第2話 Fランク、おめでとうございます
冒険者ギルドは、思ったより普通の建物だった。木のカウンター、掲示板、奥には酒場。市役所と居酒屋を合体させたような空間だ。
「いらっしゃいませ。新規の方ですか?」
「はい。登録をお願いしたくて」
受付の女性に案内されて、水晶玉の前に立たされた。
「それでは、ここに手を置いてください。戦闘能力を測定します」
言われた通りに、手を置く。
水晶が、光らない。
うんともすんとも、言わない。
「あの、壊れて――」
「正常です」
すごい間の取り方である。
「戦闘能力、ほぼゼロ。Fランクです。おめでとうございます」
おめでとう、の意味が分からない。
「Fランクは、薬草採取が中心になります。あ、それと、Fランクは二人以上でないと依頼を受けられないのでご注意を。」
待て。冒険者としての価値ゼロの人間に、仲間探しまで要求するのか。冥界の人事でも、ここまで無茶な要件は出さなかった。
後ろに並んでいた男が、俺のスーツを見て、ぷっ、と吹き出した。ネクタイを直す。
掲示板を見る。「前衛募集」「魔法使い求む」「Cランク以上限定」。Fランク歓迎の文字は、一つもない。
無一文、身元不明、組む相手なし。三重苦だ。
「新人か?」
声をかけてきたのは、体格のいい無精ひげの男だった。
「俺はバルト。ここの現場責任者だ。Fランクの単独が通らんのは、悪いが規定でな」
頭上の履歴書は、統率力B、ほかC。無精ひげを撫でながら、俺を見て、ため息をついた。
「そうだな、Fランクと組んでくれる奴は、なかなかいない。みんな戦力になる奴と組みたがるからな。……まあ、ああいうのもいるが」
バルトが顎で示した先で、小柄な女の子が、Cランクのパーティーに頭を下げていた。
十六歳ぐらいだろうか。明るい髪が、ぴょこんと跳ねている。使い込まれた革鎧は、体に少し大きい。腰には、体に不釣り合いに長い剣。
「あの、私、前衛やれます! 力だけは、あるので!」
「あー、悪いな、Fランクはいらないや」
「……そう、ですよね! 失礼しました!」
深々と頭を下げる。笑顔だった。けれど、顔を上げる前の一瞬、右手が、鎧の肩紐をぎゅっと握っていた。
「あれで何度目だったか」
バルトが、小声で言った。
「リッカ。村から出てきて三か月、まだFでな。剣の腕は悪くないんだが…」
その時、俺の目に、彼女の履歴書が映った。
【魂の履歴書】
武力:SS 運:B ほか:D〜C
「…………SS?」
思わず、声が出た。
冥界で八年、何万の魂を読んできた。SSなんて、ほとんど見たことがない。
SSなのに、断られている?
その時、リッカが、こちらを向いた。ギルドの中に、Fランクはもう、俺と彼女しか残っていなかった。
「あ、あの……」
ぎこちなく近づいてくる。さっきの笑顔は、もう消えかけていた。
「Fランクの、方ですよね? もしよかったら、私と……い、いえ、すみません、いきなり。ご迷惑ですよね」
言いながら、一歩、後ずさった。断られる前に、先に引こうとしている。その癖が、痛いほど見て取れた。
「いえ」
俺は、ネクタイを直しながら言った。
「実は、組む相手が見つからなくて、困っていました。こちらこそ、お願いできますか。戦えませんが」
「…………え?」
リッカが、ぽかんと口を開けた。
「いいん、ですか? 私で……?」
「はい。ぜひ」
「あ、あの、その」
足が、ぱたぱたと動いている。嬉しいのを、自分でもどうしていいか分からないらしい。
「よ、よろしくお願いします! リッカです! 力しか取り柄がなくて、剣も下手で、ご迷惑をおかけするかもしれないんですけど……!」
「木野です。キノでいいです。こちらこそ、頼りなくて申し訳ない」
「そ、そんな! 頼りなくなんて!」
慌てて手を振った勢いで、鎧がガシャンと鳴った。
バルトが、無精ひげを撫でた。
「余り者同士か。……まあ、いいんじゃないか」
その声は、さっきよりも、少しだけ、柔らかかった。
その夜。バルトに紹介された安宿の、軋むベッドの上で、俺は天井を見ていた。
無一文、身元不明、Fランク。唯一の武器は、才能の大きさが見える力。そして、相棒は、SSなのに断られ続けている女の子。
あの手の握り方が、頭から離れなかった。自分で笑って、自分で頭を下げて。八年間、俺も似たようなことをしてきたから、分かる。
眠りに落ちかけた時。
「木野くーん、聞こえるー?」
夢の中に、部長が出てきた。
「…………部長」
「うんうん。始末書はちゃんと書いてるから、安心して。でね、このこと、あんまり他の人には言わないでね。内緒ね、内緒。上には、木野くんは『異世界出張中』ってことにしてあるから、そのつもりでねー」
怒りが、ようやく来た。静かに、重く。
「なぜ、中身も確認せずに、押させたんですか」
「いやー、あれはほんと、たまたまでさー。ほら、書類が多くてさー」
「…………念のため、確認します。私は、戻れるんですか」
部長の声が、一瞬、泳いだ。
「あー、それはー。取り消しには、承認者の取消印と、監査への届出がいるんだよね」
「監査への、届出」
「でも、ほら、それをやると、始末書が、ね? ね? だから、調べとくね! じゃ、頑張ってー!」
一方的に切れた。
暗い天井だけが、残った。
取消印と、監査への届出。つまり、部長にとって、俺を戻す手続きは、自分の首を絞める手続きだ。絶対、まともに調べる気がない。
俺は、ネクタイを握りしめて、目を閉じた。
まったく、あの人は始末書では足りないな。




