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第13話 全部、話します

夜の宿の屋上は、風が冷たかった。


星が多い。


ルカは手すりの前に立っていた。


湯呑みを一つ持っている。


中には水が入っていた。


水は湯呑みの形のまま、静かに揺れている。


「来ましたね」


ルカは振り向かずに言った。


「約束でしたから」


私は彼女の隣に並んだ。


「話します。全部」


「お願いします」


ルカの声は静かだった。


私は息を吸った。


結論から言おう。


「私は、この世界の人間ではありません」


ルカは何も言わなかった。


「死んだ人の魂を、次の世界へ送る仕事をしていました」


「冥界という場所です」


「そこの輪廻課で、係長をしていました」


湯呑みの水が、少しだけ揺れた。


「魂には、履歴書のようなものがあります」


「その人が持っている才能の大きさが、そこに書いてあります」


「私はそれを読んで、次の行き先を決めていました」


ルカが初めて私を見た。


「……あなたが、私たちの才能を言い当てていた理由ですね」


「はい」


「リッカの才能も」


「見えていました。ただし、大きさだけです」


「何に使えるかまでは、読めません」


「だから見つけるしかありませんでした」


ルカは小さく頷いた。


「では、どうしてここに」


私は少しだけ黙った。


これが一番話しにくい。


「書類です」


「書類?」


「転生の申請書には、申請者の欄と、承認者の欄があります」


「その二つが、逆に印刷されていました」


「私が判子を押そうとした時に、気づいたんです」


「でも、押す直前で」


「止められませんでした」


「結果、私が申請者になって」


「私が、送られました」


屋上に沈黙が落ちた。


風だけが鳴っていた。


ルカはゆっくりと瞬きをした。


「何ですか、それ」


「上司のミスです」


私は目を伏せた。


ルカは真顔のまま言った。


「その上司、今すぐ水に沈めましょうか」


「やめてください」


「本気です」


「分かっています」


「だからやめてください」


ルカの口の端が、ほんのわずかに動いた。


笑ったのかもしれない。


すぐに消えた。


彼女は湯呑みを見つめた。


「信じられません」


「でしょうね」


「冥界も、履歴書も、書類のミスで飛ばされたことも」


「でも」


ルカは続けた。


「あの日の話は、嘘じゃありませんでした」


「あの日?」


「私の水魔法を、初めて見た日です」


「あなたは、私の力の名前を、まだ私が言っていないうちから知っていた」


「あれは、嘘では説明できません」


彼女は湯呑みを傾けた。


水が手すりの外へこぼれ落ちるかと思った。


こぼれなかった。


水は空中で細い糸になり、ルカの指に巻きついた。


形を変えながら、彼女の手の中に戻っていく。


「私は、ずっと思っていました」


ルカの声が少し低くなった。


「あなたが見ているのは、私ではないのだと」


「才能という数字だけを見て、私を仲間にしたのだと」


私は答えられなかった。


否定できない部分が、確かにあった。


最初は、そうだった。


「履歴書は、嘘をつきません」


私はゆっくり言った。


「でも、履歴書は」


「あなたが、湯呑みの前で、水の形を何度も直している姿を教えてはくれません」


ルカが目を見開いた。


「見ていたんですか」


「夜、宿の台所で」


「何度も、やっていましたよね」


「あれは、数字には書いていません」


「才能だけではありません」


「あなたという人を、私は仲間にしました」


ルカは長い間、何も言わなかった。


水の糸が、彼女の指先で静かにほどけた。


やがて、湯呑みの中に戻っていった。


「……ずるいですね」


「何がですか」


「そういうことを、普通の顔で言うところです」


「事務職なので」


「関係ありません」


ルカは息を吐いた。


肩の力が、少し抜けたように見えた。


「分かりました」


「全部を信じたわけではありません」


「でも、信じてみます」


「あなたが私に隠さずに話した。それは、嘘ではありませんから」


「ありがとうございます」


私は頭を下げた。


胸の奥が、少し軽くなった。


ずっと抱えていた重さが、半分になった気がした。


その時だった。


胸の内ポケットが、ふっと温かくなった。


私は手を入れた。


指先に、固いものが触れる。


取り出した。


小さな判子だった。


異世界へ飛ばされた日、私の手に残っていたもの。


使い道もなく、ずっとしまっていたはずの、あの判子。


それが、淡く光っていた。


白とも金ともつかない、柔らかい光だった。


「それは」


ルカが身を乗り出した。


「何ですか」


「……分かりません」


私は正直に答えた。


判子は、私とルカの間で、静かに光り続けていた。


湯呑みの水面にも、その光が映っていた。

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