十七年の春ごろ、こちらに旅芸人の一座が泊まった記録があるのです」
私は興行帳の写しを見せた。
男は紙に目を落とした。
「旅芸人ですか」
「はい。源次という男が率いる一座です」
「源次……」
男は、しばらく考え込んだ。
「名前だけでは、ちょっと分からないね。あのころは旅の一座もよく来たから」
「そうでしょうね」
「私も、まだ子どもだったからなあ」
男は、記録を返してきた。
「先代なら、何か覚えていたかもしれないが、もう亡くなっている」
「そうですか」
私は手帳を開いた。
「当時の宿帳などは、残っていませんか」
「古いものは、ほとんど処分してしまったよ。火事や建て替えもあったしね」
その言葉に、私は少し肩を落とした。
やはり、簡単にはいかない。
「ところで」
男が、新太のほうを見た。
「この若い人も、新聞社の方ですか」
「いえ、私は……」
新太が答えようとしたとき、私は先に口を開いた。
「一緒に旅をしている者です」
男は、二人を見比べた。
「そうですか。何か探しものでも?」
私は一瞬、答えに迷った。
新太の過去を調べている。
そう説明することは簡単だ。
だが、初対面の相手に、どこまで話してよいのだろう。
私は新太の顔を見た。
新太は、少し考えてから口を開いた。
「昔、この辺りにいたかもしれないんです。小さいころのことを知っている人がいないか、探しているんです」
男の表情が、わずかに変わった。
「小さいころ?」
「ええ。私は、自分がどこで生まれたのか、よく知らないんです」
「そうか……」
男は、新太を見つめた。
「それは、気になるだろうな」
「はい。でも、今まで育ててくれた人たちがいますから、困っているわけじゃありません」
新太は、いつもの明るい声で続けた。
「ただ、自分のことを知りたいんです」
男は、しばらく黙っていた。
やがて、奥のほうを振り返った。
「おい、ちょっと昔のことを知っている者がいないか、聞いてみるよ」
「ありがとうございます」
私は頭を下げた。
男が奥へ入っていくと、新太が小さな声で言った。
「文彦さん」
「何だ」
「今の話、新聞に書くんですか」
「いや、まだ何も分かっていない」
「そうですか」
「君の話を勝手に記事にするつもりはないよ」
新太は、安心したように笑った。
「なら、いいんです」
*
しばらくして、宿の男が戻ってきた。
「すみません。やっぱり、はっきり覚えている者はいませんでした」
「そうですか」
「ただ、昔のことなら、近所に住んでいる年寄りが詳しいかもしれない。あのころから、この辺りにいる人だから」
「お名前を伺ってもよろしいでしょうか」
「小野寺さんという人だ。もう七十を過ぎているが、昔の町のことをよく知っている」
私は、手帳に名前を書き留めた。
「お住まいは、どちらでしょう」
男から場所を聞き、私たちは礼を言って宿を後にした。
すぐに手掛かりが見つかったわけではない。
しかし、何も得られなかったわけでもない。
少なくとも、次に訪ねる相手ができた。
「行ってみましょう」
新太は、先ほどと変わらぬ調子で言った。
「そうだな」
「その前に、少し休みませんか」
「さっき食事をしたばかりだろう」
「歩くと腹が減るんです」
私は、返す言葉を失った。
*
小野寺という老人の家は、宿からそれほど遠くない場所にあった。
戸口に立って声をかけると、奥からゆっくりとした足音が聞こえてきた。
現れたのは、七十歳を少し越えたと思われる老人だった。
白髪はきれいに整えられ、背中は少し曲がっている。顔には深い皺が刻まれていたが、目だけはしっかりしていた。
この老人が小野寺さんである。
昔の町を知る人として、宿の男が紹介してくれた人物だ。
「何のご用ですかな」
私は名刺を差し出した。
「東京の新聞社から参りました、久世と申します。こちらは朝倉です」
「新聞社ですか」
「はい。少し昔のことをお尋ねしたくて参りました」
小野寺は名刺を受け取り、私たちを家の中へ招いた。
座敷に通され、私はさっそく興行帳の写しを見せた。
「明治三十七年の春、この辺りで旅芸人の一座が興行をしていたようなのです」
「旅芸人……」
小野寺は紙を見つめた。
「そのころなら、ずいぶん来ていたよ」
「源次という男が率いる一座です」
「源次……」
老人は目を閉じた。
記憶を探っているようだった。
「名前は、どうだったかな。あのころは、旅の者がよく来た。芝居をする者もいれば、曲芸をする者もいた。子どもが一緒の一座もあったな」
私は身を乗り出した。
「子どもですか」
「うむ。小さな子どもが、芸をしていたこともあった」
「その一座について、何か覚えていらっしゃいませんか」
「いや、そこまではなあ」
老人は首を横に振った。
「二十年近くも前のことだ。顔までは覚えておらん」
私は、すぐに次の質問をすることを控えた。
老人の記憶を急かしても、正確な証言が得られるとは限らない。
「小野寺さん。そのころ、迷子になった子どもや、親を探している子どもの話を聞いたことはありませんか」
老人は、私を見た。
「迷子か……」
「はい」
「この町にも、子どもはたくさんいたからな。親とはぐれることもあっただろう」
