第14話 冥界出身ですが、死んでいません
「つまりキノさんは、死んでるんですか?」
リッカがパンを持ったまま、真顔で聞いた。朝のギルドの酒場。隣のテーブルの冒険者が、スープを噴きだした。
「死んでいません。出向です」
「しゅっこう」
「異動のようなものです。冥界からこちらの世界へ」
「いどう」
リッカの手の中で小さな音がした。パンが粉になっていた。
「ああっ!私の朝ごはんが!」
「リッカ、落ち着いて」
「すみません!」
向かいの席でルカがハーブティーを啜っている。涼しい顔だ。
「……だから先に言ったでしょう。一度に全部話すと、こうなると」
「ルカさん、知ってたんですか!?」
「昨夜聞きました」
リッカの肩がすとんと落ちた。昨夜のことだ。屋根の上で全てを打ち明けたあと、ルカはこう言った。――リッカにも話してください。あの子だけ仲間外れは後味が悪いので。
俺は頭を下げた。
「あの魔物と会った夜、『勘違いかもしれない』と言ったのは、嘘でした。申し訳ありません」
「…………」
リッカはしばらく黙っていた。右手が鎧の肩紐を握っている。
「……ちょっとだけ、寂しかったです」
小さな声だった。
「ルカさんには話して、私には話してくれないんだって。……でも」
リッカが顔を上げた。目が赤い。それでも笑っていた。
「話してくれたので、いいです! えへへ!」
「リッカ……」
「だってキノさんが、どこの人でも。私に自信を持たせてくれたのは、キノさんです」
胸の奥がつんと痛んだ。その時内ポケットがほんのり温かくなった。冥界から握ってきたあの判子だ。取り出して見ると淡く光っている。
リッカが俺の手元を覗き込んだ。
「あれキノさん、手が光ってますよ?」
「……気のせいです」
「気のせいですか!」
納得してしまうのか。素直すぎる。判子をしまうと光はすぐに消えた。
「バルトさんにも、教えてきます!」
「待ってください、それは私が――」
「バルトさーん! キノさん、冥界の人なんですってー!!」
酒場が静まり返った。全員の視線が俺に集まる。カウンターの向こうでバルトが、麦酒のジョッキを置いた。ゆっくりと。
「……ちょっと、来い」
倉庫の奥。木箱の上にバルトがどかっと座った。
「遠くから来た、というのは嘘だったか」
「はい」
「……申し訳ありません」
「まぁ、いいんじゃないか」
バルトはしばらく俺の顔を見ていた。
「うちの新人を二人、生きて帰したのは、お前だ。冒険者でも、冥界の役人でも、それは変わらん」
「……リッカも、ルカも納得してくれたんだな」
「はい」
バルトはジョッキを持ち上げようとして、倉庫にジョッキがないことに気づき、手を下ろした。
「わかった、ただし約束してくれ。もう嘘はつくな」
「確認します。嘘をつかないですね。念のため書面で――」
「書くな」
「失礼しました」
バルトがふっと笑った。それから右手を差し出した。握るとごつごつして温かかった。内ポケットの判子は静かなままだった。
倉庫を出る前に裏口の小窓から、外を見た。向かいの屋根の上に赤い点が、一つ。まばたきのようにすっと消えた。
「…………コウモリ」
あの夜以来姿を見ていない。けれど今のは確かにこちらを見ていた。冥界の者だと知ってから、バルトに握手されたこの瞬間を。
まるで見届けるように。




