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第五話 花知らずは拐われる


「それは……どういう事でしょうか?」

「……へっ。茶化すなら、それは思い当たる節があるって……要はそうなんだろ」


 トリーは悪びれもなく言った。

 訳が分からない。何故私が罵倒されなければならないのか。


「まぁいい。どうせ興味ないし」



 ◇◆◇



 最初の授業は、花詞銘についてだそうだ。


「皆さんの制服、それぞれの花の見頃の時期に合わせて色が異なることは、もうお気付きですね?」



 え? それなら、私の服は? そんなのまるで——。


「先生ぇ、じゃあそこの……あー……。”真っ白けっけ”は、花が咲かないって事? それってさ——」


 誰? 一体誰が。

 私は、確かに声の主を捉えた。

 やはり、トリー。足を組み、机の上に乗せている。


「花が無いのと同義じゃない?」

「トリー君」


 私は、咄嗟に立ち上がっていた。彼はきっと、このまま他の(ひと)すら侮辱する。まるで私の気持ちを代弁するかのようにして。

 止めないといけない。素の私を受け入れてくれた、アオイを守らなくては。


「この白服は、確かに例外を指すものでしょう。ですが、もしそれが出身を指すものであったら?」

「何をそんな必死になってんの?」

「おい」


 ペチッ。


 トリーの後ろに座っていたジェイドが、彼の後頭部を引っ叩いた。

 

「え?」


 アオイは唖然としている。私とて意味が分からない。


「じゃあ何だ? 俺が、花詞銘も無いような”花知らず”に負けたって言うのか?」



「三人とも、授業中です。ラシーナさん、座りなさい」

「失礼しました」


 私は深々と礼をして、座席に腰掛ける。


「白制服は、ひとえに例外とされる者が着用する制服です。悪い意味でも、また良い意味でも」


 講堂の外から、濃い蜂蜜のような香りが押し寄せる。


「入りなさい」と女性の教師が告げると、前の扉が力強く開かれた。目に入ったのは、白服。私と同じ。銀髪のボブヘアーが、何だか神秘性を放っている。


「なんやなんや、一触即発やないの!」


 トリーの背をも優に越えるガジュマルの木の杖。それに背が高くて足が長い……いや、違う。彼女は浮いているんだ。宙を浮いている。


「ど~も~。初めましてやね。ウチはアリサ、学園生徒会の庶務やらしてもらってます~」

「アリサさん。どうして貴女は白制服なのかしら? ここにいる新入生に教えてくれる?」


 アリサと名乗った女生徒は、空中でくるりんと一回転した後、眩しいまでの明るい微笑みを見せた。かわいい。


「ええですよ~。ウチの銘が特殊やから、ってのが第一やね。スイートアリッサムって花なんやけど、春でも秋でも花を咲かせるから、ピンクも茶色も不適切ってことになってん。私自身の解釈のせいで、こないな重い重い杖を持ち歩かなあかんねん。屋外で手ぇ離したら、もうどこまでも飛んでってまうから。ヘリウムのバルーンみたいに」


 彼女は、淡々と語った。


「学園生徒会には、白服の人が他にも天空出身のブラル副会長が居たりするから、見かけたら話しかけてみてな~」


「複数の時期で咲ける花があるって事が、どんな意味か分かるだろ。"花知らず"」


 トリーは、今の説明が気に入らなかったみたいだ。私も、本当はそう。同じ白制服なのに、アリサのものは栄光の輝きを感じる。

 それなのに、私は、凄く小さく感じる。自分が、みっともなく思える。けど、そんな事がどうでも良くなるくらい、気がかりな事が一つあった。


「ブラル……?」


 私は、その名前を知っている。


『懐かしむような、そんな表情をする。目を細めながら、照明の光を引き入れる。瞼を震わせ、優しく握った拳を胸に当てる。少し、前屈みに。』 


「青薔薇の……ブラルですか……?」


 私はアリサに訊ねる。彼女は意外そうな顔をして、身体を空中でくねらせながら、私の目の前までやってきた。


「その髪、その瞳……もしかせんでも、ブラル副会長と同郷のラシーナちゃんやんな? バチかわい~!」

「え……?」

「ちょっと今から来て!」

「はい?」


 アリサはガジュマルの杖に跨ると、私の手を引いて、私もその上へ乗せた。そして、杖は急発進し、扉目掛けて飛行する。


「アリサさん、ラシーナさんは授業中……」

「ごめん、借りてくわ! 単位はそのままにしてあげて~!」


 その後の先生の声は、その風圧にかき消されて、ほとんど聞こえなかった。私たちは廊下を突き抜け、窓から外に出た。心地よい外気が、清純な香りと開放感をもたらす。

 どうやら、鐘を含む重要施設の密集している中央棟へ向かっているらしい。


「その……ブラル副会長から度々聞いててん。天空の孤児院の事とか、そこのオトモダチ……家族の事」

「……そう、なんですか」

「特に、嘘をつくのが大好きな、お転婆な子の話をよくしたはったよ」

「それは……きっと、私の事じゃないですね」

(うせ)やん。ウチには分かる。ラシーナちゃんは、ずっと嘘ついとるやろ。誰かにやない、自分にな」


 そんな事ないのに。そんな事ないですって言いたいはずなのに。分からないふりをする。気付かれないように。


「私は……何なんでしょう? 先輩を見て、花のない自分が……」


 私は大丈夫。そう、自分に言い聞かせる。


「……そっか。ほな今は、それでええんとちゃう? なんか、空気悪ぅしてごめんな」


 私は何も言えなかった。最近、こんな事が多い気がする。


「いえ、大丈夫です」


 私は苦笑いをした。


「もう着くしな~」

「はい」


 石レンガ造りの建物が、学園の中央に堂々と聳え立っている。もう少し高度があれば、あの雲に届くんだろうか。この花園を、見渡せるんだろうか。


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