↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
10/16

第10話 負け方の勉強

二日後の夜。ギルドの酒場の隅のテーブルに、俺とルカ、そして包帯の取れたリッカが座っていた。


「リッカ、右肩、本当に大丈夫ですか」


「大丈夫です! 見ててください! えいっ!」


リッカが右肩をぐるんぐるんと回した。回しすぎて、隣のテーブルのジョッキが飛んでいった。


「あっ、すみません!」


「……あなたは安静という言葉を知らないんですか」


ルカが冷たく言いながら、飛んだジョッキをそっと水魔法で受け止めた。さすがだ。

笑いが、ほんの少しだけこぼれた。

二日間、俺はほとんど眠れていなかった。目を閉じると、リッカが宙を舞う光景が浮かぶ。


「で、惨敗か」


バルトがジョッキを置いた。


「大角鹿はEランクの中でも上位だ。いきなり挑ませたのは俺の判断ミスでもある。すまん」


「いえ。止められたのに聞かなかったのは私です」


俺はテーブルの上に紙を広げた。あの日の戦闘を、思い出せる限り書き出したものだ。


「前の仕事で、失敗したら必ず振り返りをやっていました。何がまずかったか、原因を一つずつ潰す。……自分を責めるのはそのあとでいいと、昔、教わったので」


そう言ったものの、教わったのは部下に対してだけで、自分にそれができたことは一度もなかった。


「振り返り、ですか」


「はい。まず事実。突進が想像より速かった。次に足止めが遅れた。そして木槌が壊れた」


「……全部、私のせいですね」


ルカが冷たい声で言った。


「足止めが遅れたのは私です」


「ルカ。原因を探しているんです。犯人探しじゃない」


「同じことです」


「違います。突進の速さを、私たちは事前に知りませんでした。それは情報不足で、私の責任です。ルカの責任じゃない」


「……それでも、私が回復魔法を使えれば、リッカさんはもっと早く立てた」


「それは、関係ないです!」


リッカが思わず声を上げた。


「ルカさんの水があったから、私、逃げられたんです! あの霧がなかったら、私、きっと……!」


「……あなたは黙って飲み物でも飲んでいなさい」


ルカはそっぽを向いた。でもその耳が少し赤かった。

俺は静かに言った。


「ルカ。回復は、いらない」


「…………え?」


「私たちに必要なのはルカの水魔法です。それと撤退を決める力。あの日ルカが目くらましを出してくれたから、全員生きて帰れた。逃げるのも立派な戦力です」


「…………」


ルカは何も言わなかった。ただ、杖を握った手が膝の上でゆっくりほどけていった。

バルトがにやりと笑った。


「いい上司だな、キノ」


「上司じゃないですよ。……いや、前は上司でしたけど」


その時だった。

ギルドの扉が乱暴に開かれた。


「バルトさん! 大変です!」


息を切らした職員が駆け込んできた。


「Cランクのパーティーが、朝から大角鹿の討伐に向かって、戻ってこないんです! 日没までに戻る約束だったのに!」


「Cランクだと? どこのパーティーだ」


「……『鉄の牙』です!」


その名前を聞いて、ルカの肩がぴくりと震えた。


「ルカ、ご存じなんですか」


「…………私を追い出した人たちです」


低い声だった。


「回復役がいないと言って私を切りました。自分たちの実力を過信して、大角鹿くらい余裕だと」


「……」


「いい気味、とまでは言いません。でも助ける義理はありません」


ルカは冷たく言い切った。

けれど。

テーブルの下で、握りしめた拳が小さく震えているのが見えた。

俺はゆっくり立ち上がった。

足がわずかにすくんだ。また判断を間違えたら。また誰かが傷ついたら。

それでも、行かないという選択肢はなかった。


「バルトさん。大角鹿について、分かっていることを全部教えてください。突進の予備動作、弱点、何でも」


バルトの目が少し見開かれた。それからにやりと笑った。


「……いい顔になったな。紙を貸せ」


バルトがさらさらと書き始める。その間に俺はリッカを見た。


「リッカ。腕は?」


「もう、大丈夫です! 行けます!」


声が少しだけ硬かった。怖いのだと思う。それでも彼女は行くと言った。


「ルカ」


「……行きませんよ」


「無理にとは言いません」


「…………見殺しは寝覚めが悪いだけです。私のためです。勘違いしないでください」


ルカは杖を握って立ち上がった。


「準備するなら、さっさとしてください。時間がありません」


その言葉はいつものように冷たかった。

けれどその足取りは、どこか早かった。

三人分の足音が、夜のギルドを駆け抜けていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。