第15話 ギルドからの依頼
依頼書の山はアルプス山脈のごとく聳え立っていた。見覚えのある光景だ。冥界の俺の机とそっくり同じだ。
「今日も帰れそうにねぇな…」
バルトが頭をかかえていた。
俺は掲示板を見上げた。壁一面の依頼書。酒場には順番を待つ冒険者の列。誰もが自分に合う仕事を探して、うろうろしている。冒険者の頭上には履歴書が浮かんでいるが、そのどれもがばらばらの方向を向いていた。
「…………」
「どうしたキノ」
「確認します。この依頼の割り振りを、私にやらせてもらうことは、可能ですか」
バルトの目がぎらりと光った。
「いずれ俺の方から言おうと思ってたんだがな」
「ただしその前に、現状分析を」
その日の午後、俺はギルドの古参の冒険者を、順番に訪ねた。槍使いの大男。弓使いの老婆。盾の名手の中年。
「ご意見をいただきたく。依頼の振り分けで、不満に思っていることはありませんか」
三人ともきょとんとした。誰かに意見を聞かれたのは、十年ぶりだと弓使いの老婆は言った。夕方には三人とも俺の味方になっていた。
そして夜。ギルドの奥の部屋にギルド長が現れた。年老いた小柄な女性だった。杖をついているのに背筋だけは、定規のようにまっすぐだ。
「素性の知れん男に、依頼の名簿を預けろと?」
声は低く通る。部屋の空気がぴんと張り詰めた。
「はい。こちらに稟議書を用意しました」
「りんぎしょ」
差し出した紙にはすでに、いくつもの印が並んでいる。バルト。槍使いの大男。弓使いの老婆。盾の名手。ギルド長は紙を端から端まで読んだ。
長い沈黙のあと眼鏡をずらして、俺を見た。
「……根回しというやつか」
「はい。決める前に聞いておくのが、事務の基本です」
「一日だ」
ギルド長は紙を机に置いた。
「明日一日で積み残しが片づかなければ、継続は無しだ」
「承知しました」
部屋を出る時、内ポケットは、静かなままだった。
翌朝。酒場の入口から冒険者の列が、外まで伸びていた。
「俺の適職は?」
「最後尾にお並びください」
「俺の適職は!?」
「最後尾にお並びください。順番にお呼びします」
俺は大きな机の上に依頼書と、冒険者の名札をずらりと並べた。盤面のようだ。駒を動かす。依頼書を名札の隣へ。名札を別の依頼書の隣へ。
「ええと貴方は…。荷運びではなく、護送の護衛任務をオススメします」
「俺は荷運びが得意なんだが…」
「得意なのは、荷物を守ることですよね。こちらの方が報酬も多いですよ」
「……そう言われると、そうかもしれん」
履歴書の内容しか分からない。それでも目の前の人の動き、話し方足取りを見れば置き場所の見当はつく。八年間毎日やってきたことだ。次の一枚を動かそうとして。
「念のため」
俺は手を止めた。もう一度履歴書と依頼書を見比べる。ネクタイを直す。
「……槍使いの貴方。夜間の見張りは、お断りしたほうがいいですね」
「なんで分かった!? 実は俺夜目が利かなくてよ」
「確認しました」
「キノさん、かっこいいです!」
リッカが目を輝かせている。
夕方には三百件が残り一件まで減った。最後の1枚に目を通す。ギルド長は杖で床を突いて、俺の前に立った。
「確認します。……配置完了です」
木製の受付印を書類に押す。ポンと軽い音が酒場に響いた。冒険者たちから歓声が上がった。
「合格だ」
ギルド長は短く言った。
「名前をもう一度」
「キノです」
「覚えた。また頼むこともあるだろう」
「ところで、お前たちはDランク冒険者でもあったな」
ギルド長は杖の先で掲示板を示した。一枚だけ古い張り紙が貼ってある。
【某国、優秀な人材を高待遇で募集中。身分・種族を問わず。詳細は国境の窓口まで】
「あれに応募した者が、戻らん。決まって腕のいい冒険者ばかりだ」
「…………」
「あの張り紙は、一夜のうちに貼られた。誰が貼ったのか、誰も知らん」
バルトが小声で言った。
「調査だけでいい。俺からも頼む」
「承知しました。……道中鍛冶の街を通りますよね」
「ああ。リッカの槌もそろそろ限界だろう。倉庫に大角鹿の角を取ってある。持っていけ」
「バルトさん……」
「街道沿いの老舗に、名の知れた親爺がいる。頼むならそこだ。……まあ頑固だがな」
優秀な人材。才能を持つ者だけを狙った言葉だ。――あの張り紙はいったい、誰に向けて貼られたのか。
背中をひやりとした感触が、這い上がった。




