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第7話 岩蟹と、水の魔法

翌日。街外れの岩場。

リッカはさっきから肩紐を触りっぱなしだった。


「リッカ。緊張してますか」


「……はい。あの、失敗したらルカさんに二度と声をかけられなくなるんですよね」


「そうですね」


「……私、頑張ります」


「頑張りすぎなくていいです。あなたの実力を信じてください」


 リッカは一度深呼吸をしてうなずいた。

少し離れた岩の上では、ルカが杖を抱えて腕を組み、完全に見物の構えだった。足まで組んでいる。


「あれが岩蟹です」


 その岩の一つが、ごそり、と動いた。

人の背丈ほどもある蟹だった。甲羅が岩そっくりで見分けがつかない。擬態の無駄遣いだ。


「硬い甲羅は剣では傷もつきません。さあ、どうやって倒すんです? お手並み拝見ですね」


「リッカ、やれますか」


「はい! 新品の木槌、持ってきました!」


借り物の大きな木槌を担いで、リッカが前に出る。

岩蟹が巨大なはさみを振り上げた。


「わっ!」


リッカはひらりと横に跳んだ。はさみが地面を砕く。


「リッカ、右から回って! 脚の付け根を!」


「はい!」


木槌が振りかぶられる。

ドゴォン!

脚が一本、吹き飛んだ。岩蟹がぎゃあ、と泣くような音を出して後ずさる。


「……へぇ」


岩の上で、ルカが小さくつぶやいた。

でも甲羅はまだ割れていない。


「リッカ、もう一度! 今度は背中を真上から!」


「はい! ……うりゃあああ!」


頭上に振り上げた木槌が、渾身の力で叩きつけられる。

ガキィィン!

甲羅にひびが入った。

だがその衝撃で、木槌の柄が根元から割れた。


「あ…………!」


丸腰になったリッカに、岩蟹が残ったはさみを突き出す。


「リッカ!」


その時、背後の岩陰からもう一匹の岩蟹が俺のほうへ飛び出した。

二匹目がいたのか。聞いてない。

巨大なはさみが目の前に迫る。体が動かない。


「――水よ」


静かな声が響いた。

空気が、ひやり、と冷えた。

次の瞬間、俺の目の前に水の壁がそそり立っていた。はさみが水に突っ込んで止まる。水の壁が渦を巻く。蟹の巨体が渦に巻き込まれて宙へ持ち上げられていく。


「――穿て」


水が、刃になった。

ザン!

二匹目の岩蟹が、甲羅ごと真っ二つに割れた。

静寂。

岩の上で、杖を構えたルカがはっとした顔でこちらを見ていた。


「…………あ」


自分でも驚いている顔だった。


「ルカさん。今!」


「か、勘違いしないでください。目の前で人が死ぬのを見ていられなかっただけです」


 ルカはふい、と顔をそむけた。耳が少し赤い。杖を持つ手が小さく震えていた。

その隙に、リッカが折れた木槌の柄を拾い上げた。割れた断面をそのまま握る。


「えいっ!」


 ひびの入った甲羅へ、残った柄の根元を思い切り突き刺した。

バキィン!

一匹目の岩蟹も、割れて動かなくなった。


「や、やった……! キノさん、ルカさん、やりました!」


満面の笑みで振り返り、すぐにルカの顔色をうかがう。合格かどうかを不安そうに待っている。

ルカは岩の上から、しばらく黙って俺たちを見ていた。


「……合格とは言っていません」


そう言って岩から降りてきた。


「でも実力は分かりました。リッカさんは本物ですね。……あなたの実力はまだ謎ですが」


「あ、ありがとうございます……!」


リッカが深く頭を下げた。そして顔を上げて目を丸くした。


「あ、あの、お水! 私、汲んできます! 疲れたので!」


俺はまだ何も言っていない。リッカは空気を読んだのか、折れた柄を抱えて小川のほうへ走っていった。

残されたのは、俺とルカだけだった。


「……ひとつ、聞かせてください」


ルカが俺の目を見た。


「あなたは何ができるんですか。戦えないのに、どうしてそんなに堂々としていられるんです。ただの口だけの人ですか」


ネクタイを直す。

 言うべきか。誰にも話していない。話して気味悪がられたら、この世界で一人になる。

でも目の前の彼女は、嘘を見抜こうとしている目をしていた。ここで誤魔化せば、また「口先だけの人」で終わる。


「……信じてもらえないと思いますが」


俺は小さな声で言った。


「私は、人の才能の大きさが見えるんです」


「…………は?」


「ルカさん。あなたは水魔法が得意で、回復は苦手。そうですよね」


ルカの表情が止まった。


「……誰かから聞いたんですか」


「いいえ。見えるんです。才能の大きさだけ。それ以外は見えません」


「……いつから」


「最初にギルドで見かけた日から」


「…………気味が悪い」


そう言いながら、ルカは唇を噛んでいた。杖をぎゅっと握り直す。


「あなたはすごい人です。ただ、これまであなたの水魔法だけを信じてくれる人がいなかっただけだ。私は回復役を探してるんじゃありません。あなたの水魔法が欲しいんです」


長い沈黙があった。

ルカは目を伏せた。声が少しだけ低くなった。


「……そんなことを言われたのは初めてです」


「ルカさん」


「勘違いしないでください。まだ信じたわけじゃありません。……ただ」


杖を握る手が少し緩んだ。


「あなたたちと組んで損をすることは、なさそうです」


その時、リッカが水の入った革袋を抱えて戻ってきた。


「ルカさん、お水です! あ、あの、私、ルカさんの魔法すごくかっこよかったです! よかったら一緒に……!」


ルカはリッカの顔を見て小さく息を吐いた。


「……仕方ありませんね。言っておきますが、私は口が悪いです。後悔しても知りませんよ」


「大歓迎です!」


「……では、よろしく。足を引っ張らないでくださいね」


ルカはそっぽを向いたまま言った。

リッカが嬉しさのあまり足をぱたぱたさせている。


――採用、決定。

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