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第二話 花知らずは志す

「んっ……」


 目を覚ますと、そこは暗くて、蒸し暑い場所だった。

 腕を確認するけれど、そこには目立った刺し傷はない。細い切り傷の跡が無数にあるだけのはずだ。


 地下なのか、少し息がしづらい。檻の向こう側に、眼鏡を掛けた先ほどの受付の男が松明を持って立ちつくしている。


「君の銘は何だ?」

「質問の意図が分かりません」

「君の花と解釈は何だと聞いたんだ。君は”花知らず”なのではなかったのか?」

「私に花はありません」

「それは嘘だ。なら、ジェイド少年を気絶させたのをどう言い訳するつもりだ」


 そっか。誰も見てなかったんだ。だから、私が彼を殴り飛ばしたのも——。

 嘘は、こういう都合のいい時につくもの。

 

 私は男に向かい、牢に響く程の下卑た笑い声を、高らかにあげてみせた。


「……ふふ。そうよ。この嘘が、私の銘。それで、それが何だと言うの? どうせ試験も受けていない。そして、きっとそれなりの時間が流れたはず」

「君は合格だ」

「はあ? 意味が分からないわ」

「ああ。君の意見はもっともだ。けれど、君ほどの才能を僕は放っておけない。学園で、君の花を咲かせよう」


 その言葉は嘘だ、と私は思った。私に、花なんかあるわけない。私が花詞銘(ロゴス)を持ってるわけがない。私はこの先、彼の言う"花知らず"にしかなれない——。

 そうやって否定ばかりしているくせに、可能性に期待している自分に嫌気がさす。その微細な感情は、私の嘘を通して顕になった。


「このホラ吹き」

「うん?」

「大体、あなたの言ってる事に道理が通っていないじゃないっ!」


 拳を固く握る。ここでようやく、私が鎖に繋がれている事に気が付く。けれど、関係ない。やはり、この金髪野郎の澄まし顔を殴ってしまいたくなった。


「ふんっ……!」


 金属がひしゃげる音がして、床に金属片が散らばった。鎖を解き、檻を破壊しようとしたその時。

 私の拳は何もない所で止まってしまった。いや。半透明の薄い黄色い壁のようなものが、私の拳を止めていた。


「何っ……これっ!?」

「悪いけど、《近寄り難き孤高の花》が僕の花、コマクサの解釈だから」


 私は手を下ろした。


『影が揺れる。天姫は一瞬、言葉を失う。白き指先がわずかに震え、視線は床へと落ちた。』



「……自分がどこにも見当たらないのが、この花園(せかい)で自分だけ何も無いのが、どれだけ辛いと思ってるの……? それなのに、可能性をちらつかせてさ」


「もう、私に希望を見せないでよ……っ!」

「ラシーナ君。君を推薦した老人は、僕にこう言っていた。”あの子に色をつけてやってくれ”ってね。それが、彼との約束でもある」

「じじいは、もう死んだの……っ! だから、そんな約束は——」


 突然、何も言えなくなった。もういいのかなって、思えてしまった。


「ほら、君の世界に彩りを加えよう」



 納得した、なんて言わない。言えない。

 なのに、どうしてかな。


「……じじい」


 松明の火が揺れる。男は静かに私に告げた。


「君は、この学園で嘘を貫き通さなければならない」


 意味が分からず、私はその場に座り込んだ。いや、足の力がスッと抜けたんだと思う。

 男は続ける。


「天空の使者としての。少なくとも、君が花を咲かすまで、君が色づくまで、僕は観察させてもらうから」



 ◇◆◇



 入学式の日。私はあの男の言った通り、天空の使者として挨拶をするという名目で私は壇上へ上がった。



「続いて、特待生ラシーナの挨拶でございます」


 壇上に立つと、あちこちからヒソヒソ声が聞こえてくる。


「皆様、お初にお目にかかります。天空にて神様の庭番をしておりました、ラシーナと申します。天と地では文化が多少異なるのかもしれませんが、先日の試験の際、話しかけてくれた方が居たことを大変嬉しく思いました」


 これでいい。台本通りの、この台詞で大丈夫。

 いくつもの光が私という偽りの花を照らす。


「彼の過剰なアプローチのあまり、我ながら少しおいた(・・・)が過ぎてしまいましたが」


 嘘をつく時のような言い草だけど、これは嘘じゃない。ほんのちょっと、言い方を変えただけ。

 胸に手を当て、ジェスチャーを交えながら堂々と喋る。


「私たち新入生は若輩者であると同時に、これからこの花園(せかい)で花開く蕾のような存在です。教員の方々のご指導と——」



 ◇◆◇



 式も終わり、教室へと足を運ぶ。その途中で、「ラシーナちゃん」とやけに馴れ馴れしい呼び声が聞こえてきたので、私は思わず振り向く。


「ラシーナちゃんっていうんだよね?」

「ええ」


 私を呼び止めたのは、昨日の赤い髪の子だった。灰色の目をしていて、妙に甘酸っぱいのに嫌じゃない香りがする。青緑の制服が、彼女の髪を引き立てているような気さえしてくる。


「私はアオイ。夏の国(サマーセレスティア)出身なんだ」

「私はラシーナです。空から来ました」

「その……昨日は、ジェイドがごめんね。多分だけど、今日も絡んでくるんじゃないかな。極力しないようにって言ったんだけど」

「大丈夫ですよ。私、こう見えても強いので」

「けどジェイドも、夏組なら指折りの実力だから……気をつけてね」


 アオイは「それじゃあね」とすまなそうに言うと、自分の教室へ入っていく。私もそこなのに。どうせなら、一緒に入ればよかったのに。私はただ、扉の前に残った影を見つめているだけ。



