第十五話 花知らずと優秀な相方
「大丈夫? 体調が悪かったりする?」
トリーは、一面真っ白の何とも冷淡な控室で私に訊ねた。
「いいえ」
私は部屋の雰囲気に流されるようにして、冷たく、短く返した。
何だか、頭の中や感覚がぼんやりとしている感覚がある。
水筒を手に取って、それを呷る。
不意に扉が開く。
「二人とも出番やで〜」
入ってきたのはアリサだった。
彼女は並んで座る私たちを見て「はは〜ん」と勘付いたような、含みのある笑みを浮かべた。
「何よ?」
「いや〜? 何もあらへんよ〜? お二人さん頑張ってね〜」
「行こうか」と言うトリーに、私は微笑んだ。
これは残念な事に、営業スマイルというやつだけど。
〈タッグバトル第一回戦、第一試合。春チーム代表・ブラル&ダパールvs秋チーム代表・ラシーナ&トリー。開戦まで、暫くお待ちください〉
報告書を書いているかのような、堅苦しい言葉の羅列。
司会を務めるカヅ先輩の淡白な声が、競技場に再び響く。
だが、思った以上の盛り上がりを見せているようだ。ソロバトルの決勝戦が余程いい戦いだったのだろう。
入場した途端、会場の熱気がまるっきり感じられた。
「ジェイドは干渉してそう?」
「いや、そんな素振りはないね。むしろ華峰祭後の事で頭がいっぱ——いや、何でもない」
トリーは顔を逸らした。
彼は緊張でもしているんだろうか。彼の頬は赤く、眼鏡を外してパーカーの袖でレンズを拭いては付け、外してを繰り返している。
〈只今、フィールドエフェクトの抽選結果が出ました。今カードのエフェクトは、冬です〉
はい? 冬?
「あーあ……冬だったか。ダパール君って守備範囲に冬入ってたっけ?」
「生憎と、冬以外で花やらしてもらってまーす。あと先輩、守備範囲はなんか、語弊が」
反対側の入場口から現れた二人組は、愉快そうに言葉を交わしている。
片方は、例のホライズンブルーの髪をした白制服。学園生徒会副会長のブラル。私の腐れ縁。
そしてもう片方が、おそらく、ダパール。
背格好はブラルに似ていて、髪色は黒。
青緑色の制服に、白いローブという、何とも珍妙な格好をしている。
「それはどういうことなの? ブラル。春チームとは思えない格好の人なんか連れちゃって。あなた春チームのリーダーなんじゃなかった?」
「何を言ってるんだい? この生徒会庶務・ダパール君は歴とした春チームだよ」
ブラルは、見たこともないような、クズの顔をしてみせた。口元や、眉、鼻の全てに皺が寄る。
「彼はこれまで、学園に対して偽の申請を通してきた。彼の銘が夏季にしか花を咲かせないというね。彼は実際、今言ったように冬以外の三季で咲く事ができる……! だから、彼は分類上、白制服という事さ!」
「いや先輩。あっち二人が白制服と言えど、秋チームなら"あれ"、意味ないんじゃ……。それにフィールドは条件に該当しないってさっき……」
落ちたものね、と私は心の中で呟く。
〈それでは、開始してください〉
地面の砂の上が、全て雪に変わる。上空の太陽が、墨色に近い厚みのある雲に隠される。
向こうは……攻めてくる気配はない。
「一気に制圧しましょう……!」
「特訓の成果を見せるとしよう」
トリーの金髪が揺れる。
景色が遅い。前にもこんな事があった気がする。
会話はできるのに、ぼーっとしていて——。
トリーは一人、ジェイドの銘の模倣で、競争をした時のように真っ直ぐ、ブラル達の方へ突っ込んで行った。
しかしながら、それはいとも容易く躱された。
雲から、雪が降り始める。
空気はすっかり冷えてしまい、私はトリーのパーカーを借りれたらどんなにいいかを考える。
『出番を再確認し、台本に目を通し、それを横柄に投げ捨てる。』
『浅く呼吸をする。身体を跳ねさせ、白うさぎの如く雪の上を駆ける用意を済ます。』
「これでいいの」
血管の内側に、もう一つ別の芯——管が伸びていくような違和感を感じて、
私の黒髪が揺れ、視界の端には——。
☆★☆
ラシーナは何をしているんだろう?
いつもの彼女なら、助走をたっぷり付け、もうとっくにこの二人を吹き飛ばしていたっておかしくない。
そして、余裕綽々とした笑みでボクと——違う、それはボクの妄想だ。今は関係ない。
やはり、最悪のケースが起ころうとしている?
駄目だ。
咲きたてでは、精神も思考も安定しない。
「うん……?」
ふと、ボクが追いかけているブラル副会長が顔を顰めた。
まさか、ラシーナ……アンタが何かしらの条件を満たしたのか?
