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SHADOW BIRD  作者: 下野 遊々
2章.芽生えた彩花は静かに揺れる

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92羽:世界に広がれ

「改めてなんだが、自己紹介お願いしていいか?」

「はい! これからお世話になります、藍音 クラウンです。よろしくお願いします!」


 パチパチと拍手が起こる。


 今回は今までの【A級案件】後にも行われていた、全体報告をやっているのだが、これで恭介に課せられた3つの【A級案件】は全てクリア。いつもの会議室ではなく少し広めのホールを借りて、今は実質的に藍音の歓迎会となっている。


 能研の関係者、という意味では決して多くはない。


 だが何故か【黒天鳴音(ハウリングノイズ)】の面々も乗り込んできており、盛り上げに一役買っていた。


「なんだかんだ、最終的に落ち着いてよかったですね」

「ええ。よく五体満足で終われたと思うわ」

「それは確かに……」


 適当な飲み物をあおりながら、修と真代が人心地ついている。


 彼らは藍音らが関わった【A級案件】のサポートとして手配された能力者。これで任務自体も達成、再び元の情報収集などの任務へと戻っていくだろう。最初は恭介と彼らだけで始まった闘いは、今や新たな3人の仲間を迎えて終わろうとしている。無事に終わった安堵と、少しの寂しさと、様々なものを噛みしめていた。


「二人とも呑んでる~!? お祝い事ならはしゃがないと損よ!」

「わわっ、千寿さん呑んでるんですか!?」


 『薔薇屋敷』では千寿の力も大きかった。


 メンバーを集めづらい中で、無理を言って参加してもらったのだ。一時は敵対した小栗には初見殺しの技能もあったので、3人だけでは対応できなかったかもしれない。4人だからこそ乗り越えることができて、最終的に小栗も仲間に出来たのだ。


「なによ! 誰も欠けることなく任務達成できた。新しい仲間も迎えられた。これを呑んで祝わずして、いつ呑むっていうのよ!」

「うわ、もう出来上がってるじゃないですかぁ。って真代さんどこ行くんですか!?」

「後は任せたわ。私は、そうね……小栗の水やりでもしてくるわ」

「ちょっ、絶対今考えたでしょ!? 水やりってなんですか~!!」


 まんまと修を生贄に捧げて、千寿から逃げおおせた真代。


 後ろでは千寿に捕まった修の悲鳴が虚しく響くのだった。



 *



 小栗の水やりと称して抜け出した真代は、飲み物片手に小栗を探していた。


 真代や修は基本的に隠密。任務において、他人と関わることはあっても、それは一時的なもの。一つ終われば、すぐ次の任務があてがわれ、基本的に交流を重ねることなどはなかった。


「……」


 飲み物片手に一人物思いに耽る。


 思えばいつにもましてハードな案件だった。真代は元々前線に出るタイプではない。にも関わらず、どの任務も前線と同じ位置に立ち、危険も多かった。最後の任務、修は止めたが、真代は再び戦場へと戻っていた。今までの自分では取らなかったであろう選択。


 真代は自分の実力を過信しない。


 やりがいなどは二の次だ。報酬以上の働きはしない。熱くなって己の領分を超えた能力者は、高い確率で破滅へと向かっていったからだ。真代は裏方として、そうした能力者を多く見てきた。


(ほんとに私らしくもない……)


 恭介に限らず、全員が熱かった。


 何かに必死で、求めたものがあって、守りたいものがあって、救いたいものがあって。敵として相対しても、嫌いにはならなかった。そこに熱を感じたから。自分自身そう振り返って、やはりらしくないなと思う。任務を好き嫌いで振り返ったことなど、久しくなかったのだから。


「あ、小栗……」


 声を掛けようとして、動きを止める。


 小栗は『薔薇屋敷』の【A級案件】で敵対した時と比べて、恐ろしく能研に馴染んだと思う。元々素直で可愛がられるタイプだったのだろう。後の任務においても、非常に優秀な活躍をした。それこそ、真代の手など必要もないぐらいに。


