第3話 SSなのに、勝てない!
翌朝。ギルドの掲示板の前で、リッカが、目をきらきらさせていた。
「初依頼です! キノさん、初依頼です!」
「はい。まずは、これにしましょう」
【依頼:森の薬草(月光草)十束の採取 報酬:銀貨三枚】
「Fランクの定番だ。森の浅いところなら、魔物も弱い」
バルトの説明を聞きながら、リッカは、鎧のベルトを三回、締め直していた。緊張している。
森は、木漏れ日が綺麗で、鳥の声がする。ピクニックみたいだ。
「キノさん、薬草は、この白い花の根元に生えてます!」
「詳しいんですね」
「村では、薬草摘みもやってましたから! えへへ。あの、敬語じゃなくて大丈夫です。私のほうが年下ですし」
「……じゃあ、お互い、様子を見ながら、で」
「はい! あ、了解です!」
リッカは、小さな体で、ちょこちょこと動く。リスみたいだ。ただし、背中に長い剣を背負ったリス。
半分ほど集めた頃、リッカが、ぱん、と手を叩いた。
「キノさん、お昼にしませんか! これ、母が持たせてくれたんです」
布に包まれていたのは、木の実のパイだった。少し、形が崩れている。
「母の得意料理で。村を出る時に、たくさん焼いてくれて。まだ、少し残ってるんです」
「いただきます」
一口かじる。素朴な甘さが、舌に染みた。
「……おいしい」
「ほんとですか!? よかったぁ!」
リッカは、パイを見つめながら、笑った。
「うち、屋根が傷んでて。雨のたびに、バケツが五個出るんです。私が稼いで、直してあげたくて。それで、冒険者に」
笑顔だった。でも、その笑顔が、ほんの少しだけ、頑張りすぎているように見えた。
「この剣も、村の鍛冶屋のおじさんが、餞別にくれたんです。……折れても、きっと、捨てられません」
リッカは、腰の長い剣を、ぽんぽんと叩いた。
その時。
「ギッ」
茂みから、赤い目の小型の魔物が、飛び出してきた。額に角のあるウサギ。ホーンラビット。Fランク向けの、定番の相手らしい。
「来ました!」
リッカが、剣を抜く。踏み込み、一閃。
……カン。
乾いた音。ウサギは、わずかに弾かれただけだった。
「えっ?」
ウサギの頭突きが、リッカの鳩尾に入る。尻餅。
「いたた……! もう一回です!」
立ち上がって、もう一度、斬る。浅い。もう一度。浅い。
三回目。ようやく、ウサギは倒れた。ウサギ一匹に、息が上がっている。
「す、すみません。すぐ、倒せなくて」
「いえ。怪我は?」
「ないです! 全然! えへへ、私、いつもこうなんです。村では力持ちって言われてたのに、剣だと、なぜか全然、威力が出なくて……」
笑顔のまま、声が、少しずつ小さくなっていく。
「理由が、自分でも、分からないんです。剣を変えたり、振り方を変えたり、いろいろ試したんですけど……ずっと、こうで」
右手が、肩紐を握っていた。
俺は、彼女の頭上を、もう一度見た。武力、SS(?)。やっぱり、SSだ。間違いない。
それなのに、ホーンラビットに苦戦している。冥界で八年、何万の魂を読んできたが、こんなケースは見たことがない。才能の大きさは分かる。でも、なぜ発揮されないのかまでは、この履歴書は、教えてくれない。
そして、それを、彼女に伝えるべきなのかも、分からなかった。
「あなたは本当は、すごい」と言って、もし何も変わらなかったら。期待させて、また落とすことになる。
「……そうですか」
俺は、それだけ言った。
「今日は、原因を探さなくていいと思います。薬草を集めて、無事に帰る。それが、今日の仕事です」
「…………」
リッカが、少し驚いた顔で、俺を見た。
「……はい。そう、ですね」
肩紐から、手が離れた。
「ありがとうございます。キノさん」
小さな声だった。
そうこうしている内に、薬草は十束集まった。
「やりましたね! 初依頼、成功です!」
「はい! 帰ったら、母に手紙を――」
リッカの足が、止まった。
「……キノさん」
「はい」
「鳥の声、しませんね」
言われて、気づいた。さっきまで、うるさいほど鳴いていた鳥が、一羽もいない。
地面が、かすかに、震えている。
ずしん。
ずしん。
ずしん。
「…………リッカ」
「はい」
「後ろ、見ないほうがいいかもしれません」
「見ます」
「見るんですね」
リッカが、ゆっくり、振り返った。
木々の奥から、巨大な影が、こちらへ向かってきていた。




