第四話 花知らずは気付いていない
昼下がり。指定された部屋へ行くと、そこは私の想像もつかなかった豪華絢爛と呼ぶに相応しい部屋が広がっていた。
アオイは大はしゃぎし、「こっちのベッド私ー!」と真っ新なシーツに飛び込んだ。
この部屋では照明は暖かだけど、他の部屋は別々だったりするらしい。冬の国出身の生徒の部屋だと、少し寒色系の照明が使われていたり。
室温も調整されていて、これまた部屋ごとに差があるみたい。ここは少し暑いかも。
夕日も沈み、寮の部屋を見慣れた頃。アオイが突然私に訊ねた。
「ラシーナちゃんってさ、なんか見てて辛そうに思うんだけど、気のせいかな?」
私は、すぐには答えられなかった。
『恥じらいのある笑みを作る。角度は浅め。声は一段軽く。一拍遅れて視線を逸らし、またすぐに戻す。』
「……アオイさんは、どんな銘をお持ちで?」
気を紛らわせようと、私は彼女に質問を投げかけた。
「私? ハイビスカスだよ」
やはり、彼女の顔は彫刻のようで、揺るがない美しさを持っている。
「夏っぽいでしょ! 実際、じっとしてるの苦手だし!」
少し、窮屈に感じる。この部屋は、この学園のどこよりも。それに、暑い。
◇◆◇
翌日。
ゆらめくカーテンの隙間から差し込む光で、私は目を覚ます。
「あ、ラシーナちゃん。おはよ!」
「うん……おはよう、アオイ」
何やら、料理をしているであろうアオイがこちらを不思議そうに見ている。何がおかしいんだろうか。起きたばかりで、頭がよく回らない。
「うん……?」
私は酷い寝癖に櫛を通す。パチパチとベーコンの焼ける音を耳にしながら。その匂いに確かな懐かしさを覚えて。
あれ待って。私、今確か——。
「……ラシーナちゃん」
「……」
私は何も言わなかった。さっきだって、何も言わなかった。うん、言ってなかった。
「ラシーナちゃん……いつの間に、そこまで私に気を許してくれたのっ……!?」
「あっ、いや……えーっと」
だめ。考えをまとめるのに時間がいる。たった今、諸々の説明を上手く出来るかなんて言われたら、何も言わずに逃げる自信がある……っ!
けど、私は逸ってしまった。
「かっ……神様の庭番をしていた頃は、こんな風な喋り方だったの……使者だって言われたから、威厳を持たせたかったの。こんな……騙すような事するつもりじゃなかった!」
「何それ……」
私は息を呑む。心臓は胸の奥にあるはずなのに、頭の表面や、首元。色んなところから鼓動が聞こえる。血の流れまで分かるくらいに。
目線を落とす。
「めちゃめちゃ、ギャップ萌えなんだけど!」
「……え?」
アオイは調理を中断し、私に強く抱きついた。髪がサラサラで、やっぱり彼女の甘酸っぱい香りが鼻をくすぐる。
「ねえ、本当の喋り方したのは、私が初めて?」
「うん、そう……だけど」
すると、アオイはガッツポーズをして「初本音ゲッチュ!」と叫んだ。
よく、分からない。何が良いんだろう。
とりあえず、彼女をぎゅっと抱きしめ返してみる。孤児院には私より小さい子も、逆に大きな子も居たのでハグは少々手慣れていた。それも、五年以上前が最後だけど。
「ひゃっ」と、彼女は何とも間の抜けた声を発した。どうやら意外だったようだ。
「も、もうやめよ! ベーコンと目玉焼き、冷めちゃうから……!」
「ふふっ」
私たち2人はベッドから出て、テーブルで食事をする。磁器とカトラリーが触れる音が響く。
アオイが、不思議そうに私の髪を見た。
「ラシーナちゃんってさ、黒毛が混じってるよね」
「うん。生まれつき。だからアオイが羨ましいかも」
「嬉しいっ」
アオイと気軽に話せて、私も嬉しい。その反面、違和感がすごい。
「そろそろ行こっか」
「ええ。もちろん、部屋の外では敬語だからね?」
「分かった!」
私は颯爽と白制服に着替えて、アオイと一緒に部屋を出た。
◇◆◇
「それでは、本日からよろしくお願いしますね。ジェイド君」
ぐぬぬ……と言いたげな表情で、ジェイドは私を睨みつけている。私もまた、彼に試すような眼差しを向ける。
「……負けは負け、だし……な」
そんなに認めたくないのか。なんて奴なのかしら。
「アンタが負けたのがいけないんだろ?」
「ジェイドが調子乗り過ぎてたんでしょー」
「しっかし、天空の使者様って案外強いんだな」
「ま、興味ないけど」
「アンタの——」
なんか、1人でずっと喋ってる人がいるんだけど。制服の上から黒パーカーを着て、わざわざ上からローブを着直してるし。物語の英雄の真似をしているつもりか知らないけど、ローブを何回かバサっと払っている。
「誰? ジェイドの知り合い?」
アオイが訊ねる。ジェイドは困った表情をして答えた。
「……あ。うん。ルームメイトってやつ」
「”ルームメイト”って名前?」
「んなわけあるか」
ジェイドは困り果てたままだ。
「それで、貴方は?」
「ボクはトリー」
ディープロイヤルパープルとすみれ色のパーマヘアーが、ようやくそこに居るのを視認した。
私たちよりも背が高いのに、誰も彼——トリーが私たちと喋っているのに気が付かなかった。私でさえ。
何故かは、すぐに分かった。
この人、匂いが無い。
「制服を見ての通り、ボクは秋の花だ。アンタは?」
「私はラシーナ。空から来ました」
「あー、あの壇上挨拶の。あれ長かった。無駄に」
「ちょっと! そんな言い方しないでも良いじゃん!」
アオイが前に出て、トリーをじっと見る。
「ジェイドも何とか言ったらどうなの?」
「え? いや、俺は……」
「何? なんか文句ある? ボクがボク自身の時間を大切にしたって良いだろ? なあ?」
トリーは黒縁の眼鏡越しに、その金色の瞳でジェイドを見る。まるでアオイに興味が無いみたいに。
「別に……」
ジェイドは一体何を恐れているんだろう。それに、昨日までの威厳はどこへ行ったのやら。
トリーはパーカーのポケットに手を突っ込んだままだ。その金色の瞳がこちらに向く。
「全員見てたのに——」
トリーは嘲笑気味に鼻で笑う。
左手をポケットから取り出し、後頭部を掻いて、また仕舞った。
「アンタ、バカだろ」




