第12話 昇格と、聞こえた声
夜が明ける頃に、俺たちは鉄の牙の三人を連れてギルドに戻った。
受付がざわついた。
「森の主を、Fランクが……」
「しかも三人で……」
奥からバルトが飛び出してきた。
「本当にやったのか。……無事なんだな」
その声が少しだけ震えていた。バルトは俺たちの顔を一人ずつ確かめるように見た。リッカ、ルカ、そして俺。
「……よく戻った」
短い言葉だった。それだけで、バルトがどれほど心配していたかが伝わった。
「おめでとう。お前たち三人は、本日付でDランクだ」
リッカがぴたりと動きを止めた。
「…………え?」
「Dランクだ。昇格だ」
「…………」
リッカは両手で口を押さえた。足がぱたぱたと動き始める。それからぽろりと涙がこぼれた。
「あ、あれ。すみません、なんで私……」
「リッカ」
ルカが静かにリッカの背中に手を添えた。
「よかったですね。リッカ」
「は、はい……! 母に手紙を書きます……! これで家が直せそうです……!」
リッカはルカの袖を握ってしゃくりあげた。ルカは戸惑いながらも、その手を振り払わなかった。
バルトが俺のほうを向いて、小声で言った。
「キノ。お前は戦ってないだろ」
「ええ。戦っていません」
「それでもお前が一番よく見てる。リッカの力も、ルカの魔法もだ。……あと今回は、ちゃんと俺に聞きに来た。」
「あの時は焦っていました。大変失礼いたしました」
「謝るな。次からやればいい。……まあ、いいんじゃないか」
バルトはぶっきらぼうにそれだけ言った。でもその声は、やわらかかった。
その夜、ギルドの酒場で三人の昇格祝いが開かれた。
リッカはまだ目が赤い。ルカはジュースのグラスを小さく掲げた。
「……乾杯」
「乾杯! ルカさん、さっき私の名前、呼んでくれましたよね! 嬉しいです!」
「そ、それは。つい」
「えへへ!」
リッカが屈託なく笑う。ルカは顔をそむけた。耳が赤い。
テーブルの端には、甘い焼き菓子の皿があった。リッカが頼んだものだ。
「ルカさん、甘いものお好きなんですか? さっきからちらちら見てますよ」
「……別に」
「食べてみてください! おいしいです!」
ルカは少し迷って、焼き菓子を一つ取った。口に入れて、ほんの一瞬だけ目を細めた。
「…………おいしい」
「でしょう!」
隠していたものを見られた顔だった。でも嫌そうではなかった。
俺は麦酒を一口飲んだ。冥界でも異世界でも、仕事のあとの一杯はうまい。
……ただ、この麦酒はぬるかった。
「バルトさん。この麦酒、ぬるいですね」
「文句があるなら、お前が冷やせ」
「ルカ、冷やせますか」
「……私を冷却器にしないでください」
そう言いながらも、ルカは杖の先で俺のジョッキをちん、と叩いた。麦酒がちょうどよく冷えた。
うまい。
「水魔法は便利ですね」
「今さら気づいたんですか」
ルカがふふん、と鼻を鳴らした。得意げだった。
その帰り道だった。
街外れの小さな林の前を通りかかった時、ふと誰かに見られているような気がして足を止めた。
「キノさん? どうしました?」
「……誰かいる気がします」
林の奥の暗がりに、小さな影があった。
猫ほどの大きさ。コウモリのような翼。赤い目。
魔物だ。
ルカが杖を構えた。
「待ってください」
俺は手でルカを制した。
その魔物の頭上に、光る巻物が浮かんでいた。魔物にも履歴書が見えるのか。
【魂の履歴書】
知力:S ほか:D
「……知力S」
魔物が口を開いた。
「…………みつけた」
人の言葉だった。
「えっ!?」
リッカが飛び上がった。ルカも目を見開いている。
「喋った……!?」
魔物は赤い目でまっすぐ俺を見ていた。
「魂を、読む者。……お前、か」
「……!」
背中を冷たいものが走った。なぜそれを知っている。
魔物はそれ以上何も言わず、ばさりと翼を広げた。夜の闇の中へ音もなく飛び去っていく。
「待って!」
追いかけようとしたが、もう影も形もなかった。
「キノさん……今の、何ですか」
リッカが俺の袖を握った。手が少し震えている。
「分かりません。ですが、私たちを待っていたのかもしれません」
「それに『魂を読む』って……。キノさん、今のどういう意味ですか?」
リッカが不安そうに俺を見上げた。
「私にも分かりません。何かと勘違いしているのかもしれませんね」
「そう、ですよね……」
嘘をついた。胸の奥がちくりと痛んだ。
「言葉を話す魔物なんて、聞いたことがありません」
ルカが険しい顔で言った。その声はもう冷たくなかった。ただ真剣だった。
ルカはリッカに聞こえないように、俺の耳元で声を落とした。
「……キノさん。あとで二人で話しましょう」
「はい。あとで」
その時、ギルドの掲示板の前を三人で通りかかった。
新しい張り紙が一枚。
【某国、優秀な人材を高待遇で募集中。身分・種族を問わず。詳細は国境の窓口まで】
掲示板の前で冒険者たちがひそひそと話している。
「また、あの国の張り紙だ」
「才能のある奴ばかり集めてるらしい」
「怪しい話だ。関わらないほうがいい」
才能を集めている?
背筋がぞくりとした。
その夜、夢の中に部長が現れた。
「木野くーん、聞こえてるー?」
「部長。ちょうどよかったです。お聞きしたいことが」
「戻る方法の件は、どうなっていますか」
「あー、うん。順調、順調だよ?」
「順調って何がですか…!!」
夢が途切れた。
目を覚ました時、窓の外はまだ暗かった。
隣の部屋からリッカの寝息と、ルカの小さな寝言が聞こえる。
俺は天井を見つめてつぶやいた。
「才能を集める国、人の言葉を話す魔物…」
これらが俺の前に現れたこと、偶然とは思えなかった。
異世界での俺の仕事は、まだ始まったばかりだった。




