第十四話 花知らずは閃光に焦がれる
時は、華峰祭当日の朝。
私とアオイ、ジェイド、トリーで、教室棟一階にある掲示板に、各競技の対戦カード——いわばトーナメント表を確認しに行った。
私とトリーは、秋チームに所属する白制服という事で、茶色の腕輪を右腕に嵌めている。
重量はほとんどない。これならアクロバティックな戦いだって充分可能だ。
アオイとジェイドも、夏チームの代表タッグの一つとして、タッグバトルに出場するらしい。
「もし当たったら全力でね! ラシーナちゃん」
「もちろんよ」
アオイが、宣言通りに、あの長い髪を切っている。これが彼女の言っていたマッシュショート、なのだろう。彼女の頭蓋の形が丸く、表情、中身ともに明朗であるから、よくマッチしている。
相変わらずの、短髪でボサボサの頭をしたジェイドが、横から私に質問を投げかけた。
「なあ……これを言うのは自分でもどうかと思いはするんだが、もし俺らと戦って、俺らが勝ったとしたら……」
彼が言わんとする事は分かった。
そして、どうしてトリーが私とタッグを組みたいと言い、勝ちたいのかも、分かった気がした。
「良いわよ。主従関係を解消してあげる。何十組もいる中で、勝ち上がり、当たった上で私たちに勝つなんて不可能に近いけれど。ね、トリー」
「うん。兆に一つにだってあり得やしないよ」
万から億を飛ばしている事に底知れぬ悪意というか、純粋な感情を感じる。
彼のダークパープルの瞳には、明瞭な意思が宿ったようにも見える。
訓練の最中、中央棟の生徒会室で寛いでいるブラルと何やら話し込んでいたようなので、敵ながら何かしらアドバイスでも貰ったんだろうか。
「人も空いてきたし、見ましょう」
私は一歩踏み出し、掲示板の、タッグバトルのトーナメント表を見た。
▲
—|ラシーナ&トリー(秋)|
—|ブラル&ダパール(春)|
—|…………………|
—|ジェイド&アオイ(夏)|
……
▼
「やっぱりな」
最初に口を開いたのはジェイドだった。
何がやっぱりなのかを私が訊ねる前に、彼はネタバラシをしてくれるみたいだ。
「《運が真の平等たりうる》ってなぁ……!」
なるほど。少しは大人しくなったと思ったのだけど、流石は歴統詞といったところなようで、彼の性格は微塵も変わっていなかったらしい。
「まさかジェイド……アンタ、運を引き寄せたのか」
「やっぱ、やったんだ……」
トリーもアオイも、何だか呆れ顔だ。
ジェイドバインの花言葉は『幸運』。そこから転じて、運や人脈、物体を引き寄せる、引力の球を生成する力になったのだろう。
つまり、今回の華峰祭は、ジェイドの所属する夏チームがとことん有利な試合ばかりになる、というわけ。
私はトリーに耳を借り、彼に訊ねた。
「トリー……せめてフィールドだけでも何とか出来ない?」
「ごめんラシーナ。ボクの解釈不足だった」
彼は残念そうに答えた。
それより、初戦からブラルと当たるなんて。
彼は戦闘系だったかしら?