「副会長……その童心を懐かしむような目は何ですか?」
「あぁ、これかい? これはね——魂が枯れ果てた男の目だよ」
副会長の周囲を取り囲むように、突風が吹く。
「トリー君。どうやら君は、ラシーナの開花を密かに邪魔しようとしていたんじゃないのかな? 不確定要素、乱数、天の采配……そういったものを勝負に持ち込みたくないから」
「何ですって?」
「そして、君の理論では冷酷に決定が出来ただろうが、君が彼女に抱いた感情が、邪魔することをを邪魔したんだろう」
惑わされるな。
どう考えたって、挑発と時間稼ぎを兼ねた発言だ。
どうやら、学園生徒会長の右腕というだけあり、戦闘に関する知能指数は人一倍高いらしい。
だが、それも全て無駄に終わる。
彼が彼の銘を発動するということは、ボクも彼の銘を発動するということ。
副会長の軽い青髪から色が抜けていったかと思いきや、次第に全ての色を取り込み始めた。
禍々しいオーラを放つ彼の足元には、バラの花びらが落ちている。
「《形骸化しない再現性》……僕が青薔薇から虹薔薇の力を引き出せるのは——全ての季節の花が揃っていた、あの頃を再現するからだろうさ」
ダパールに注意を払っている暇がない。
全ての季節を揃える——そうか。
ダパール一人で冬以外をカバーができる。彼は「フィールドエフェクトは"条件"に該当されない」って言っていた。
ボクの黄パンジーでは秋のみ。
ブラル副会長も恐らく春。この際バラが秋も咲ける可能性は無視していい。
つまり、やはりラシーナが冬を内包している?
とりあえずボクが今しなくてはならないことは——。
「副会長……これでボクらが言葉を交わしたのは何度目でしょう?」
「何? 今回で十度。それがどうした」
「もう、十回も喋っちゃったみたいですね?」
「うん……?」
ボクがしなくてはならないのは、華峰祭の準備期間中、ずっと眠りこけていた、ボクの中にいるもう一人のボクと共生すること。
「ブラル副会長。いいヒントをありがとう。アンタの銘とボクの銘、それさえあれば充分です。なんせ、ボクはボクだから」
副会長の銘を真似て、"彼"を思い起こす。"彼"を再現する。
ほら、起きなよ。
自己中心的思考で、何かを失って傷付くのが怖いだけのボク。
悪者みたいな口の利き方をして、結局絆されただけのボク。
ボクの髪が、ロイヤルパープルに染まっていく。瞳は自分では見えない筈なのに、眼鏡に当たった光の反射の加減で、金色に戻っているのが分かった。
「これが以前のボクの解釈。《ボクはボクでしかない》」
「……大層な変身をしたみたいだけど——」
「何ですか? その陳腐なセリフは。そのフレーズは、とっくの昔から埃被ってますよ。焦ってんですか? それとも、かつて自身に秘められ、そして諦めた無限の可能性を追懐してるんですか?」
「まあ、微塵も興味ないけど」
ブラルが、天に腕を掲げた。その掌は真上を向いている。
「関係ないかな。悲しいけど、君が行動出来るのはここまでだ。トリー君」
副会長の髪が、チカチカと点滅しだす。
ボクが光過敏性癲癇でなくて良かったとつくづく思った。
雷鳴が上空で轟く。
学園そのものが、今にも崩壊してしまいそうな音を立てている。
「この銘——虹薔薇の解釈の由来詞は、『無限の可能性』。君はきっと、他より頭が良いはず。だから、僕が言いたいことも自ずと分かるはずだ」
彼はそう言うと、途端に自由な戦いを始めた。
虹色の雷を降らし、また炎で皮膚を爛れさせ、酸で骨や維管束を使用不可にする。
まるで災害だ。
それこそ、環境のストレスに弱い花の天敵じゃないか。
「さようなら」
ボク以外だとしたら、そうなんだろう。
無限の可能性?
叩きつけられる実力差?
格の違い?
そんなの大嫌いだ。だから断った。
液体がボクの衣服に纏わりつき、雷がボクの身を貫き、炎がボクを取り囲む。
逃げ場は無い。
逃げる気なんてさらさら無いけど。
畢竟するに、他人の花詞銘はボクに影響を与えられない。
「厄介極まりない……!」
実のところ、ダパールという生徒も問題では無くなった。
殆ど、演習場全体に放たれる副会長の攻撃、本人でさえ痛みを感じているような表情。
しかし、外傷が一つも無い。
よって、ダパールの銘はサポート類、それも回復に近い。
残る唯一の懸念点は——というか、ここまで一人で情報の整理をしたんだ。
高くつくからねラシーナ。
ボクはふと、彼女の方を振り向いた。
しかしどうやら、そこに花知らずは居なかったらしい。
あるいは初めから、そんな人は居なかったのかもしれない。
深紅の光が、彼女の瞳におどろおどろしく宿っていた。
それは何かしらの事象の本質の再現にも、模倣にも、ましてや演技にすら見えなかった。
彼女の足元には、いくつか赤い花弁が落ちている。
背筋が凍る、というのはこの事を言うのだろう。
妙な感覚だ。
誰かに血や水分を抜かれたような。
もちろん、そんな事をしている誰かはいない。
されていたとしても、ボクに花詞銘は効かないはず。
弦楽器の合奏音と、ピアノの伴奏が、学園一帯に響き始めた——。