 何故か声を掛けるのが躊躇われた。


 今小栗は成子と藍音、今回の主役勢ぞろいと言っていい面子で談笑していた。


 彼女達がこれから関わる任務は【S級案件】。真代もあまり詳しくは聞かされていないが、厳しい任務になることは間違いないだろう。日々を後悔なく過ごす、それが能研所員の鉄則。厳しい戦闘に身を委ねる能力者ほどそうだ。明日があるかどうかは、誰にも分からないのだから。


「日々を後悔なく過ごす」

「恭介……」

「真代も、そうだろう?」


 思わず心を読んだのかと疑いたくなるようなタイミング。


 受け取り方によっては、非常にくさい台詞を言っているのだが、おそらくこの男は素なのだ。普段はあまり口数は多くないくせに、その実誰よりも熱い。常に前線に立ち、【A級案件】を攻略へと導いた。


 今は真代の横で、同じように小栗達を端からそっと眺めている。


 正直なところ、あれだけ情報もない中で、ぶっつけ本番に近い作業をやらされたのは、真代の中でもそうそう経験がない。本来は情報班や他部署と綿密に連携を取り、じっくり攻めるべき案件だった。それをほぼ手が借りれない、丸投げ状態で回されたのは、よほど何か事情があったのか、単純に上に嫌われているかだろう。


 これで上に気に入られているから、というふうには考えたくなかった。


「小栗」

「……あっ」


 真代が声を掛ける。


 声に気付いた小栗は、頭にエクスクラメーションマークをピロンと表示したような勢いと仕草で、真代に駆け寄ってきた。小栗の王子様、というのは冗談ではあるが、小栗も真代に懐いている。甘え上手な彼女は、人と距離を積極的に詰めようとしない真代の心もキャッチしているのかもしれない。


「やあやあ、お二人さんも楽しんでる?」

「私もお呼ばれしてよかったのかな……」


 合流した恭介達に声を掛けてきたのは、古賀姉妹。


 『怨念髑髏』の【A級案件】では大立ち回りを繰り広げた、姉の芽衣子と妹の成子だ。関係者という意味では、姉の芽衣子も当事者である。姉妹共有の能力『悪意の巣(マリシアスネスト)』。今後の【S級案件】も控えているので、能研データベース上の更新は見送られたが、今までの能力における常識が覆された、大きな案件となった。


 そんな二人は、形は違えど同じく能研の扉を叩いた。


 妹の成子が恭介のチームへと入り、姉の芽衣子は解析班への所属を目指して、勉強に励んでいる。能研は基本的に入所希望の人材はウェルカムではあるが、特定の部署を希望するのであれば、ある程度求められるハードルは上がる。今は個人的な繋がりもあり、解析班の班長も務める光に色々宿題を出されているらしい。


 成子も感情のコントロールは喫緊の課題だ。


 強力な能力であればあるほど、その扱いには細心の注意が求められる。ソロであればそれはただの自己責任で終わるが、チーム単位で動くのであれば、それはチーム全体の死活問題になる。


 笑顔の裏に隠した激情は、まさしく諸刃の剣だ。


 実際憑神と千寿、恭介との話し合いにおいても、扱いづらさは指摘されていたが、このままチームとして活動してもらうことに決まった。あれほどの能力、人材を使わずして【S級案件】を乗り越えることは難しい。


「そっちも楽しんでるようで何よりだ」

「可愛い女の子も多いしね。旦那も眼福なんじゃない?」

「お前はどういう目線なんだ……。だが、メンバーに恵まれた実感はあるよ」

「……はぁ~、とんだ天然垂らしだね、ほんと」


 小栗と真代がじゃれあうのを微笑ましく見守る成子と恭介。


 芽衣子は光と能力雑談に花が咲いているらしい。一つの事を突き詰めるタイプの二人は、きっと話も合うのだろう。全員の努力で掴んだのが、この光景だ。今は敵味方もない。本音で語り合ったからこそ、今は安心して背中を任せることができる。


