ゼノの魔導洗濯機、試作一号機
数日後の朝、店の扉が開いた。
ゼノだった。両腕で大きな木箱を抱えている。目の下に濃い隈があった。髪が乱れていて、外套にも皺が寄っていた。徹夜明けの顔だ。それでも目だけは爛々と光っていた。
「リアロマ殿、できました」
「何がですか」
「試作一号機です」
リアロマは桶に向かったまま、振り返らなかった。今日の麻布は塩が深く入り込んでいる。ゆっくりほぐさないと繊維が傷む。
「少し待ってください。仕事が終わってから聞きます」
「はい。ああ、すみません。早く見てもらいたくて」
「そこに座っていてください」
ゼノが木箱を床に置き、椅子に腰を下ろした。
ゼノは最初、落ち着かない様子で木箱を眺めたり、ノートを開いたりしていた。しかしそのうち、目の動きが鈍くなってきた。背もたれに体が預けられていく。
リアロマは布地をほぐしながら、指先からごく細い波をゼノに向けた。乱れた脳波を、静かに、ゆっくりと整えていく。凝り固まった首と肩の筋肉に、低周波を染み込ませる。徹夜で溜まった疲れが、じわりとほどけていく。
数分後、ゼノの寝息が聞こえ始めた。
リアロマは仕事を続けた。麻布の塩を浮かせ、木綿の油汚れを弾き飛ばし、預かり物を順番に仕上げていく。干し場に布地を並べ終えた頃、ちょうど昼前になっていた。
「ゼノ様」
肩を軽く叩いた。
ゼノがゆっくりと目を開けた。しばらく天井を見てから、はっとして体を起こした。
「す、すみません、いつの間に……」
「仕事が終わりました。一号機を見せてもらえますか」
ゼノが立ち上がりかけて、止まった。
「……なんか、体が軽い」
「そうですか」
「いや、徹夜明けのはずなのに。首も、肩も……あれ。なにかしましたか」
「何もしていませんよ」
ゼノがリアロマを見た。リアロマは木箱の蓋を開けるよう、目で促した。ゼノはもう一度自分の肩を回してから、木箱に手をかけた。
蓋を開けると、見慣れない形の装置が入っていた。ギルバートの船から回収した魔導具の残骸を土台に、ゼノが独自に魔石と管を組み直したものだ。全体の大きさは洗濯桶より少し大きい程度で、内側に魔石が格子状に並んでいる。外側には出力を調整するつまみが三つついていた。
「魔石の配列を洗浄波向けに組み直しました。つまみで出力と周波数を調整できます。汚れは落ちていたのですが、正しい出力がどのくらいなのか、私には判断できなくて」
「布切れを入れて動かしてみてください」
ゼノが布切れを装置の内側に入れ、つまみを回した。魔石が光り、内側から振動が発生する。
「……出力を、もう少し下げてください」
「このくらいですか」
「まだです。もう少し」
「これくらい?」
「……そこです。そのくらいなら、繊維が喜んでいます」
ゼノが素早くノートに数値を書き留めた。
「周波数はどうですか」
「少し高いです。それと、素材によって変える必要があります。麻と木綿と絹では、ちょうどいい周波数が違いますから」
ゼノが書くのが追いつかない顔をした。
「麻と木綿と絹で、それぞれ違うんですか」
「繊維の構造が違いますから。当然ですよ」
「……つまみを素材ごとに設定する必要があるということですね」
「そうなります。でも、方向性は悪くないと思います」
ゼノが顔を上げた。
「……改良します。必ず『並』の洗濯ができる道具にしてみせます」
「期待しています」
ゼノが木箱を抱えて立ち上がった。それからまた、自分の肩を回した。
「……本当に、なにかしましたか」
「何もしていませんよ」
「そうですか」
ゼノはもう一度リアロマを見てから、扉へ向かった。扉を開けかけて、振り返った。
「……徹夜明けでこんなに体が軽いのは、初めてです」
「次は徹夜しないでください」
「善処します」
扉が閉まった。
リアロマは干し場のシーツが風を受けているのを確認してから、次の洗い物へ向かった。
「よし。並の仕上がりですね」