「おい」


 あーあ。来ちゃった。


「どうかされましたか? ジェイド君」


 振り返ると、頭に包帯を巻いたワインレッドの髪の少年が、杖を私に突き立てていた。蔦のような装飾と、銅と鉄がバランス良く含まれているターコイズがあしらわれたデザインだ。


「お前、後で演習場に来い。昨日の続きをする」

「……怪我を長引かせたくはないでしょう? 安静にした方がよろしいですよ」

「何だ? ビビってんのかよ?」

「はぁ……男の子が女の子に意地悪しちゃダメでしょう」

「男とか女とか関係ねえ!」

「あらま。アオイさんが聞いていたら、頬も赤く染まっていたことでしょう」


 これくらい、少し嫌味——皮肉っぽく喋ったら丁度いいはず。


「いいでしょう。ですが、ハンデは必要ですよね」

「要らねえよ」

「残念です」


 私は正直、安心した。



 ジェイドバインの花言葉は『私を忘れないで』や『幸運』。敗北が力になるのか、運気を味方につけるのか。それ自体が、一体どんな解釈なのか、私には予想しきれない。

 それはつまり、アオイ曰く「実力はある」とのことであるジェイドの銘は分かっていても、彼の戦い方が分からないという事。

 だから、充分ありがたい。



「演習場だからな! 分かったな!」

「分かりました」



 教室に入ると、一斉に大人数から話しかけられた。


「ラシーナ様、ジェイドと決闘するって本当?」

「ジェイド君も強いけど、ラシーナ様はもっとお強いんですよねっ!」

「黒髪がミステリアス!」

「ラシーナさんの銘は何ですか?」

「付き合ってる人とか居るの?」


「お待ちくださいな。一斉に訊かれては困ってしまいます……」


 私はあわあわと両手を振ってみせる。他の子をよく見ると、教室には私の着る白制服以外に、シックな茶色や、空色や桃色のパステルカラー、青緑色の4種類があるようだ。

 それらは全て共通して、上から金の装飾が付いた黒いマントを羽織っている。私の制服にもマントはあるけれど、白銀の装飾が付いた白マントで、やはり彼らのものとは少し違っている。


 きっと茶色は秋、桃色は春……といった具合なのだろう。みんな居場所があって、色があって、花がある。

 私の白マントだけが、降り積もったばかりの雪みたいに、誰の足跡もついていない。やっぱり、少し嫌。

 だから、じじいの言った通り、早く色を手に入れたい。


「それでそれで! 交際してる人は居るの? 好きな人でもいいけどさ!」

「そうですね……天空では、想い合う者同士は星を一つ交換するんです。私はまだ、誰にも星を差し上げておりませんが」


 出任せだったけど、女子が「素敵……!」とわいわいしているのを見て、それが上手く行ったことがよく分かった。

 何だろうこの手応え、いいっ!



 ◇◆◇



「それでは、少し身体を動かしてきましょうか」


 中央棟の屋上にある鐘の音が響き渡ると同時に、私は言葉を発した。


「天空の使者・ラシーナ様の花詞銘(ロゴス)が火を吹くぞっ!」



 あの長ったるい廊下を経由しないといけないわけ? それは非常に面倒くさい。そうだ。


「んっ、ラシーナ様?」


 ガチャ。えいっ。


「えっ!? ラシーナ様が、窓から……四階から飛び降りたぞっ!?」

「まさか、あれが天空スタイルだというの……?」


 私は両手を広げ、演習場へのショートカットを行なった。


『そして、カモメのように悠々と両手を広げる。その軌道は夜空を滑る彗星の如く、ただ自然に。』


 ドォォォンッ!

 地面に衝突する寸前で、私は宙返りをしてその足で降り立った。「さすが天空人!」という歓声が耳に入ってきて、じじいの鍛えてくれたこの身体は嘘を貫き通しやすいのだと気が付いた。



「おうおう、随分と派手な登場じゃねえかよ」


 私は、わざとらしく大きめのため息を吐く。挑発の意でもあるが、むせ返るような花の匂いを肺から解き放つためでもある。


「さっきの挨拶……舐めてんのか?」


 ジェイドのワインレッドの髪が、風に揺られる。


「あら。そう捉えましたの? 私があの場であなた一人を煽っていた、と?」

「いちいち発言が鼻につく奴だな、お前は」


 ジェイドは静かな怒りを私にぶつけている。彼は再び杖を構え、「来いよ」とキメ顔で言い放った。


「その前に、取り決めをしませんか?」

「じゃあ、負けた方は勝った方のパシリな」

「あまり……人聞きがよろしくないですね。ワンちゃん……で、どうでしょう?」

「分かりゃ何でもいいだろ。顎で使われるってのは変わんねえんだからよ」

「後悔しても、遅いですよ」


 私は、各教室の窓際からこちらに注目している大勢の生徒たちに向かって、大々的に宣言する。両手を広げ、大きく新鮮な空気を吸い込み、やはり陽の光に当てられながら。


「見せてあげましょう、幻想が如き光景を! 始めましょう、天姫の舞踏を! その瞼に焼き付けなさい、地上の花たち……ッ!」

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