第8話 戦術とは
三人でギルドの受付に行くと、バルトが書類にペンを走らせた。
「パーティー登録は全員のランクの平均で決まる。三人とも、まだFだな」
それからルカをちらりと見た。
「ルカ、お前、本当にこいつらと組むのか。お前ほどの魔法使いが」
「実力は見せてもらいました。それだけです」
「……そうか」
バルトはそれ以上何も言わなかった。ただ、ほんの少し安心したように肩の力を抜いた。
最初の三人での依頼は森の小鬼討伐。Fランクの定番だ。
「リッカが前、ルカが後ろ。リッカは小鬼を叩いて、ルカは遠くから援護してください。私は……見ています」
「見てるだけ、ですか?」
「適材適所です」
「はい! でもキノさんがいてくれると安心します!」
無邪気な言葉に胸が少しだけ痛んだ。何もできない自分が「いる」だけでいいのか。
森の奥から小鬼の群れが飛び出してきた。五匹。
「行きます!」
リッカが新しく借りた木槌で、先頭の一匹を粉砕する。
「水よ!」
ルカが杖を振った。水の槍が、リッカの頭の上を飛び越え―
ばしゃあっ。
水がリッカの背中に直撃した。
「つ、冷たいっ!」
「あ…………」
ルカが凍りついた。杖を握り直す。何度も。
「……っ、あなたが急に動くからです!」
言ってからルカの顔が一瞬強張った。言い過ぎた、と顔に書いてある。でも取り消す言葉は出てこなかった。
「す、すみません! 私が悪いんです! えへへ、足がすべって!」
リッカが慌てて笑った。足元がぬかるんでいたのはルカの水のせいだ。それでもリッカは笑って自分のせいにした。
そこへ小鬼が殴りかかる。
「リッカ!」
リッカは尻餅をついたまま木槌を横に振った。
ゴッ。
小鬼がまとめて二匹、吹き飛ぶ。
残りの小鬼は悲鳴を上げて逃げていった。なんとか撃退はできた。ただ、リッカはずぶ濡れ、ルカは唇を噛んで黙り込み、俺は何もしていない。
三人とも、帰り道は一言も喋らなかった。
ギルドの酒場で、バルトが麦酒をあおりながら言った。
「で、噛み合わなかったか」
「ええ。完全に」
「そりゃそうだ。前衛と後衛がお互いのクセを知らないんだろう。最初はそんなもんだ。……まあ、いいんじゃないか」
バルトはジョッキを置いた。
「お前、そこで何もしないのか。キノ」
「何も、とは」
「現場の責任者ってのはな、前に出て戦う奴のことじゃない。全体の動きを見て、指示する奴のことだ」
その言葉で俺ははっとした。
冥界で八年。俺は部下の配置を決めて、仕事の流れを整える係長だった。戦えない。でも人の動きを見ることなら、八年やってきた。
「……ありがとうございます、バルトさん」
「礼を言われるようなことはしてない」
バルトはぷいと麦酒に視線を戻した。
その夜、宿の前でルカを見つけた。一人で夜空を見上げている。
「ルカ。少しいいですか」
「……謝る気はありませんから」
「謝罪は求めていません。確認したいだけです」
「確認?」
「今日の水魔法のことです。あれは狙いが外れたんですか。それともリッカの動きが読めなかった?」
ルカはしばらく黙っていた。
「…………後者です」
声が少し低かった。
「前のパーティーでも同じでした。味方を巻き込むから危ない。使えない。そう言われて。……だから今日も」
それ以上は言わなかった。でも杖を握る指がまた白くなっていた。
「分かりました」
俺はそれだけ言った。励ますのは違う気がした。
「明日、やり方を変えましょう。リッカの動きは私がなんとかします」
「……何をするつもりですか」
「報連相、ですかね」
翌日。もう一度、小鬼の依頼を受けて森へ向かった。
「作戦を変えます。まず合図を決めましょう」
「ほうれんそう?」
リッカが首をかしげた。
「報告、連絡、相談のことです。仕事の基本です」
三人で円になって説明する。
「リッカは前に出る前に、必ず『行きます』と声を出す。それが合図です。ルカはその声が聞こえたら、リッカの射線から体をずらして左側から撃つ」
「左側、ですか」
「はい。そしてルカは小鬼の足元を水で濡らして動きを止める。攻撃ではなく足止めに使うんです」
ルカが目を見開いた。
「……水で足止めを。私の魔法は倒すために使うものだと、ずっと」
「ルカの魔法は攻撃じゃなくても強い。そこが水魔法の良いところです」
ルカは杖を握りしめた。唇がわずかに動いたが、言葉にはならなかった。
「は、はい! 『行きます』って言えばいいんですね! 私、言います! 大きな声で!」
リッカが元気よく手を挙げた。ルカが小さく息を吐いた。
「……あなたは本当に素直ですね」
「えへへ、ありがとうございます!」
「褒めていません」
森の奥で小鬼の群れが現れた。
「行きます!」
リッカの声。ルカがすぐさま左へ回り込む。
「水よ、足を絡め取れ!」
小鬼たちの足元が一斉にぬかるんだ。動きが止まる。
「いまだ、リッカ!」
「うりゃあああ!」
木槌が小鬼たちをまとめて薙ぎ払う。
ドゴォォォン!
土煙が収まった時、立っている小鬼は一匹もいなかった。
報連相、異世界最強説。
「できました! キノさん、できました!」
「……悪くない、です」
ルカが小さくつぶやいた。
「悪くないどころじゃないですよ。完璧でした」
「……少しだけ、そうかもしれません」
ルカはそっぽを向いたまま、口の端をわずかに上げた。
三人でギルドへ戻る道。リッカが俺の袖を引いた。
「キノさんって、戦ってないのに一番すごいですね」
「そうですか?」
「はい! 私、キノさんと組んで本当によかったです!」
屈託のない笑顔だった。胸の奥のさっきの痛みが少しだけ和らいだ。
隣を歩くルカは何も言わなかった。ただ、その横顔は昨日までよりどこか柔らかく見えた。