「それ以上のことは、覚えていらっしゃいませんか」
「すまんが、はっきりしたことは言えん」
私は手帳を閉じた。
ここで無理に答えを求めても仕方がない。
そのとき、新太が静かに口を開いた。
「小野寺さん」
「何かな」
「昔、この辺りで、誰かが『ふさ』という名前を呼んでいたことはありませんか」
老人の目が、新太に向いた。
「ふさ?」
「はい」
「人の名前かね」
「それも、まだ分からないんです」
老人は、少し考え込んだ。
「ふさ、ふさ……」
やがて、首を横に振った。
「申し訳ないが、思い出せん」
「そうですか」
新太は、落胆した様子を見せなかった。
「ありがとうございました」
老人は、新太の顔をじっと見た。
「君は、昔のことを探しているのかね」
「はい」
「それは、つらいことかもしれんな」
「どうでしょう。まだ分かりません」
新太は少し笑った。
「でも、知らないままでいるより、一度は調べてみたいんです」
老人は、何も言わずにうなずいた。
*
小野寺の家を辞したあと、私たちは町を歩いた。
日が傾き始めている。
通りには人の往来があり、店先からは夕餉の支度をする匂いが漂っていた。
「今日は、あまり分かりませんでしたね」
新太が言った。
「そうだな」
「でも、小さな子どもが一座にいたことは覚えている人がいました」
「それだけでは、君のことだとは言えない」
「分かっています」
新太は、立ち止まって通りの向こうを見た。
「文彦さん」
「何だ」
「昔のことを知っている人って、少ないんですね」
「時間が経てば、記憶も薄れる。人も亡くなる。記録も失われる」
「そうですね」
「だからこそ、残っている記録を大切にしなければならない」
私は、新聞記者として当然のことを言ったつもりだった。
だが、新太は少し違うことを考えていたらしい。
「記録に残っていないことは、なかったことになるんでしょうか」
私は、すぐには答えられなかった。
「いや。そうではない」
「でも、調べることができない」
「そうだ。記録がなければ、別の証言や資料を探す必要がある」
「大変ですね」
「大変だよ」
私は苦笑した。
「新聞記事を書くより、ずっと手間がかかるかもしれない」
「それでも、調べるんですね」
「そうだ」
新太は、うなずいた。
「ぼくも、もう少し調べてみたいです」
その言葉を聞いて、私は彼の横顔を見た。
新太は、過去を知ることに執着しているわけではない。
けれど、自分のことだから知りたい。
その気持ちは、少しも変わっていなかった。
*
宿に戻ると、私は机に向かって手帳を開いた。
今日、聞いたことを整理する。
まず、興行帳に記された宿は、確かにこの町にあった。
ただし、当時の宿帳は残っていない。
宿の者は、源次という名前に心当たりがなかった。
小野寺という老人は、明治三十七年ごろ、旅芸人の一座がこの辺りを訪れていたことを覚えていた。
また、子どもが一緒の一座もあったという。
しかし、それが源次の一座であるかどうかは分からない。
まして、その子どもが新太であるという証拠はない。
私は、手帳の余白に書き足した。
――小野寺氏の記憶。旅芸人の一座、子どもの存在。ただし、特定できず。
そして、その下にもう一つ書いた。
――「ふさ」という名について、証言なし。
書き終えたところで、私は筆を止めた。
今日一日で、何かが分かったような気がしていた。
しかし、こうして整理してみると、確かなことはほとんどない。
それでも、調べる前よりは、少しだけ先へ進んだのだろう。
私は机の上に、原稿用紙を広げた。
文彦という新聞記者は、今日聞いたことを記事にするなら、慎重にならなければならない。
しかし、文彦という小説家志望の男は、今日出会った老人の表情や、新太の言葉を書き残しておきたかった。
事実として確かめられたこと。
人の記憶に残っていたこと。
そして、私自身が感じたこと。
それらを、混ぜてはいけない。
だが、分けて書くだけで、物語になるのだろうか。
私は、原稿用紙に一行だけ書いた。
――人は、自分の過去を知らなくても、今を生きていくことができる。
そこまで書いて、筆を置いた。
これは、新太のことだろうか。
それとも、私自身のことだろうか。
そのとき、隣の部屋から声がした。
「文彦さん!」
「何だ?」
「明日は、どこへ行くんですか?」
「今日の話を整理してから考える」
「それなら、明日の朝ごはんを食べてからにしましょう」
「君は、食事のことばかりだな」
「旅は長いんですから」
私は、思わず笑った。
そうだ。
旅は、まだ始まったばかりなのだ。
小田原の町で、私たちは何も見つけられなかったわけではない。
ただ、まだ答えに届いていないだけだ。
明日も歩こう。
人に会い、話を聞き、記録を探す。
そして、分かったことと分からなかったことを、きちんと書き留めよう。
新太の過去を、私の想像で埋めてしまわないために。
私は、原稿用紙の最初に、題名を書いた。
『大正の迷ゐ子』
その文字を眺めながら、ふと思った。
この物語を書いている私は、いったいどこへ向かっているのだろう。
小田原の夜は、静かに更けていった。




