第5話 壊れたハンマーと、断る勇気
「Dランクの大牙猪を、Fランクが……?」
ギルドの受付で、報告を聞いた職員が書類を取り落とした。
「倒したのは、リッカです。木の幹で」
「き、木の幹で……?」
「たまたまなんです! たまたま、手に馴染んで!」
リッカが肩紐を触りながら慌てて手を振る。たまたまで猪は飛ばない。
周りの冒険者たちが、ざわっとした。
「手に、馴染む……?」
「木が、手に馴染むのか?」
「いや、木は、普通、手に馴染まないだろ」
もっともだ。ツッコミを入れたいのは俺も同じだった。
バルトがカウンターの向こうから顔を出した。
「牙だけでも、結構な値で売れるぞ。……本当に、お前らだけでやったのか」
「はい」
「そうか」
バルトはそれだけ言って無精ひげを撫でた。言葉は少ないのに、目がほんの少しだけ見開かれていた。
牙の買い取りで、報酬は銀貨三十枚。薬草の十倍だ。
ギルドがざわついた。
「あのFランクの子が?」
「昨日、三回も断られてたやつだろ」
リッカは小さくなって肩紐を握っていた。
「……キノさん。ここ、居心地が悪いです」
「無理に聞かなくていいですよ。それより、武器屋に行きませんか」
「武器屋、ですか」
「今日の、あの感じを、確かめたくて」
リッカの顔がぱっと明るくなった。
「はい! 行きたいです!」
*
武器屋には剣や槍、斧がずらりと並んでいた。
「あの感じに、近いものが、あるでしょうか」
「うーん……あ、これです!」
リッカが指さしたのは、棚の端の大きなハンマーだった。鉄の頭がついた戦槌。成人男性でも両手でやっと持てる大きさだ。
「店員さん、これ、試してもいいですか!」
「いいけど、嬢ちゃん、それは重いよ?」
リッカはハンマーを片手でひょいと持ち上げた。店員の目が点になる。ハンマーの柄を確かめるように握り直す。
「…………あ」
「どうしました?」
「手に、吸い付くみたいです。……こんなの、初めて」
小さな声だった。感動しているというより、信じられないものを確かめている声だった。
「裏の丸太で、試し打ちしてもいいよ」
リッカは丸太に向き直り、大きく振りかぶった。
ブォンッ!
ドゴォォォン!
丸太が粉々に砕け散った。
店員が声にならない声を出す。リッカは自分の手と、粉々になった丸太を交互に見た。
「キノさん、私、これ……」
「ええ。リッカに、合ってると思います」
「……買います! ください!」
「じゃあ、もう一度、感触を確かめて――」
バキッ。
嫌な音がした。
リッカの手の中で、ハンマーの柄が真ん中から折れていた。
三秒、誰も動かなかった。
リッカの顔から、笑顔がすうっと消えた。
「す、すみません! 弁償します! ごめんなさい!」
「いや、嬢ちゃん、これ、うちで一番頑丈な戦槌だったんだが……」
店員が頭を抱えた。
「ごめんなさい……私、また、壊して……」
リッカは笑おうとしていた。笑おうとして、口の端が震えていた。
「リッカ」
俺はできるだけ静かに言った。
「壊れたのは、リッカのせいじゃありません。ハンマーの強度が、足りなかっただけです」
「でも」
「リッカの力が、ハンマーより強かった。それだけのことです」
「…………」
「いい結果ですよ。強さの上限を、確認できたんですから」
「確認……」
リッカは少し間を置いて、ふっと息を吐いた。
「……キノさん、すぐ、そうやって言ってくれますよね。私が落ち込む前に」
「そうですか?」
「はい。……ありがとうございます」
その日は丈夫な木槌を借りることにした。
俺は折れたハンマーを見ながら思っていた。SSの力に耐えられる武器は、既製品にはない。どこかに、腕のいい鍛冶師がいるはずだ。
*
ギルドに戻ると、周りの視線が変わっていた。
「おい、さっきの嬢ちゃん、すごいらしいぞ」
「俺たちのパーティーに、入らないか?」
昨日リッカを断ったCランクの冒険者が、愛想笑いで声をかけてきた。
リッカが固まった。肩紐を握る手が小さく震えている。三度、断られた相手だった。
俺は口を開きかけて、やめた。これは、俺が答えることじゃない。
「…………あの」
リッカが小さな声で言った。
「すみません。私、キノさんと、組んでるので」
「いや、悪い話じゃないだろ? Fランクと組むより」
「…………」
リッカは一度、息を吸った。
「キノさんは、私のこと、受け入れてくれたんです。誰も組んでくれなかった時に。だから、すみません」
男は気まずそうに去っていった。
リッカがへなへなと近くの椅子に座り込んだ。
「……こ、怖かったです」
「よく、言えましたね」
「えへへ。足、震えてます」
バルトがジョッキを置いて、ぼそっと言った。
「いい断り方だった。覚えとけ、お前ら。……まあ、いいんじゃないか」
その言い方がバルトなりの褒め言葉だと、後で知った。
*
その夜、また夢に部長が出てきた。
「木野くーん。聞こえるー?」
「……また、部長ですか。取消印の件は」
「調べてる調べてる! ほんと、調べてる! それよりさ、ちょっと頼みがあるんだよ」
はぐらかされた。でも、仕事の話なら断る理由はない。顔を仕事の顔に切り替える。
「……内容を、確認します」
「出張扱いにしてあるからさ、ちょっとは仕事の実績が欲しいんだよ。異世界で死んだ魂の履歴書が、冥界に溜まっててね。君、そっちの世界の魂を読めるでしょ? 確認してほしいんだ」
部長が光る巻物をひらりと差し出した。受け取ると、いくつもの履歴書が頭の中に流れ込んでくる。
【前世:冒険者。ホーンラビットに倒された】
【前世:商人。盗賊に襲われた】
普通の履歴書だ。だが、その中に、一つだけ違うものがあった。
【前世:森の狼。冒険者に討たれた】
「……狼?」
「ああ、それね。ときどき混ざってるんだよ。魔物の魂も、冥界に来るから」
「魔物にも、魂が……?」
「そうだよー。じゃ、確認よろしくねー!」
一方的に切れた。
目を覚ますと、窓の外が白み始めていた。
魔物にも、魂がある。
それなら、魔物にも、履歴書は、あるのか?
(第5話 完)