彼の銘が虹薔薇だった頃は、確かに凄かった。花詞銘が暴走し、他の子を傷つけてしまうくらいに強大な力を持っていたし、存在感だってそうだ。
でも、今の彼は、青薔薇。解釈だって、《形骸化しない再現性》。体験したから分かるけれど、あれは記憶に関する補助的な能力でしかない。
となるとブラルがサポートに回り、ダパールという生徒が攻撃をするんだろうか。
そのはずだけど多分、何だろう。妙な胸騒ぎがする。
◇◆◇
ジェイドによる、実質的なイカサマが開始されたのは、ソロバトルの準決勝、互いにシード枠から勝ち進んできた、夏チームのリーダー・ズイと、我らが秋チームのリーダーにして、秋の国が姫君、現学園生徒会長・リネだ。
ズイは、毛先が青、それ以外は淡い赤という、何とも不思議な髪をした男生徒で、背丈は、アリサの持っていたガジュマルの杖と同じか、それ以上だろう。
青緑色の制服に、黒のローブを羽織っていて、腰には何やら物騒なものが見える。
対してリネは、赤紫単色の髪で、髪を束ねてポニーテールにしている。ヒュンと立っている毛先にすら、繊細な管理が行き届いているのがよく分かる。
彼女もまた、茶色の制服に黒のローブを着用している。
多分、どちらも近い花を銘に持つのだろう。
透明な甘さを持ちながら、スパイシー。そんな調和した香りが、この演習場に立ち込めている。
〈続きまして、準決勝第二試合。夏チーム代表・ズイvs秋チーム代表・リネ。開戦まで、もう暫くお待ちください〉
何とも穏やかで、中性的な声が、頭上から降り注ぐ。
観戦し始めてからずっと思っていたけれど、司会はあまり盛り上げるタイプの人ではないようだ。
声の主は学園生徒会、書記のカヅ。その横には、同じくイリス副会長。二人揃ってピンク髪なせいで、何だか面白い。
ここから見える中央棟には、いつもと違い、屋根の上に虹色の筒のような塔が立っていた。
多分というか、きっとイリス副会長の銘の産物だろう。
やはり、多様な銘を知ることが出来ると同時に、私の中の良くない感情が溢れてくる。
それはともかく、今はリネ会長の戦い振りを見なくては。リーダーを応援しよう。
〈只今、フィールドエフェクトの抽選結果が出ました。今カードのエフェクトは、夏です〉
書記さんの声と共に、競技中の二人を照らす陽光だけが鋭くなり、陽炎が現れた。
夏の国の環境を忠実に再現した結果がこれなのだろう。
ズイの周りに、花弁のような物が漂う。その色は、彼の髪色と一致している。
〈それでは、開始してください〉
ズイが、腰からロングソードともナイフともいえない刃渡のブツを取り出し、構えた。
「らァッ!」
得物を突き出してみせる。すると、緑色の鋭い葉のような物が宙にいくつも浮かび、リネ会長目掛けて一斉に発射された。
その様は畑を荒らしに飛来するイナゴの群れによく似ている。
私がリネ会長から一瞬目を離してしまったが、何をしたのか、彼女は無傷だった。
「私も、国の威厳がかかっていますの。もちろん、貴方一人で揺らぐものではありませんが」
「お前さんの立場なら揺らがせてみせる……!」
「……早急に処理させていただきますわ。この環境は、私にも味方してくれますもの」
「ああ?」
「この陽光は非常に良いですね。《毅然たる我らの輝き》の軍門に、自ずと下ってくださいます」
リネ会長の髪が、キラキラとラメを塗したように輝き、彼女の周囲にも花弁が舞う。
異変を感じ取ったのか、ズイも複数の葉を展開し、それで自らを覆うように閉じこもった。葉っぱで出来た繭に似たそれは、段々大きくなっていく。
会長の周囲で、火花が散りだす。
「我ら秋組に栄光あれ」
彼女が手を翳す。
その瞬間、ズイを取り囲んでいた幾百もの緑の膜が霧散。
私ですら、その衝突の瞬間を視認するので精一杯だった。
「今のは……光線!?」
火力と速度、そして精度が桁違い。
これが、学園最強と呼ばれる生徒会長なのか。
しかし、ズイも負けじと立ち上がる。
「どうかされました? 降参ですか?」
「ははっ……さっき攻撃したのにも関わらず、手応えが無かったのはそうか……」
ズイは剣を地面に突き刺した。そこに身を預けるように、彼は立っている。
「お前さん灼いたんだろ。某の刃葉を。タネさえ分かればっ——」
彼は息を漏らす。そのまま身動きするのをやめた。いや、諦めたように見える。
「嘘だ……」
彼の言葉は、畏怖に限りなく近いものに塗り潰されたのだろう。
何故なら——会長が今にも放たんとしていた、四方八方から向けられる弾幕に怖気付いたから。
「もう一度聞きましょう。降参ですか?」
リネ会長の、威圧するような声が響く。
そしてズイは——。
「行くわよトリー。この様子じゃ決勝もすぐ終わる。早めに控室で待機しましょう」
「分かった」
私たちは立ち上がり、観客席の後ろの方にある階段を降りていく。
手すりは再現世界の孤児院のものとは違い、埃など一切付着していない。
まずはブラル。あんたを吹き飛ばしてやるわ。チョップだって鍛えてあげたんだから。
だけど、私はこの時まだ知らなかった。
まさか初戦が、あの場の誰も予想していなかった展開を迎えるなんて。




