第16話 鉄に聞け
バキッ。乾いた音が鍛冶屋の店先に響いた。リッカの手の中で展示用の大槌の柄が、真ん中から折れていた。
「あ…………」
時間が止まった。三秒後リッカの目が柄に下がった値札へ向いた。金貨三枚。
「あああああ! すみません! 弁償します! 一生かけて払います!」
「リッカ、落ち着いて。まずは息を」
「息が! 金貨が!」
鍛冶の街は街道沿いの大きな宿場だった。通りに鉄を打つ音が途切れない。その中で一番大きな看板が、この工房だ。名の知れた老鍛冶師の店。バルトに言われて俺たちは、リッカの槌を頼みに来た。
店の奥から杖をついた老人が出てきた。濁った目がリッカの手の中の柄を探る。
「……折ったのは、誰だ」
「わ、私です」
「細い腕だ」
老人は鼻で笑った。
「うちは客を選ぶ。そんな腕の娘に、打つ槌はない。帰れ」
「あの、大角鹿の角がここに」
「帰れ」
取り付く島がなかった。リッカが肩紐を握ってうつむいた。笑おうとして笑えていない。
「……キノさん。私やっぱり」
「リッカ」
俺は店の奥を見ていた。炉の前で一人の若い職人が、黙々と鉄を打っている。煤だらけの顔。手ぬぐいで結んだ短い髪。少年かと思った。その頭上に履歴書が浮かんでいた。
【魂の履歴書】
技術力:SS ほか:D
「…………!」
SS。老人の頭上は技術力A。名の知れた職人として十分だ。けれど炉の前の若者のほうが、ひと回り大きい。俺は店先に並ぶ武器を端から見た。剣。斧。槍。
どれも見事だったが、1つだけ雰囲気の違うものがあった。この店の一番高価な剣、壁の一番目立つ所に飾られている。
「……この剣の作者、貴方の名前で並んでいますが」
俺は静かに言った。
「打ったのはあちらの若い人ではないですか?」
店の中が凍りついた。炉の前の槌音がぴたりと止まった。
「……何だと」
振り向いた若い職人が俺を睨んだ。低いよく通る声だった。
「今何て言った」
「いえ、私は――」
「黙れ!」
金槌が床に叩きつけられた。火花が散る。老人がゆっくりとそちらを振り向いた。
「カンナ。そこまでだ」
その声は怒っていなかった。ただひどく静かだった。
「親父、こいつは」
「分かっている。……お客人、今日は、お引き取りを」
俺たちは店を出た。
宿場の端の石垣の陰で俺は頭を抱えていた。
「やってしまいました。」
ルカが冷たい声で言った。
「謝りに行くべきです」
「はい」
立ち上がった時背後から、どすどすと足音がした。
「待ちな」
さっきの若い職人が息を切らせて立っていた。近くで見ると小柄だ。腕が太く手には火傷の跡が、びっしりある。リッカより少し背が高いくらいか。
「……どうして、分かった」
「分かったとは」
「親父の名前で売ってる槌を、あたしが打ってるって。誰にも言ってない。親父にも」
最後の一言はほとんどひとり言だった。俺は嘘をつかないとバルトに約束した。けれどここで「魂の履歴書」と言っても、通じない。
「……鉄がそう言っていたので」
カンナの目がまん丸になった。
「鉄が」
カンナは俺の顔をじっと見た。やがてふいと顔をそらした。耳が赤い。
「……鉄に聞け、が親父の口癖なんだ。あたしはずっと、そうしてきた」
それからリッカの方を向いた。
「そこの娘。さっきの大槌持ってみな」
「は、はい!」
カンナは折れた柄を拾い上げ、リッカの手のひらに断面を押し当てた。
「柄の木が悪かった。……鉄は悪くない」
「え」
「お前の力は鉄が受け止められる。木が持たなかっただけだ」や
カンナは角を受け取りながら、ぶっきらぼうに言った。
「大角鹿の角を、芯に入れる。打つのに三日。その間お前は毎朝、あたしの炉の前で素振りしろ。握りをあたしの目で確かめる」
「は、はい!」
「それと」
カンナが俺をじろりと睨んだ。
「打ち終わったら、あたしもお前らについていく。打った槌が壊れるところまで、見届けたい」
それは職人の静かな宣言だった。
「あたしの名前で、打つ。親父の名は使わない」
声は小さかった。でも迷いはなかった。