「皆元気そうで何よりです、ふふ」

「姐さんもお変わりないようで!」「姐さん! 飲み物お持ちしましょうか!」

「姐さん! 次はいつ会えますか!」「姐さん!」


 【黒天鳴音】のメンバーに囲まれているのは、藍音だ。


 がつがつした男達のアプローチも天使の、いや女神の微笑みで軽々いなしている。


 元々個別に回復をしたりして街を練り歩いていたため、密かに好意を寄せていたメンバーは多かった。そんな中、リーダーである鳴守を救ったことにより、チームは藍音の舎弟組織化。本人もそれを受け入れたため、加恋のようにチームの姐さんとして、慕われる存在になっていた。


 彼女の協力を取り付けられたことは大きい。


 今後彼女を通じて、1区の裏町情勢を把握できたり、能研とはある種切り離されたところで動ける強みはあるだろう。


「おう。こいつも正式にチームのメンバーとなった。挨拶しとけ」

「その、色々迷惑かけてごめんなさい」

「あ、鸚哥ちゃん!」

「う……今はメンバーと、その一緒に居たいから……これからよろしくお願いします」


 すっかりしおらしくなり、可愛さというか妹成分がましましになった鸚哥。


 加恋は宣言通りめちゃくちゃに可愛がり、チームの男衆も鸚哥をちやほやさせることに余念はない。今は彼女もただその愛情を受けるだけでなく、何を返せるかを一生懸命考えている。そのことが何よりも嬉しい藍音は、熱烈なハグで歓迎の意を示した。


「『災厄破片』の様子はどうだ?」

「あん? 安定したもんよ。……眠った力を内に秘めてるって恰好よくないか?」

「元気そうで何よりだ」


 恭介の問いに雑に返す鳴守。調子がいいのはいつも通りだ。


 こうして戦場ではなく、団欒の場で言葉を交わすのがまだ少し変な感じもするが、今はお互いわだかまりはない。己のけじめとして、藍音の舎弟組織化を自ら提案した鳴守。どこまでも恭介との決着、勝利に拘った男であったが、それを呑み込んで、即実行に移してみせた。彼にとって【黒天鳴音】の存在は、今やとてつもなく大きなものになっていたのであろう。


 一時の幸せを全員で味わう。


 小栗も、成子も、藍音も、何か一つでも間違えていたら、この場にいなかったかもしれない。もちろん彼女達だけではない。憑神、千寿、芽衣子、鳴守、加恋、鸚哥、【黒天鳴音】の面々。全員に役割があって、全員に意味があった。誰か一人でも欠けていたら駄目だったのだ。


 【薔薇屋敷】-『嘆きの華』宇奈月 小栗。

 【怨念髑髏】-『悪意の巣』古賀 芽衣子&成子。

 【街角女神】-『癒しの輪』藍音 クラウン。


 恭介に課せられた3つの【A級案件】は、全てクリア。


 戦力増強という意味でも、最高の結果に落ち着いたと言える。しかし、それは単なる前提条件。これからは、恭介を含めた4人が主軸となり【S級案件】に挑んでいくこととなる。


 鬼が出るか蛇が出るか。


 鸚哥という前例を乗り切った彼らではあるが、未だ見ぬは『災厄破片』の脅威。人を容易に狂わす怪しい魅力を秘めた、紫の炎。人を惑わす、【大災厄】の欠片。その脅威が微かに語られる中で、【大災厄】の本質とは。


 【大災厄】を引き起こした【原初の悪魔】。


 それの存在はいっそ不自然なまでに秘匿されている。10年前のあの日、いったい何が起こったのか。歴史の証人達は、一様に口を閉ざす。ならば、なればこそ歩みを止めてはいけない。


 幼馴染を救うため。


 例え個人的な動機と切り捨てられようが構わない。何よりもただ、己が信じるもののために。



 恭介は新たな仲間を得て、新たな領域【S級案件】へと挑むのだった。

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