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第三話 花知らずはパシリを手に入れる

「この世界は、知っての通り花詞銘が全てだ。王貴族の家系であれば歴統詞(レガシー)を、平民や”変異種”は来誕詞(ポテンシー)を得る。これは、端的に言えば解釈の違いだ」


 ジェイドは、何やら説明口調で語り出した。彼は自分に酔っている節がある。

 彼の声変わりしきっていない青い声が、私の耳に障る。


「それが何だと言うの?」


 私は訊ねた。


「お前のそれは、とても貴き者の花には見えねえって言ってんだよ。天空生まれって出自にしちゃ泥臭え」

「そうですか」


 私は、ゆっくり目を閉じ、開く。深呼吸をして、山に入るときのように、感覚を研ぎ澄ます。


『虚な目をしてそこに立つ。鬱蒼とした花園に影を落とし、災いを呼ぶ。そんな、誰しもが引き込まれる目をして。』


「《運が真の平等たりうる》」


 来た。


 ジェイドの杖の先に、青紫色の球状の光が現れ、彼の周囲の物が引き込まれていく。運気すらも。それと同じくして、彼から発せられる甘い香りが、少し誘惑的に変わる。


 演出は大切。私も花詞銘(ロゴス)を使っている、という演出が。獣に対して、威嚇し返すのと同じように。


「楽園を夢見る偽りの花」



 私は地面を踏みつけ、塊と化して飛び上がった土をジェイドめがけて蹴り飛ばした。もちろん、身に付けている白制服に土埃が付かないほどの威力で。そして、私以外の誰にも視認出来ないほどのスピードで。


「っ……!?」


 多分、動揺する必要は無いはず。だって、彼の(チカラ)が土塊も吸い込んでくれるはずだから。動揺したのは、貴族が衣服に泥土を突っぱねられるのを避けたかったから。

 あるいは、何かしらのトラウマ。


「土はお嫌い?」

「喰らうがいい……ッ!」


 禍々しい光は、やはり土を吸い込み、私の方へ一直線に放たれた。


 物理攻撃は通用しない。花詞銘(ロゴス)があれば相殺できるのだろうけど——。

 あれ? もしかして、当たらなければ大丈夫? そっか。避ければ良いだけだもんね、こんなトロい攻撃。


 私は、私の想像上の天空の姫が四ステップを軽やかに踏むのを真似した。

 反時計回りをしながらそれぞれの足を右、左、右、左、と。



 ジェイドの攻撃が私に触れることは無かった。ただ、彼の放った光の弾は、私の背後の岩石を消し飛ばしてみせた。

 なるほど、彼が強いというのは、確かではあるみたい。けど——。


 いつの間にか観客は増え、想像以上の盛り上がりを見せている。一体、教員は何をしているんだか。


「ジェイド君。貴き花の力は、その程度なのでしょうか?」

「そんなにご所望ならくれてやるよ……俺の一族の、全身全霊の力をよぉッ!」


 再び、ジェイドは青紫色の光の球を作り出す。

 上空に、巨大な球が月とみまごう程に堂々と輝いていた。


 演習場全体が、偽りの月に引かれ、持ち上げられる。まるで、先程までの猛攻がお遊びだったように。大地はひび割れ、スローモーションで不気味な光景が私の目の前に広がる。


 濃密な香りが立ち込む。この学園中の花達の香りが、ジェイドに吸い取られてきた。


 私の足も、やがて月に吸われ始めた。身体が宙に浮き、直感的に恐怖を覚える。私の嗅覚も、吸われるように遠のき始める。


 視界の端で、足元に咲いていたであろうタンポポが宙を舞っている。



 ”黄色は、生き残るための色”



「じじい……っ」


 こんな時にまで、纏わり付くなんて、やっぱり呪いみたい。

 良いわ。乗ってやろうじゃない。


 

 私は、浮遊する岩石を蹴り、さながら無重力の世界を漂うみたく、ジェイドの方へ向かった。初めての感覚で、慣れるのに時間がかかったけど。

 


『のけ反るほどの加速を伴いながらも、身のこなしはどこまでも優美。岩々を伝い、天女は空間に直線的な幾何学模様を描く。躍動感を持たせながらも、軌道は一輪の花を愛でるように(たお)やかに。』



「後ろですよ」


 ジェイドの横を通り過ぎる瞬間、彼の耳元で囁いた。


「いつの間に……っ!?」


 ジェイドが、頭上の球体から小型の球体をいくつか抽出して、彼の背後に浮遊させる。敵ながら器用だと関心した。


「嘘ですけどね」



 さぞ恐ろしかったはずね。背後に立っていると思っていた敵が、気が付けば自らの懐に入ってきていたのだから。



 勢いをつけてから、包帯の巻かれた頭を少し軽めに叩いた。少なくとも私はそのつもりだったけど、やっぱり頭は叩いたらダメだったみたいで、ジェイドは気を失って、演習場はもとあった場所に落下した。砂埃が舞う。私は足元のジェイドを見下ろす。


「しっかりエスコートしてくれませんと、先走ってばかりでは困ります。まあ、犬の散歩は犬が先に歩くものですし、いい自己認識ですので良しとしましょう」


 大きな羽があれば、より格好がついただろうに。そう思うくらい、私は自慢げに胸元に広げた左手を、腰に右手をあてがった。


「二度と私に吠えないでくださいね」


「ラシーナちゃん!」


 声のした方を向くと、アオイがその眩しいまでの赤い髪を揺らしながら、こちらに駆けていた。あまり足が速いとは言えないけど。


 何を言われるんだろう?


 ジェイドの事だとしたら、やり過ぎだとでも、責め立てられるのだろうか。


「やったね!」

「え……?」


 あまりに予想外だった。彼女の言葉を、しばらく素直に受け取れそうにない。


「それは一体、どういう事でしょうか……?」

「どう、って?」

「いえ、ジェイド君を気にかけていらっしゃるようでしたので、何かこう……」

「ああっ! いや、ジェイドが調子に乗ってたから、懲らしめてくれたのが嬉しくてさ」


 赤い髪の少女は、屈託の無い笑顔を見せた。まるで、雲の隙間から陽光を浴び、その雨上がりの空を見つめる花たちのように。とても絵になる感じで、正直、私なんかよりずっと可愛かった。


「そうだ、先生が寮の部屋は二人一部屋って言ってたんだけどさ」

「アオイさんは何方と?」

「ラシーナちゃん!」

「ふふ……いいですね。毎日が賑やかになりそうです」


 私は頭をゆっくり下げ、お辞儀をした。


「改めまして、よろしくお願いします。アオイさん」

「よろしくね! それじゃ、申請出しに行こっか!」

「はい」


 ジェイドに「ごきげんよう」と言い放つ。


 お淑やかな雰囲気を持った私はアオイに連れられる。

 寮部屋申請の指定場所で書類を渡され、サインを書くよう言われた。アオイのサインは軽やかで大胆なのに、それでいて丁寧。


『羽根ペンの所作はさながら詩人のように。一文字一文字を味わうように書く。』


「え! ラシーナちゃんってば字ぃ凄く綺麗! いいな~」

「私は好きですよ。アオイさんの筆跡」

「そう? ありがと!」


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